第6話 転生者、メイドと話をする
魔王城に到着すると、今度は服がみすぼらしいからと言って素っ裸にされた挙句風呂に放り込まれた。
その時に自分の体を見ることになったが、全身毛むくじゃらのおかげかそれほど恥ずかしくもなかった。
それにしても、よく思えば風呂に入るとかいつぞやぶりだろうか。
魔王の討伐前からろくに入れた記憶がないし、その後は囚人扱いだから風呂なんてあるわけがない。うん、もうかなり入ってないな。
そんな吐きたくなるような事を思い出しながら、俺は魔族たちにされるがままだった。
お風呂から出た俺は、前魔王の下で働いていたというメイドに服を着させられている。
「よく女性用の服があったものだな」
「ええ、魔王様はいずれ迎えられる自分の伴侶のために服をご用意なさっていたそうです。今、魔王様がお召しになられている服は、その中の一着なのですよ」
「へえ……」
俺は思わず感嘆の声しか出てこなかった。
すると、俺に服を着せていたメイドが急に泣き始めてしまった。どうしたものかと俺は慌ててしまう。
「申し訳ございません。まさかこんな短時間で新たな魔王様が現れるとは思ってもみませんでしたから」
「そ、そんなに待つものなのか?」
「はい、早くても10年は待ちます。過去には100年を超えた時もあったそうです」
「マジかよ……。魔族ってそんなに気長に待てるものなのか?」
「魔族は短い者でも数100年は生きますからね。意外と待てるものなのでございます」
メイドは俺の質問にしっかりと答えていた。
……なんとも、今まで持っていた魔族のイメージとは違い過ぎる。
人間に害をなすだけの存在かと思ったが、魔王に対する忠誠が重すぎたのだ。
服を着せ終わったメイドは、俺を姿見へと連れていく。
そこに映った全身の姿に俺は驚いた。なんといっても、毛むくじゃらになった自分の姿をしっかりと見たのはこれが初めてだからな。
「これが……俺?」
「はい、左様でございます。服の色は毛並みの色に合わせて頂きました。お気に召さなければ他にもございますので、いくらでもお選びいただけますよ」
あまりにも美しい毛並みの獣人の姿に、俺は思わず言葉を失う。そんな俺とは対照的に、メイドの方はにこやかに自分の務めを果たそうとしている。
「そうだ。なんで俺の事を魔王って呼ぶんだ?」
急に我に戻った俺は、メイドに対して質問をぶつける。メイドはきょとんとした顔で俺の事を見ていた。
「魔王様、失礼致します」
そして、そう言って俺のあまたに手を近付けると、俺の前髪をめくり上げて姿見に視線を向けた。
姿見に映った俺の額には、何か見た事のない模様がしっかりと浮かび上がっていた。
「この額にある印、これこそが魔王様の証です。まだ、魔王様によってはどこにあるかはそれぞれでして、先代の魔王様は背中にその印を持たれておりました」
「そうなのか……。にしても、こうやって見るとはっきりと見えるものなんだな」
俺は姿見の中に映る自分の姿をまじまじと見つめている。
「ええ、そうなのですよ。その印から放たれる魔力を、私たち魔族は敏感に感じ取れます。それゆえに、一目見ただけであなた様が魔王様だと認識できたのです」
「そんなに特殊なものなのか……」
メイドの説明に、俺は腕を組んで唸っていた。
「はい、そうなのですよ。……っと、申し遅れました。私は魔王様の専属メイドとなりましたキリエと申します。お呼び頂ければいつでも駆けつけますので、いいようにお使い下さいませ」
キリエと名乗ったメイドは、にこにことした表情で俺を見つめていた。
その様子を見た俺は、少し悩んだものの正直に話をする事にした。
「喜んでくれているのはいいんだが、前の魔王を殺したのは俺なんだ。それでもいいのか?」
逆上して攻撃される事を警戒して、俺はキリエを少し離してから告白する。
ところがだ。キリエはまったく逆の反応を見せていた。
「なるほど、あの時の方でしたか。素晴らしいですね、魔王様以外には手を掛ける事なく行かれるなんて、おかげさまで私は再び魔王様に仕える事ができます。ありがとうございました」
お礼を言われる始末だった。これには俺の方が戸惑った。
「仕える主を殺されたのに、そんな反応でいいのか?」
「もちろん、よくはないでしょう。ですが、私たち魔族にとって、魔王様にお仕えするというのは誇りなのでございます」
魔族というのはなんとも切り替えの早い種族のようだった。なんか悩んでいた俺の方がばかばかしくなってきた。
「ささっ、新しい魔王様。お着替えも終わりましたし、みなさまにご挨拶に向かいましょう。広間にはたくさんの魔族が既に集まっているはずでございます」
姿勢を整えて頭を深く下げながら、キリエは俺に話し掛けてくる。
しかしだ。このままでは俺は本当に新しい魔族の王、魔王にされちまう。
とはいえ、俺はこの魔王領の統治を言い渡されてこの地にやって来たんだ。だったら、魔王になっちまうのも悪くはないかなと考えてしまった。
「ふふっ、魔王様ったら楽しそうですね。そんなにしっぽを揺らしているだなんて」
「えっ」
俺は思わず自分の背中側を見る。確かにそこでは、俺に生えてしまったしっぽが上がった状態で大きく左右に揺れ動いていた。これはセイ太でもよく見た嬉しいという感情表現ほかならなかった。
まったく、表に出すつもりはなかったのに、こんなところでばれちまうんだな。獣人というのはちょっとやりづらそうだ。
「ささっ、参りましょう、魔王様」
俺はキリエに手を引かれながら、魔族たちが待つという広間へと向かったのだった。
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