第26話 転生者、獣人たちの集落に足を踏み入れる

 獣人たちの集落へとやって来た俺たち。

 事前の連絡をしていなかったのだが、俺たちの乗る馬車を見てどうも興奮しているようだった。


「魔王様のお使いになる馬車は、みなさん遠くからでも一発で分かりますからね。見て下さい、この熱烈な歓迎っぷりを」


 馬車を見た集落の獣人たちが、馬車を取り囲むように集まってきたのだ。なんという状況なのだろうか。さすがの馬も驚いている。

 だが、そんな獣人たちの熱烈歓迎ぶりよりもさらに驚く状況が、馬車の中で起きていた。


「あわわわ……。ここが天国ですか」


「いいえ、魔界です」


 両手を頬に当ててもだえるような様子を見せるピエラ。それに対してキリエは冷静にツッコミを入れていた。

 キリエは相変わらずだけど、ピエラってこんなキャラだったっけか?

 ついつい顎に手を当てて訝しんでしまう。

 俺があまりにもじーっと凝視するものだから、さすがに取り乱したピエラもそれに気が付いておとなしく座り直していた。


「お、おほん。な、なんですかね、セイ」


 咳払いをしてまでごまかそうとするが、さすがにあれだけはっきり見られてごまかせるわけがないよな……。

 なので、俺はピエラにあえて直球に聞いてみることにした。


「ピエラって犬や猫の類が好きなのか?」


 俺からそんな質問をされて、ピエラは目を丸くしていた。


「あはは、そんな風に見えるかしら?」


 まだごまかせると思っているのか、ピエラは笑いながら反応している。キリエとバフォメットは無表情を保ってはいるが、カスミは今にも笑い出しそうなのを必死に堪えていた。堪えているあたり、カスミにもメイドとしての矜持があるのだろうな。


「見えるって……。先日の俺の手に興奮してたのもあるし、丸分かりだぞ……」


「うぐっ!」


 空気を読んで乗ってやるのがいいんだろうが、さすがにそういうわけにもいくまい。なにせ獣人族の集落の真っ只中なんだからな。

 俺が指摘してやると、ピエラはショックを受け、カスミは大笑いをしてキリエからげんこつを貰っていた。

 さすがのピエラもごまかせないと諦めたらしく、上目遣いで俺の方を見てくる。


「そうよ。私は犬とか猫とか動物が好きなのよ。本当は飼いたかったんだけど、お父様もお母様も許してくれなかったから……」


 そう言い終わると、今度はそのまま下を向いてしまった。俺に言われたのがそんなにショックだったのかな。


「それはさぞおつらかったでしょうね。ここでは十分堪能していかれて下さいませ」


 キリエは淡々とピエラに言葉を掛けていた。これにはピエラはがばっと顔を上げて目を輝かせていた。


「本当にいいのですか!」


「はい、構いませんよ。犬、猫、ウサギのあたりは撫でられると喜びますので、十分ご堪能下さい。ただし、触られることを嫌う種族もいらっしゃいますので、そこは反応で見極めて下さい」


「分かりました、気を付けますね」


 拳を握って気合いを入れるピエラである。それは相当重症なモフラーだな。


「とりあえず、集落に入って最初は挨拶をせねばならぬので、スキンシップはその後許可をもらってからで頼みますよ」


「は、はい」


 バフォメットからも釘を刺されるピエラであった。まあ、さっきまでの狂いようを見たらそうならざるを得ないよな、ははっ……。

 釘を刺されておとなしくするピエラも連れて、俺たちは獣人たちの長と会うことになった。

 その移動の最中、周りからの視線は当然ながら俺に集中していた。先日の顔見世の際に来ていた連中は知っているとがいえ、集落の大半の住民が俺の事は初めて見る。だからこそ、連中からすれば俺の事は見慣れない獣人に過ぎないというわけだった。

 ただ、俺の周りにいるバフォメットやキリエたちはそれなりに有名らしく、そのおかげで俺の事を魔王だと勘付いたやつもいたようだ。

 ちなみにだが、俺以外にも注目を集めているのが一人いた。

 いわずもがなピエラだ。

 ピエラは右を見ても左を見ても獣人まみれの状況に、すっかり舞い上がってしまっているようだ。相当に溜まってたんだろうなぁ、完全に爆発してしまってるぜ。


「うう、我慢我慢……」


 今すぐにでももふりたいみたいだが、キリエやバフォメットの忠告に従って必死に耐えている。ついつい笑っちまう。


「ほら、ピエラ」


 見かねた俺は、腕をピエラに向けて差し出す。


「今は俺で我慢してくれ」


「セイ……」


 俺の行動が予想外だったのか、ピエラが目を丸くしながら俺を見ている。しかし、次の瞬間だった。


「うん、ありがとう」


 嬉しそうに俺の手を握っていた。

 少し躊躇したように見えたのは、おそらく集まった獣人たちに配慮してなんだろうな。実際、手を握っただけで少し空気が悪くなったみたいだし。

 俺たちは盛大に獣人たちの注目を集めながら、いよいよ獣人たちのリーダーがいる建物へとやって来た。これだけ多くの獣人たちを束ねる人物は一体どんな感じなんだろうか。今から緊張が高まってくる。


「魔王様、我々がついております。どうぞご安心して堂々としていて下さい」


 俺の様子を察してか、バフォメットが声を掛けてきた。

 まあそうだな。今の俺は魔王なんだ。

 気を引き締めて、俺はリーダーの待つ建物へと足を踏み入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る