大切なあの子
太刀山いめ
ジジ
「その子」と初めて出会ったのは深夜から早朝に掛けての新聞配達の途中でだった。
「魔の消防団地」と呼ばれる難所があり、エレベーター無しの5階建ての建物が5棟ある団地だ。自転車での朝刊配達。それにアタックする為に団地の敷地内の自動販売機で冷えたスポドリを買って体を冷やしていた。有り難い事に大量に購読頂いているので配達は心臓破りだ。
まだ春だと言うのに自転車に新聞を括り付けて漕いで、降りては配達を繰り返し、毎日この難所で立ちすくむ。
そのたびに飲み物を買っているのだから中々のお得意様だ。
そうしていると…
「にゃ~ん」
猫撫で声がする。にゃっとしてしまう。
自動販売機の明かりに向ってテトテトと小さな影が寄ってくる。
「おはよう」
「にゃ~ん」
寄ってきたこの子は「ジジ」。勝手にそう名付けた。ジジはこの魔の消防団地に住まう野良猫だ。見た目は真っ黒で胸元の一点だけ白い。だから間違いようがない。名前は「魔女の宅急便」の主人公の使い魔のジジからだ。
「じゃあ今日も宜しくね」
言うが早いか自転車に乗り勢い良く漕ぐ。するとジジはおもちゃと遊ぶかの様に走り出しついて来る。
自転車を止め、新聞を投函しやすい様に折りながら階段アタック開始。するとジジも獲物を追いかける様にモゾモゾ構えてから階段にアタック。
それを5棟繰り返すのだ。
だがそこは人間だもの。5棟も走ればバテてくる。最後の1棟等はフラフラ手すりに縋り付いてやっとこ配達。
だがジジは元気で終いにはトントンと爪も立てずに背中から肩に乗りほっぺにスリスリとしてくれる。魔の消防団地唯一の癒し。
消防団地の自動販売機前。そこまで差し掛かると「お別れ」になる。
ジジは団地からは出ないのだ。でも私が団地から出てゆく迄自動販売機の明かりの前で「にゃ~ん」と鳴いて見送ってくれる。
何とも幸せな配達時間だった。
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