第42話 転生者、悩ましい心の内を聞く

 セキランの態度は、妹であるキリエがいるとはいってもかなり柔和なようだ。

 そのおかげで俺たちとの間の話し合いなどは、実に淡々と問題なく進んでいった。

 途中、俺を探すような怒号が外から聞こえてきたものの、セキランはまったく耳を貸さずに粛々と話を進めていた。


「まったく、父上にも困ったものだ。どんな人物であれ、魔王様がこんなに早く復活したのは喜ばしい話なのにな。……あまり気を悪くしないでくれ」


「ああ、けんかを吹っかけてきたら、またぶっ飛ばすだけだ」


 呆れたように話すセキランに、俺は迷いなく答える。

 一瞬、ぴたりとセキランの動きが止まったが、俺のはっきりとした物言いに吹き出してしまっていた。


「ははは、純魔族相手にそんな風に言い切るやつがいるとはな。だが、先程一発で気絶させたほどの実力だからな、見た目は獣人の女だが、なんとも説得力のある事だな。ふはははは」


 よっぽどツボに入ったのか、セキランはかなり笑っている。

 しかし、言葉の端々から、セキランもまた獣人を見下している事がよく分かった。


「セキランお兄様とはいえ、魔王様に対する侮辱は許しませんよ?」


 片目だけを開けてチラ見をするように視線を送るキリエ。この視線を受けてセキランはようやく笑うのをやめていた。


「すまなかったな、キリエ。お前たち三姉妹は我が家が魔王様に対しての忠誠を誓った証として差し出したんだものな。我々がこんな態度では、お前たちの身の安全を守れなくなってしまうものな」


 反省の弁を口にするセキラン。獣人をバカにはしているものの、一応妹思いなところを見せるセキランである。

 その厳しい視線に、兎人であるラビリアが怯えているようだ。ピエラに隠れるように寄り添っている。


「そんなわけだ。いざとなったら協力は惜しまないが、普段はちょっと距離を取らせてもらいたい。父上があの様子では、俺の一存で決めてしまうと純魔族がそのまま瓦解しかねないんでね」


「不本意ではありますが、その方がよろしいでしょうね。純魔族はほとんどすべての面において他の魔族を凌駕します。そんな種族が戦争状態に入ろうものなら、最悪魔王領の半分が消し飛びかねませんからね」


「ひっ!」


 セキランとキリエの話を聞いていたラビリアが、耳をピンと立てたかと思うと、そのままへにゃりと伏せた状態で震えていた。これを見る限り、獣人の能力は魔族の中でも劣った方なんだなと思わされる。

 そんなこんなでキリエの兄であるセキランとの会談を終える。

 結果として、純魔族は魔王城から一番近い場所にあるが、よっぽどのことがない限りは中立という立場を取る事になってしまった。なまじ獣人という種族が魔王に就いたせいらしい。そんなに俺が悪いのか。

 もちろんこの結論にはキリエが大層ご立腹だ。キリエ、カスミ、コモヤの三姉妹は、魔王に対する忠誠の証として送り込まれた純魔族。それゆえのプライドが、今回の決定に不服を訴えているのだ。


「何もそこまで不機嫌になる事もあるまい。俺たちが不干渉になるだけで、お前のやることには何も変わりはないんだ。俺たちの分も、魔王様に尽くしてくれ、キリエ」


 この不甲斐ない状況にもかかわらず、セキランはあまり責任というものを感じていないようだった。


「魔王様に仕えることは純魔族全体の誓いではなかったのですか……。まったく、ここまで足並みがそろっていないとなると、身内ながらに頭の痛い話ですね」


 思いっきり棘のあるキリエの言葉である。


「俺もそう思う。新たな魔王様は、前魔王を倒したことに加えてその力も引き継ぐ。強さ自体は俺たちですら想像を超えるものだろう」


 ため息をつきながら話すセキラン。セキランもまた、魔王の強さの秘密自体は知っているようだ。

 こうして交渉を終えた俺たち。

 純魔族の親玉であるヒョウムをぶっ飛ばしてしまったために、はっきり言ってとっとと次の場所に向かいたいところだ。

 だが、この時点で既に外は真っ暗だ。いろいろな状況を鑑みるに、下手に進むよりはまだ屋敷の方が安全という結論になったので、ここは泊まっていくことになった。

 セキランが「父上が面倒を起こさないように見張る」と言っていたしな。キリエの言葉もあって、この方針に決まったのだ。


「念のため、防護の結界を張りますね」


「頼むぜ、ピエラ」


 俺たちは女性陣だけで一部屋に集まった。というのも、このピエラの魔法が最大の理由だ。

 防御系の魔法は、指定する範囲が狭いほど頑丈で、消費魔力も少なくなる。同じ消費魔力量で見るなら、その分持続時間も長くとれるからだ。

 ピエラの魔法は俺たちが倒した魔王の攻撃すらも2回に1回は確実に弾いていた。そのくらいに心強い結界なのだ。

 結界を展開すると、その効果範囲が薄く白く光る。


「これでひとまずは安心かな」


「ですね。よっぽど攻撃を集中させないと突破できないと思うわ」


「すごいですね。部屋をすっぽりと覆うくらいの結界を、こんなに簡単に張るなんて……」


 ピエラの魔法に、キリエも驚いていた。


「魔王様の専属メイドで参謀ですから、私もこのくらいできるようになりたいものです」


 ぽつりと漏らすキリエ。それが聞こえたのか、ピエラはキリエの手を取っていた。


「きっとできますよ。よければ教えますよ。なんといってもセイのためですからね」


 目を輝かせるピエラに、面食らっていたキリエは微笑んで小さく頷いた。

 俺とラビリアの獣人コンビは、その様子を黙って見つめていたのだった。

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