第29話 転生者、王都へ急ぐ
魔王城に戻ったと思ったら、その足ですぐさま王都へ向かうことになる俺たち。
それというのも、ピエラが勝手に出てきてしまったので、事情の説明をしなければいけないからだ。厄介事の芽はなるべく早いうちに潰しておきたいというものだからな。
まったく、ピエラも思った以上におてんばだから困ったものだよ。
馬を駆るピエラの姿を見ながら、俺はついついため息をついてしまう。
今回王都へ出向くのは、俺とキリエ、それとライネスからピエラにあてがわれたラビリアの三人だけだ。
魔王領の事はバフォメットとカスミに任せてきた。経験の浅い俺ではまだうまく運営できないだろうから、経験の多い者に任せたというわけだ。
それにしても、魔族の使う馬車というのは恐ろしいものだな。なんで普通の馬を駆るピエラに、こんな重量物を引きながらついていけるんだろうか。馬力がそもそも違うということなんだろうな。
いろいろ思うところはあるんだが、とりあえず今は王都が気になるから早く戻る事にしよう。
俺たちは、王都へと急いだのだった。
―――
その頃の王都。
「ええい、まだピエラの行方は分からんのか」
ハミングウェイ伯爵邸では、ピエラの父親であるハミングウェイ伯爵が声を荒げていた。
「落ち着いて下さい、伯爵様。書置きに魔王領に向かった事が書いてあるんです。じきに分かるはずですから」
「じきとはいつだ。明日か、来週か、来月か? はっきり言ってみろ!」
「あ、いや……」
伯爵の剣幕に止めようとしていた男性は黙り込んでしまう。そのくらいにもう手が付けられないくらい荒れているのだ。
そこへ、別の男性が近付いてきた。
「ずいぶんと荒れていますな、ハミングウェイ伯爵」
「うるさい。一人娘が家出をしたのだ。おとなしくしていろという方が無理ではないか、コングラート侯爵」
そこに現れたのはセイの今世の父親であるコングラート侯爵だった。そんな侯爵にまでかみつくくらいに、ハミングウェイ伯爵は荒れていた。
「気持ちは分からなくはないですが、落ち着きましょう。そんな事では、私たちの失脚を喜ぶ連中をつけ上がらせるだけですからね」
「ぐぬぬぬぬ……」
落ち着き払ったコングラート侯爵の言葉に、ぐうの音も出ないハミングウェイ伯爵である。
「私とて、息子の事は残念でしたからね。生きていればこんな状況には陥らせなかったのですが」
コングラート侯爵が悔しい表情を見せれば、ハミングウェイ伯爵はこれ以上何も言えなくなった。自分は娘の行方が分からなくなっただけだが、コングラート侯爵は息子を亡くしているためである。
実際には獣人化したために魔王領へと追放しただけなのだが、獣人は魔族であるために不名誉として、魔王との戦いで命を落とした扱いにしてあるのだ。見栄のためとはいえ、よくもまあこんな対応を取れたものである。
「とりあえず、ハミングウェイ伯爵はどっしり構えてピエラの無事を信じましょう」
「うむ……、仕方あるまい。国政に滞りが出るのは本意ではないからな」
「そうですとも。それでは、私はマールンくんの様子を見に行ってくるとするよ」
ハミングウェイ伯爵を落ち着かせたコングラート侯爵は、屋敷を出てマールンの居る城へと向かったのだった。
さてさて、魔王を倒したパーティーの残りの一人であるマールンはというと、騎士団の団長として今日も訓練に励んでいた。
(セイは魔王領へ追放、ピエラはそれがショックで寝込んでいるんだ。私がしっかりしないと、魔王を倒した事がたまたまだったと取られかねない。耐えねばな……)
ただ一人無事な状態にあるマールンは、盾剣を使う重騎士として、今日も団員たちの相手をしている。セイとピエラのためにも、自分が頑張らねばと気を吐いているのだ。
考え事をしながらなので危険かと思われるが、そこはさすが魔王を倒したパーティーの一人である。集中力を欠いた状態でも団員たちを圧倒してみせていたのだ。
「ぐはっ、さすがは魔王を倒しただけの事はありますね。団長の一撃は重いや」
「ふっ、それはそうだとも。魔族との戦いではやるかやられるかの世界だ。攻撃を凌ぎ、かつ、一撃で無力化できなければ待っているのは死なのだからな」
「うへぇ……。肝に銘じておきます」
命がけの戦いをした事のない騎士からは、なんとも実感の薄い答えが返ってきた。
現状は魔族たち以外とはまともな戦いすらも起きていない。それゆえに、戦いに対する意識がなんとも希薄なのである。
(今日の訓練が終わったら、ピエラの見舞いにでも行ってみるか。セイがいなくなってしまった今、ピエラを守れるのは私だけなんだからな)
そんな騎士たち相手では、マールンもなかなか身が入らなかったのか、余計な事を考えていた。
そして、訓練を終えたマールンはすぐさまハミングウェイ伯爵の屋敷へと向かった。
訓練を終えて騎士たちが自主練に励む訓練場にコングラート侯爵が姿を見せる。
「マールン・キュハーン子爵令息は居るか?」
「先程帰られましたよ。急用を思い出したとか仰ってられました」
なんともまあ、コングラート侯爵とマールンは見事に入れ違いになってしまったようだった。
「何か御用でいらしたのですか?」
「いや、大した事じゃない。すまない、邪魔をしたな」
不在と聞いて、すぐに引き上げるコングラート侯爵だった。
なんともまぁ、間の悪い時というのはとことん間が悪いものなのである。
そんな中、困ったことにもうひとつ間の悪い事が王都に迫りつつあることを、まだ誰も知らないのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます