第10話 転生者、幼馴染みに心配される
セイが魔王領の中心地である魔王城に到着して歓迎を受けている頃、王都では……。
「ああ、セイの事が心配です!」
テーブルを強く叩いて立ち上がるピエラ。置かれたカップがガチャンと音を立てている。
魔王領まで遠く、これでも20日以上が経過している。それだけにピエラは心配でたまらないようだった。
「ピエラ、セイは死んだのではなかったのですか?」
お茶会に参加しているピエラの友人、ミリエルはものすごく落ち着いた様子でツッコミを入れている。
ミリエルがこう話すのも無理はない。対外的にセイは魔王と刺し違えになって死んだという風に公表されているのだから。
真実を知るピエラではあるが、セイが実は生きているという事はかん口令が敷かれており、いくら友人相手とはいえ話す事はできない。
それゆえ、ミリエルの言葉に反論したくても口ごもることしかできなかった。
「ピエラ……、一体どうしたのですか?」
様子がおかしいピエラを気遣うミリエル。
「なんでもありません」
頬を膨らませて不機嫌そうに答えるピエラ。その様子を見たミリエルは首を傾げてピエラを見ていた。
やがてお茶会が終わり、ミリエルは帰っていく。
その後、ピエラは使用人を自分のところに呼びつけていた。
「どうなさいましたのでしょうか、お嬢様」
「今から魔王城へと向かいます。さすがにセイももうたどり着いているでしょうから、様子を見に行きましょう」
「えっ、ええ?!」
ピエラの急な思いつきに、使用人が困惑した声を上げる。
そりゃまあ、魔王城なんて恐ろしい場所に向かいたくもないのだから、仕方のない当然の反応だろう。
しかし、ピエラの決意は固かった。
こうなるともう誰にも止められないし、魔王を打ち倒した英雄の一人の発言ゆえに逆らえないのだ。
使用人たちは渋々ではあるものの、ピエラの要望に応えるための準備を粛々と始めたのだった。
「セイ、待っていなさいよ。私があなたを手伝いますからね」
自室で服を着替えながら、ピエラは叫ぶ。
「お嬢様。じっとしていないと着替えられませんよ」
服の着替えをしてくれている使用人から叱られて、ピエラは思わず苦笑いを浮かべて縮こまってしまうのだった。
「それにしても、この服装に再び袖を通されるなんて……。お嬢様は本気なのでございますのね」
「ええ、もちろんですよ。これから向かう場所は危険な場所ですから、気合いを入れるためにもこの服装でないといけないのです」
そう使用人に答えるピエラ。着ている服装は、セイやマールンと一緒に魔王討伐に向かった時の魔法使い風のドレスである。
着替え終わったピエラのところへ、一人の使用人が少し大きめの木箱を持って近付いてくる。
その木箱の蓋を開けると、そこには宝石のついた杖が納められていた。
「これを再び手にしなければいけないなんて……。でも、セイに会うためですから、仕方ありませんよね」
箱から取り出して杖を握りしめたピエラは、思い詰めたような表情を浮かべる。その表情を見た使用人たちは、それはとても心配になったようである。だが、使用人の誰も、ピエラを止めようとはしなかった。止めても無駄だと悟っているのだ。
そして、一度深呼吸をしたピエラ。すぐさま使用人たちに向けて命令を出す。
「最低限を用意してすぐに出ます。すぐに支度を」
「馬車はいかがなさいますか?」
「馬で参りましょう。少しでも早く行きたいですから」
「畏まりました」
ピエラの命令に従い、使用人たちが忙しく動き始める。ピエラ自身も準備に取り掛かる。
なぜピエラがこれだけ大急ぎで出ていく準備をするのか。それには理由があった。
(魔王を打ち倒した英雄としてもてはやされるのも、もう疲れました。マールンには悪いですけれど、私は魔王領に逃げます)
そう、連日のように浮かれて騒ぐ王国民たちへの対応に疲れたのである。
隣国に逃げるとかの手もあるだろうが、そこが人間の国であるのなら対応はさして変わらないだろう。
そこで目を付けたのが、セイの追放先である魔王領だったのだ。そこであれば人間たちも簡単にはやって来ないだろうと考えたのだ。
元々幼馴染みとして気になっていた相手であるセイである。彼に会えるのであるのならば多少の危険など知った事ではないのだ。
それに、魔族の頂点たる魔王を倒したのだから、魔族の方がまだ可愛げがあるというわけなのだ。
「準備が整いました。ただ食材などが足りませんので、道中で補給する必要がございます」
「分かりました。それで問題ありません、すぐに出ましょう」
ピエラはすぐさま馬小屋の方まで歩いていく。
今着ている服装はスカートではあるものの、騎乗に関してはまったく問題がなかった。
元々、戦闘において激しい動きをする事が想定されていたので、そのための対策が施されているのである。
ピエラが馬に跨ったかと思うと、すぐさま走り出してしまう。そして、その後ろには数名の使用人がついて来ていた。さすがはピエラの使用人、鍛えられているようである。
(さあ待っていなさい、セイ。私がすぐに参りますからね)
ピエラは馬を駆って、一路魔王城を目指したのだった。
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