第36話 転生者、やっぱり気まずい

 キリエの妹であるコモヤが出発したのを確認すると、俺たちは再び魔王領の視察兼挨拶巡りを始めることになる。

 メンバーは最初の獣人たちの集落に向かったメンバーに、ピエラにあてがわれた兎人のラビリアが加わる。


「それじゃ、獣人たちの次はどこに向かおうか」


 俺が意見を求めると、バフォメットが答える。


「それでしたら、純魔族がよろしいかと。キリエもいらっしゃいますし、魔王城からはそう遠くはありません。獣人たちの集落からでしたら、他の地域になったのですが、魔王城に戻ってきてしまいましたからね」


「そうか。なら、そうしようか」


 魔王領内の状況がまだよく分からないので、俺はバフォメットの提案を飲むことにした。

 だが、キリエがなんとも優れない表情をしているのが気になる。


「どうしたんだ、キリエ」


 気になる俺はキリエに問い掛ける。だが、キリエはというと……。


「なんでもございません。魔王様がお気になさることではございませんから、ご安心下さい」


 どうにも怒っているような感じだった。何か気に障ることでも言っただろうか。

 俺はわけが分からないといった様子で、バフォメットの方を見る。すると、バフォメットは口に指を当てていた。


「お気になさるのはよく分かりますが、これはわたくしめから話す事ではございません。現地に赴けば、嫌でも分かりますので、今はどうか我慢下さいませ」


 どうやら現地に着くまでは秘密なようだった。


「分かった、余計なことはもう聞かない。とりあえず、向かう準備をしてくれ」


「承知致しました」


 俺の命令を受けて、バフォメットは姿を消したのだった。

 ともかくごたごたした後であるために、この日はゆっくり休むことに決める。そして、準備が整い次第、純魔族の住む地域を目指して出発する運びとなった。

 とりあえずの方針は決まったものの、俺はキリエの態度が気になって仕方なかった。

 気にするなとは言っていたものの、どう見ても露骨な態度を見せられてしまっては、気になって仕方ないというものだ。だが、バフォメットからいずれ分かると言われたので、今はぐっと我慢している。

 それと同時に、キリエが言っていた自称エリート魔族という存在にも引っ掛かりを覚えていた。

 これから向かうところには、一体どんな魔族たちが待っているのだろうか。俺は心の高鳴りというものを覚えてしまっていた。


「まったく、心配事よりも楽しみの方が強そうね、セイってば」


 ピエラが呆れたように俺に言葉を掛けていた。

 そういえば、ピエラの部屋は用意されてないのだろうか。


「そういえば、ピエラ様もこちらの部屋を使うようにバフォメット様が仰られておりましたよ」


「はい?」


 ラビリアの言葉に、俺はつい耳を疑ってしまう。


「いやいや、なんで俺とピエラが同室になるんだよ」


「だって、魔王様とピエラ様って、婚約者同士でいらっしゃったのでしょう? それを知ったバフォメット様が気を遣って下さったみたいです」


 いやいやいや、なんでそうなるんだ。

 身体的には女性同士だから問題はないかもしれないが、俺の精神は男のままだ。それはそれで問題だろう。

 俺どころかピエラも混乱しているわけなんだが、ラビリアは落ち着いた様子で言葉を続けてきた。


「キリエ様が本日席を外されてしまっているようですし、私がお二方の世話を申し渡されております。おそらくは本日だけでしょうから、魔王様も我慢下さいませ」


 ラビリアは淡々と俺を説得してくる。だが、俺はどうにも決めかねていた。


「ねえ、セイ。……私と一緒の部屋は、嫌?」


「うぐ……」


 俺に近付いてきて、上目遣いで確認してくるピエラ。今までに見たことがないくらいに魅力的に見えた。

 まったく、今の俺が女で助かったと思うよ。男だったら、きっと過ちを犯していた可能性が高かった。


「分かった。今夜だけなら構ないぜ」


「やったぁ」


 ピエラは心の底から喜んでいるようだった。


「よかったでございますね、ピエラ様」


「うん」


 ラビリアと手を握りながらぴょんぴょんと跳ねるピエラである。その姿を見て、俺は思わず笑みをこぼしてしまう。

 しばらく飛び跳ねていたラビリアだったが、早速メイドとしての仕事に取り掛かる。

 そうやってラビリアが部屋を出ていってしまったので、俺はピエラと二人で取り残されてしまった。


「セイ」


「なんだよ、ピエラ」


「二人きりになるのは久しぶりかしらね」


「ああ、そうだな」


 思ったように会話が続かない。いざ二人きりとなると、何を話したらいいのかよく分からなくなってしまうってやつだった。


「楽しみね、魔王領巡り」


「まあ、そうだな。どんな連中がいるのか、じっくり見るのは初めてだからな」


 再び沈黙が訪れる。なんでこんなに気まずいのだろうか。

 そんな中、何かを決意したような様子でピエラが近付いてくる。


「あのね、セイ……。私……」


「お待たせしました。湯浴みの準備が整いました」


 ピエラが喋ろうとした瞬間、ラビリアが戻ってきた。


「……どうなさいましたか? もしかして、お邪魔してしまいましたでしょうか」


「い、いや、問題ない。うん、問題ない」


「……そうは見えませんが?」


 首を傾げるラビリアだが、俺たちはひたすら笑ってごまかしておいた。


「そ、それじゃ先に行ってるぜ」


「ええ、行ってらっしゃい、セイ」


 部屋に残ったピエラは、大きなため息をついてそのままベッドに伏したのだった。

 俺が戻ってきた頃には寝息を立てて眠っていたので、そのままゆっくり寝かせておいた。うん、何もなかったからな。

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