第16話 転生者、魔王領の統治を話し合う

「これはこれは魔王様。今日もお呼び立て頂き、誠に至極光栄でございます」


 バフォメットは実に紳士的な態度で愉悦に浸っていた。連日で呼ばれて気を悪くするかと思ったけれど、逆にこれくらい喜ばれるとはな。そのくらいに魔王っていうのは特殊な相手なんだな。


「や、やあ、すまないな。今日も呼んでしまって。それで、用というのはだけど……」


 引き気味にする俺は、バフォメットに用件を伝えようとする。


「おお、魔王様。カスミより用件はお伺いしております。魔王領内の統治についてのお話ですな。お任せ下さい。このわたくしめが、できる限り全力でもってお答え致しましょう」


 バフォメットが鼻息荒く意気込んでいた。既に何かスイッチが入ってしまっているようだ。


「ああ、スムーズに魔王領の統治を行うためだから、お手柔らかに頼むよ。カスミも付き合ってくれ」


「ええ~……。あたしが動けなかったら、誰が紅茶やお菓子を運んでくるんですか……」


 俺が巻き添えにしようとすると、露骨に嫌な表情をするカスミである。キリエと違って自分の感情をストレートに伝えてくるカスミ。俺からすると、かえってその方が安心できるというものだった。


「ずっと居ろとは言っていないよ。ちょっと気がかりがあるから、できるだけ居てほしいだけなんだよ」


「もう、なんであたしが魔王様のお守りをしなきゃいけないのですか」


 俺が困った表情を向けると、カスミはぷんすかと怒っている。


「おやおや、いけませんね、カスミ。魔王様のお言葉にそのような態度を取られては」


 バフォメットは相変わらずの落ち着いた態度と口調で話してはいるものの、言葉の端々から棘らしきものが感じられる。こっちはこっちでキリエと違うタイプの魔王信奉者なだけに、扱いが難しいな。

 なんともでこぼこな感じのする面々ではあるものの、魔王領を運営していくための話し合いをする事になったのだった。……うまくいくかな。

 目の前で睨み合うカスミとバフォメットの姿に、地味に頭が痛くなってくる。相性最悪なんだな、この二人……。

 とりあえず、険悪な雰囲気が漂ってはいるものの、俺はバフォメットに各地方の種族やら特産やらを確認していく。つい先日にも聞いたばかりだけど、着実に行うには再確認しておかないとな。

 そんな俺の心を把握しているのか、バフォメットは事細かに事情を説明してくれている。そのおかげで状況が非常に分かりやすい。

 紅茶やお菓子を取りに行っては戻ってくるカスミも、メイドならではの魔法なのか、地図の複製まで作って話をしやすくしてくれていた。魔族って人間たちのイメージとはやっぱり違うんだな。みんな有能だぜ。


「ふむぅ、やっぱり思った以上に魔王領って広いんだな」


「そうでございますね。足の最も速い魔族でも、外周を回るのに1日以上かかりますからな。これだけの広さを持つ場所など、人間たちの国にはございませんでしょう」


 俺の感想に、バフォメットがとんでもない事を言っていた。


「足の速い魔族って、どんなやつだ」


「馬の魔物でございますね。空の移動まで含めれば、さすがにドラゴンたちには敵いませんけれどもね」


「ふむ、そうなんだな」


 その話を聞きながら、俺は考え込み始める。この魔王領を治めるには、どういった方法がいいのか。それはもう真剣そのものだ。

 あまりに真剣に悩んでいるように見えたらしく、見かねたバフォメットが声を掛けてきた。


「さすがにすべてを把握するには魔王様だけでは厳しいでしょう。地域ごとや種族ごとといった括りで領地内を分割して、それぞれを代表者に治めさせればいいのです。そして、それを魔王様やわたくしなどが時折直に確認するのですよ」


「ふむ、やっぱりそうなるかな……」


 俺は腕を組んだまま、天井を見上げて呟く。

 俺だってその方法を考えた。でも、知らない相手にそこまで信用を寄せられるかといったら疑問だったんだ。

 だけど、バフォメットからこう言われたのであれば、状況は違う。バフォメットはキリエたちの様子から見るに、この魔王領の中では実力であり信用も厚い魔族というのが分かる。キリエの態度もそれを裏付けている。

 バフォメットの意見を踏まえた上で、俺は魔王領の統治体制の基礎を作っていく。

 しっかりとはやりはするものの、正直前世から働きづめだからのんびりと過ごしたいと思うんだよな。

 うん、有能な部下にすべてを任せて自分は悠々自適に過ごしたい。

 君臨すれども統治せずっていう言葉もあるしな。魔族の象徴としてのんびり暮らすのは悪くない。そのための努力なら惜しみやしないぜ。


「では、わたくしめはこれにて。本日の魔王様のご意見は、あまねく領主たちにお伝え致します」


「ああ、頼んだよ」


 会議を終えて、バフォメットは相変わらず紳士的な態度で部屋を出ていく。真面目だし博識だし、こういう部下は悩ましい時には頼りになるというものだ。

 ただ、カスミは頬を膨らませて頭も下げなかった。いやまあ、本当に相性最悪だなぁ……。


「魔王様、あまり彼の事は信用しない方がいいですよ。意見を聞くくらいに留めておいた方がいいです」


「ま、まぁそうだな。片隅に置いておくよ」


 いやはや、ここまで仲が悪いとなると、なんとも先が思いやられそうな感じだな。

 とりあえずやり遂げたとあって、俺はもう今日は何も考えずにゆっくり休むことにしたのだった。

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