第3話 転生者、一難去ってまた一難

(うう……、まぶたが重い、体も重い……)


 魔王を倒したはずの俺は、どことも分からない場所で動けずにいた。


(魔王を倒して、その後どうなったんだっけか……)


 気怠さが全身を襲う中、俺は必死にあれこれ思い出そうと必死に頭を働かせる。

 しかし、思い出そうとしても全身の意識が、深みに引きずり込まるれるようにして集中する事を拒んでいた。


 意識がいよいよ怪しくなってきた。


(やばい……。せっかく転生したっていうのに、俺の人生はこんなところで終えちまうのか?)


 二度目の死が迫ってきている感覚に、俺はつい恐怖を感じてしまう。

 だが、急速に意識が遠のいていき、とても抗えそうにない。

 もう終わりだ。そう思った瞬間、俺の耳にかすかに何かの音が聞こえてきた。


(……なんだ、この声?)


 意識が遠のきすぎて、はっきりとその声が聞き取れない。なんとかして聞き取ろうと、俺は気をしっかりとさせようと必死になった。

 すると、その声の正体がようやく分かるようになってきた。


(これは、犬の鳴き声か?)


 かすかに「ワン」という音が聞こえてきたのだ。それは間違いなく、犬の鳴き声だった。

 ところが、ただの犬の鳴き声だと思っていたのに、なんとなく懐かしい感じがした。

 まさかと思った俺は、ぐっと体に力を入れる。

 するとどうした事だろうか。さっきまでほとんど力が入らなかったのに、今はしっかりと体に力が入れられるのだ。


(これは……、もしかしたら目を覚ます事ができるか?)


 俺はさっきまで諦めかけていたのが嘘のように希望を取り戻す。

 すると、その犬の鳴き声はよりはっきり聞き取れるようになり、その声の主が誰なのかを思い出したのだ。


(そうか、この声……。前世の中学生頃に飼っていた犬か。確か名前は……)


「ワン!」


(そうだ。自分の名前からとってつけたセイ太だ。あとでメスだと分かって怒られたっけかな。セイ太が喜んでたからそのままになってたけど)


 はっきりと聞こえた鳴き声に、俺は完全に思い出していた。

 しかし、同時にどうしてその犬の鳴き声が聞こえてきたのか。それが疑問で仕方なかった。

 まさか、ここはあの世だというのだろうか。

 せっかく取り戻した希望が、再び絶望へと切り替わっていく。


「ワン(諦めちゃダメ)」


 うん?

 今一瞬、犬の鳴き声に紛れて、女性の声が聞こえた気がする。


「ワンワン(私はセイを助けに来たんだから)」


 空耳じゃない?

 さっきよりもはっきりと聞こえてくる。

 セイ太、お前って喋れたのか……。


「ワンワワン(神様に言われて、セイを助けに来たんだよ)」


 俺を助けに?

 一体どうするつもりなのだろうか。


「ワンワワンワン(さあ、私を受け入れてちょうだい、セイ)」


(ちょっと待て、一体何を……)


 戸惑う俺だったが、その瞬間、体に何かがぶつかるような感触があった。

 そして、体から力がみなぎってくるのを感じた。

 ところが、それも束の間。俺の意識はそこでまたぱたりと途切れてしまった。


 ―――


「う……ん……」


 俺の目の前が、うっすらと明るくなる。

 魔王との戦いの後、二度も消えた意識だったが、目の前が明るいという状況は久しぶりだった。

 それにしても、ここは一体どこだというのだろうか。

 まぶたがはっきり開かないので、周りのすべてがぼやけて見える。おかげでまったく状況の確認ができないという。これは困ったものだな。

 その時だった。

 扉が開いて誰かが入ってくる。

 しかし、問い掛けようにもうまく声が出ない。まったく、どうなっているというのだろうか。


「今日は、起きてくれてるかな……」


 小さくながら呟く声が聞こえてくる。

 この声は聞き覚えがある。幼馴染みのピエラの声だ。


「あ……う……」


 声を出して反応しようとしても、思うように声が出ない。なんとももどかしい気分だ。


「セイ?」


 ところが、ピエラにはこの声が届いたらしくて反応している。

 そして、小走りに近付いてくる靴音が聞こえてくる。


「セイ、目を覚まし……って。誰よ、あなた!」


 ピエラが叫んでいる。そんなに取り乱してどうしたというんだ。

 俺だ、幼馴染みのセイだ。そう告げようにも、俺の声がうまく出てくれない。


「誰か、誰か来て下さい。知らない人がベッドで寝ています」


 叫びながら去ろうとするピエラ。すると、俺の体がとっさに動いてピエラの腕を掴んでいた。

 そのおかげか、ようやく視界がはっきりしてきた。

 だが、そこで俺の目に飛び込んできたのは、信じられないものだった。


(ピエラの腕を掴んでいるこの手、一体誰の手なんだよ)


 見た事のない手が視界に入ってきたのだ。

 冷静に手から腕の方へと視線を動かすと、なんとその見た事のない手の正体は俺のものだった。


(何だ、この毛むくじゃらな手は……!)


 驚いた俺はピエラから手を離し、自分の体をぺたぺたと触り始める。

 すると、俺の体は全身が毛に覆われた姿となってしまっていたのだ。

 おいおい、何が起きたっていうんだよ。

 俺が混乱していると、ピエラの声を聞きつけた連中が部屋へと駆け込んできた。


「なっ、魔族だと?!」


「なぜ獣人がここに居るんだ。セイ殿はどこに行ったのだ」


 毛むくじゃらな俺を見た兵士たちが叫んでいる。


(獣人? 魔族? 一体何の事なんだよ)


 反論したいのは山々だが、今の俺はちゃんとした言葉が喋れない。

 訳も分からないうちに俺は拘束され、そのまま地下牢へと放り込まれてしまったのだった。

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