第14話 転生者、頭を悩ませる

「はあはあはあ……」


「はい、採寸お疲れさまでしたわね」


 服を作るための採寸が終わったのだが、俺はすっかり疲れ果ててしまっていた。

 心なしか、クローゼの肌がつやつやしている気がする。何がどうなっているんだ。

 もちろん、キリエが見張っている中で採寸が行われたので、特に何も普通に採寸していただけだ。だというのに、どうしてこんな状況になっているのだろうか……。


(なんか、大事なものを失った気がするぜ……)


 俺は歯をぎっちりと食いしばっていた。どういうわけか悔しいのである。


「クローゼ、どのくらいあれば服は完成するでしょうかね」


「そうね、調子がいい気がするから、ひと晩あれば5着くらいはいけるわよ。一応魔王様にも希望は聞いてみるけれど、一般的な服装でいいのかしらね」


「いろんな場面を想定して、肌着などを含めて30は欲しいですね。しばらく監禁してでも作ってもらいましょう」


「相変わらず仕事魔族ね、キリエは。手伝ってくれるなら、そのくらいはやってもいいですわよ」


 淡々と依頼内容を話すキリエだが、クローゼがそれに乗り気になっている。

 おい、俺の話を聞けよ。ついそう思ってしまう。

 それにしても、キリエとクローゼは知り合いな上に仲がよさそうだ。カスミの方とはそうでもないみたいだし、姉妹相手でも付き合い方が違うのか。不思議なものだな。

 しかしだ、どこか険悪な空気が流れ始めたので、俺はついつい口を挟んでしまう。


「まあまあ。そんな急ぎじゃなくてもいいだろう。それとちょっと聞いてもいいかな?」


 二人を宥めつつも、俺は疑問をあえて口にする事にした。


「作ろうとしている服って、全部今着てるやつみたいなドレスっぽい服だとか言わないよな?」


 俺が疑問をぶつけると、キリエとクローゼが瞬きをしながら顔を合わせている。

 あっ、これは全部ドレス風の服にするつもりだったんだな。直感してしまう俺である。


「はあ、今の俺は女だから確かにドレス風がいいんだろうけどさ、パンツスタイルのも作ってくれ、頼むからさ」


 頭が痛そうな様子を見せると、キリエとクローゼは同時に腕を組んで唸り始めた。いや、そこ考え込むところか?!


「キリエには話しただろうが。俺は元男で、前魔王を倒した人間だって!」


 半ばやけになって叫ぶ俺。すると、それにクローゼが反応していた。


「ほほぅ、それは聞き捨てなりませんね……」


 クローゼの雰囲気が、さっきまでとはまるで違っている。明確な殺意に似たオーラが、俺に向けられていた。

 ところが、キリエがクローゼの手をぐっと握っていた。


「やめなさい、クローゼ。彼、いえ彼女は、前魔王様から印を受け継いだ正統な魔王です。いくら前魔王様のお気に入りだとはいえ、やっていい事と悪い事があるというものですよ」


 会ってから一度も見た事がないくらい、鋭い視線を向けるキリエ。ついでに言えば、声も低かった。こんな声が出るのかよ。

 どうやら、クローゼの態度に怒っているようである。

 すると、さすがに驚いたのか、クローゼは両手を前に出して首を左右に振っている。


「おお、なんとも怖いわね。さすがは魔王様の忠実たるメイドといったところですわ」


 冗談だと言わんばかりのクローゼに、キリエはさらに睨みを利かせる。


「き、キリエ。冗談ですわよ。ほら、新しい服を作るのでしょう。さっさと部屋に案内してくれません?」


 必死に逃げようとするクローゼだが、キリエは一向に許す気配がなかった。

 そして、クローゼの背後に回って首根っこを掴まえると、そのまま引きずって部屋を出ていこうとしていた。


「魔王様、大変失礼致しました。この不届き者は、今から10日間の監禁の刑に処します。その間に魔王様がお気に召す服を作らせますので、長い目でお待ち下さいませ」


「あ、ああ。くれぐれもやりすぎないように頼むよ。一応魔王領の民の一人なんだからさ……」


 あまりにも怖い雰囲気を放っているキリエに、俺は精一杯のお願いをしておいた。


「承知致しました。魔王様がそこまで仰られるのでしたら、手加減を致します。クローゼ、魔王様の慈悲に感謝するのですね」


「あ、ああ。まったくもってそうですわね……」


 なんというか、クローゼは心ここにあらずといった感じになっていた。半ば自業自得であるとはいえ、ちょっと可哀想になってきたな……。

 俺はなんともいえない目で、キリエに引きずられていくクローゼを見送った。


 しばらくすると、キリエではなくカスミが戻ってきた。

 カスミによれば、キリエはクローゼの監視に就くらしく、その間は妹のカスミを俺の世話役にあてたようだった。


「魔王様、ああなるとキリエ姉は徹底的に戻ってきませんので、その間は不本意ながらもこのカスミが担当致します」


「ああ、頼んだよ、カスミ」


 キリエと違って、カスミに対する信用度はまだまだ低いようだ。

 とりあえず、服ができ上がるまでの間は、カスミと付き合っていかなければならない。部下である以上はしっかりと信頼関係を気付いていきたいが、まったくどこのギャルゲーなんだかな。

 なんにせよ、当面の間は頭が痛い状況が続きそうだという事には、間違いがないようだった。

 はあ、うまくやっていけるのかね、俺は……さ。

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