第38話 転生者、純魔族の街に着く

 純魔族の住む場所までは、獣人たちの集落までとほとんど距離は変わらない。

 ただ、純魔族が住む場所までの道はとてもきれいに整備されていて、馬車はほとんど揺れずに快適な旅を送る事ができた。その整備の程度といったら、王国内の街道よりも質が上ではないかというくらいだった。


「純魔族というのは、わたくしたち魔族の中でも最高位に存在している者たちでございます。そのプライドはとても高く、そのために魔王城までの街道もこの通り見事なまでの舗装がなされております」


 馬車の中でバフォメットによる解説が行われている。

 本人の話によると、バフォメットは純魔族ではないらしい。純魔族というのは、人間とほとんど姿の変わらない者たちを言うそうだ。

 キリエもカスミ、それにコモヤも確かに角があるくらいで人型の魔族である共通点があった。なるほど納得のいく説明だな。

 バフォメットも動物の角を持つ人柄ではあるだけに、腑に落ちない部分もあるのだがな。


「わたくしめは、どちらかといえば獣人に近いタイプでございます。強い魔力を得て純魔族に近付いた魔族という位置づけでございますね」


「見た目は純魔族には近いですけれどもね。私たち純魔族との違いはその出生にあるのです」


 俺の表情を見たらしく、キリエとバフォメットがそれぞれに完全に納得がいくように説明を加えてくれた。


「お、おう。そういう違いがあるんだな……」


 元人間としては、説明されてもまったく分からない。俺の隣ではピエラも首を捻っている。そのくらいに、人間たちにとっては魔族の情報はなじみがないのだ。

 俺たちの反応に複雑な表情をするキリエとバフォメットではあるが、馬車は純魔族の街へと入っていく。

 いろいろと不安のある表情をする二人ではあるものの、目的地である純魔族の長が住むという屋敷に到着したのだった。

 俺たちは馬車から降りる。すると、屋敷の入口では使用人たちがずらりと待ち構えていた。いつの間に先触れを出したのだろうか。

 俺がちらりと視線を向けると、バフォメットの口元が緩んでいた。


「僭越ながら、わたくしめが伝達魔法でお知らせしておきました。魔王様をお支えする者の一人として、当然のことでございます」


 どことなく胡散臭いところはあるけれど、いざという時には頼れる紳士、それがバフォメットなのである。


「魔王様、我ら純魔族一同お待ちしておりました」


 使用人や兵士を代表して、一人の魔族が深く頭を下げて挨拶をする。

 それに応えるようにして、先んじてバフォメットが馬車から降りる。


「お出迎えご苦労ですね。長旅で魔王様はお疲れでございます。そちらの支度も整えられておりますか?」


「もちろんでございます。魔王様に対して、失礼な事ができますでしょうか」


「よろしい。言質は取りましたからね?」


 にこやかに微笑んだバフォメットは、馬車の中の俺たちに出てくるように声を掛けてきた。

 まずは使用人であるラビリアが先に降りて、俺たちの手を順番にとって馬車から降ろしていく。

 馬車の中から姿を見せた俺たちに、純魔族の使用人たちが驚愕の表情を見せていた。


「なっ、獣人でございますか?!」


 俺の姿を見て激しく驚いているのがよく分かる。

 ピンと立った耳、左右にゆらゆらと揺れるしっぽ、全身毛むくじゃらなその姿は、誰が見ても獣人なのである。

 話は聞いているが、獣人というのは魔族の中でも扱いは下っ端に近い。そんな獣人が魔王なのだから、それはもう驚きは計り知れないというものらしい。


「ええ、獣人ですよ。先日も披露させて頂いたではないですか。知らないとは言わせませんよ」


「それに、魔王様の額には確かに魔王様を示す紋様がございます。この方こそが、新しい魔王様で間違いないのです」


 バフォメットに続いてキリエも力強く俺が魔王だということをアピールしている。使用人も兵士も、全員が驚きにたじろいでいる。獣人の扱いはよっぽどなんだな。

 だけど、俺はキリエとバフォメットに言われた通りに、魔王として堂々としている。その隣ではピエラやラビリアも実に堂々とした姿で立っていた。魔王一行として、情けない姿は見せられないというわけだ。

 俺たちが向かい合って沈黙する中、突如として声が響き渡る。


「キリエ、戻ってきたか」


 腹の底まで響き渡るような重い声だった。


「お、お父様……」


 その声のした方向を見たキリエが、青ざめて呟いている。

 って、お父様だって?!

 確かここは純魔族たちの街の長の家だったはず。ということは、キリエは純魔族の族長の娘ということになる。

 なんとも衝撃的な事実が俺たちを襲った。

 俺がちらりとキリエの様子を窺うと、キリエは押し黙って下を見ていた。

 これで俺は察した。親子仲がよろしくないということを。

 しかしだ、キリエでこれであるなら、カスミやコモヤだとどうなるのだろうか。俺の中にふつふつとした疑問が浮かんできた。

 だが、そんな疑問も一瞬で吹き飛んでしまう。キリエの父親の視線が俺に向けられたからだ。視線ひとつでここまでの重圧になるとは、これが純魔族というやつなのだろうか。


「ふん、獣人ごときが魔王様とはな……。あの場では黙っておったが、こうやって見てみると実に矮小な存在よな」


 見下す視線が向けられているのが、露骨な言葉からもよく分かる。


「とはいえ、魔王様とあればもてなさざるを得ん。爺、部屋まで案内してやれ」


「畏まりました」


 こうして俺たちは純魔族の長と話をする事になった。

 ところが、あまり歓迎された雰囲気ではないし、キリエの様子も気になる。

 ピリピリと張りつめた空気の中、俺たちは爺と呼ばれた魔族の案内で屋敷の中へと踏み入れたのだった。

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