第7話 転生者、魔王になる
キリエに連れられて俺が広間に向かうと、そこには今までどこに居たんだというくらいにたくさんの魔族たちが集まっていた。よくよく見れば、見た事のある魔族もちょろちょろと見かける。
(魔王城に侵入した時に対峙してた連中も居るじゃねえか。でも、キリエみたいな反応もあるし、あの時の侵入者だとばらさなきゃ大丈夫かな?)
たくさん居る魔族を前に、つい俺はびびっちまっていた。
しかしだ、連中は新たな魔王の登場を待ちわびている。今の俺はあの時と全然姿が違うから言っても分からないだろうし、堂々としてれば大丈夫だよな。
それにしても、手を取ってもらっているとはいえ、今着ている服というのはとても歩きにくい。特に靴。なんで女性というのはこんな歩きにくい靴を履くんだよ。
そう、今の俺は10cmはあろうかというハイヒールを履かされている。ピエラの履いていたものよりも高いんだよな、これ。
男だとここまで踵の不安定な靴はそう履かないからぐらつきはするのだが、そこは獣人の体幹なのか意外と転ぶ事はなかった。
「さあ、魔王様。こちらへどうぞ」
キリエがにこやかに俺を誘導する。
ここまで来ていざ尻込みするなんて、なんか前世から変わってないんだな。
「魔王様?」
キリエが心配そうに顔を覗き込んでくる。
その様子を察した俺は、キリエの顔を見た後に頭を左右に激しく振った。
俺はここの統治を言い渡されてきたんだ。だったら、領主だろうが魔王だろうが変わらない。
改めて覚悟を決めた俺は、広間へと強く踏み出した。
意識しているわけではないが、さすがに魔族たちの前に出るとなるとかなり緊張する。それを悟らせないためにも、俺は耳をピンと立てて姿勢を真っすぐにして歩み出ていく。
目の前には俺が倒した魔王が座っていた玉座がある。
俺はその前に立つと、広間に集まっている魔族たちを目の前にする。
こいつらはちょっと前に俺やマールン、ピエラと戦っていた連中ばかりだ。改めて見てみると、魔族たちの姿ってのは恐ろしいものだ。いくら魔王を打ち倒すために必死だったとはいえ、こんな奴らを目の前にして戦えたものだよ、本当に。
ともかく俺は、感情を悟られないようにぐっと力を込めながら、しっかりとした視線を魔族たちへと向けた。
「おおお、お美しい……」
「あの方が新しい魔王様」
「まさか、獣人の中から新たな魔王様が生まれるなんて、思ってもみなかったぜ」
俺の姿を見た魔族たちは、それぞれに反応を見せている。キリエの言った通り、新たな魔王の誕生に喜んでいるような反応ばかりが目立つ。
キリエの言葉が嘘じゃないというのがよく分かる。そのくらいに、魔族にとって魔王というのは重要な存在という事なのだろう。
なんか、これだけ期待されているのを見ると、ここまで怖気づきそうだったのが嘘みたいに気持ちが軽くなった。
そこで、俺は気合いを入れ直すために自分の頬を両手で叩いた。
思ってもみなかった俺の行動で、広間の中がしんと静まり返る。
よし、みんな黙り込んだし、視線が集まった。ここはいっちょ魔王の最初の行動としてきちんと締めてやりますか。
俺は胸を張って魔族たちに向き合う。真下の膨らみにはまだ違和感はあるものの、今はそんな事を気にしていられない。
「よく集まってくれた、皆の者」
俺は第一声を放つ。
これだけの大勢の前で発言するとか、小学校の卒業式の答辞以来かな。緊張に震えているが、期待には応えなきゃな。
「おお、これが魔王様の声……。なんという美しい声なんだ……」
「おい黙れ。魔王様のお言葉が聞こえなくなるじゃないか」
一部の魔族が騒いでいる。
うん、どこ行ってもあるんだな、こういう光景って。
「俺……、っと私はセイという。先代の魔王が倒れた跡を引き継ぐ事になるとは思っていなかった。それゆえに未熟ではあるが、この魔王領の未来のためにみんなの力を貸してほしい。よろしく頼む」
混乱していたせいであんまり言葉がまとまっていなかった気がするが、侯爵家の嫡男として育てられてきたせいか、なんとか形にはなっていたと思う。
ところが、魔族たちの反応は意外だった。
驚いて沈黙してしまっているのである。
なぜかと思って、俺は自分の姿勢を確認する。すると、思わぬ事が判明した。
(ぬわあああっ! 頭を思いっきり下げているじゃないか。くそっ、社畜時代の癖が、こんなところで!)
そう、折り目正しく90度のお辞儀をしていたのである。
魔王といえば魔族の頂点に立つ存在だ。そんな人物が頭を下げるとか、普通はありえない話だ。実際、国王や侯爵も、自分より下の身分を相手に頭を下げているところなど見た事がない。
やっちまったと思った俺だったが、じわじわと広間から拍手が沸き起こってきた。
「そうだよなぁ。魔王様という立場のせいで忘れちまってたが、獣人は魔族の中でも下っ端だものな。頭も下げちまうもんだぜ」
「ええ、初々しくてつい感動してしまいました」
「新しい魔王様。もちろん、力を貸しますぜ」
「魔王様、万歳!」
広間を拍手と歓声が包み込んでいく。その光景に、俺は思わず笑ってしまうほどだった。
こうして俺は、無事に魔族たちのトップである魔王として迎え入れられたのだった。
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