第9話 転生者、長話を聞く

 キリエが呼んできた魔族が俺の前に座っている。少し曲がった2本の角と背中の黒い翼で、なんとなくだが想像がつく。


「お初にお目にかかります、魔王様。わたくし、バフォメットと申します。以後お見知りおきを」


 ああ、やっぱりそうなんだな。顔は人間の顔をしているけれど、全体的なイメージからそうじゃないかと思ったぜ。

 バフォメットと名乗った魔族は、姿や物腰から察するにかなり紳士的な印象を受ける。


「それではバフォメット様、魔王様にこの魔王領、いえ魔界のご説明をお願い致します」


「心得た。キリエ、おいしい紅茶とお菓子を頼みましたよ」


「はい、お任せ下さい」


 頭を下げて部屋を出ていくキリエ。

 こうして、俺は見知らぬ魔族と二人と二人置かれることになってしまった。

 当然ながら俺は気が付いていなかったのだが、この時耳が少し垂れていたらしい。ぬぅ、この耳やしっぽは思ったよりも感情を表に出してしまうようだ。


「おほん。それではどこからお話しましょうか」


 わざとらしい咳払いからバフォメットは話を始める。


「そうだな。俺が王都から追放される際に、ここの統治を任されたからな。とりあえずは魔王領の現状から聞きたい」


「畏まりました。それでは、必要な情報をお教えしましょう」


 こくりと頷いたバフォメットは、魔族についての話をあれこれと俺にしてくれた。

 話を聞いていたのだが、これがまた長い長い。

 途中でキリエが何回紅茶のおかわりを持ってきたのやら……。ついでに、俺も聞いてる最中に何度か寝そうになってしまった。でも、これだけ熱く丁寧に話してくれるだけに、俺は必死にこらえていた。時々見かねたキリエに起こされたがな。


「……というわけでございます」


 ようやく長かったバフォメットの話が終わった。

 聞いた感じ、思ったよりも魔王領の治安は悪くなさそうだった。とはいえ、魔王がそれだけきっちり領地を治めていたからだろうし、俺にとっての不安要素に変わりはなかった。


「統治に対して不安がございますのなら、どうぞ我々をいいようにお使い下さいませ。キリエからも聞いておられるでしょうが、我々は基本的に魔王様に対して忠誠を誓っております。命令を下されば、それを遂行すべく邁進致します」


 バフォメットは終始紳士的な態度で俺に接してくる。あまりに丁寧な態度に、つい信用しちまいそうだ。


「ありがとう。この魔王領の統治のために、その情報は有効活用させてもらうよ」


「はっ、ありがたき幸せ。それでは、わたくしめはこれにて失礼致します」


 丁寧に頭を下げて挨拶をしたバフォメットは、すたすたと足早に俺の部屋から出ていった。


「いかがでしたでしょうか、魔王様」


「うん、ずいぶんと参考になった。とはいえ、俺のような新参者がどこまでやれるか分からないからな。ひとまずは今までの統治者に任せるとしようか。報酬とか用意しておけばいいかな」


「畏まりました。おそらくはそれで対応は十分かと存じます。魔王様からお褒めの言葉を預かるのは最高の栄誉でございますから」


「ふむふむ」


 キリエの反応を見ながら、俺はつい思ってしまう。魔族って思ったより単純じゃないかと。

 魔王に仕えること、褒められることを最高の栄誉と考えているってところがな。

 そう思いながら、俺は話の途中でバフォメットに出してもらった地図を眺める。地形を把握するのも統治をする上では重要だからな。


(それにしても、魔王領って広すぎねえか?)


 地図を眺めていた俺は、思わず叫びそうになった。地図にはちょうど俺が住んでいた王国も描かれていたのだが、その広さと比べても格段に違っていた。


「さすがにこの広さは、一人じゃ無理すぎだな……」


「はい。ですので、配下をうまく使われるのですよ、魔王様」


「ふむ……」


「魔王様には転移魔法がございますから、移動だけでしたら楽でございます。分からないのでありましたら、得意な部下をお呼び致しますよ」


「そうなのか。だったら明日にでも頼もう。今日はバフォメットの話だけで日が完全に暮れちまったからな」


「承知致しました。では、ご夕食の準備を致しますので、その際にお声掛けをしておきます」


 キリエも部屋を出て行き、ようやく俺は一人になった。

 魔王城に到着してまだ当日。この日だけでいろいろありすぎだった。

 朝早くに到着したかと思えば、風呂に放り込まれてドレスを着せられて、たくさんの魔族の前で挨拶をさせられて、とどめに真面目そうな魔族から延々と説明を聞かされて……。

 正直言って早く寝たい。

 でも、よく思えば今日はキリエの用意した紅茶とお菓子しか口にしていないんだよな。いや、お菓子はおいしかったんだけどさ。

 食事の準備をしてくれているし、さすがに寝てしまうのは失礼だろう。

 どうにか頑張って起きて食事を終えた俺だったが、その時にはもう完全に耳が前に倒れてしまっていた。


「魔王様、無理せずにお休みになられて下さい。倒れられては私たちが困ります」


「ああ、そうさせてもらうよ。ふああ……、魔王領の統治のことは、また明日考えるか……」


 俺はキリエに付き添われながら、寝床へと向かう。そして、寝間着に着替えさせられると、そのまま沈むように眠ったのだった。

 ふぅ、濃い1日だったぜ……。

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