41話 結婚前夜
ディリウスを選んだローズマリーだったが、やはりディリウスは何故選ばれたのかわかっていない様子だった。
けれど、ディリウスには拒否権などない。着々と結婚式の準備は整っていく。
「もう明日が結婚式か……」
議会の間で最終確認を済ませたディリウスが、呟くように口にした。
まだ使用人は準備に追われていて忙しないが、もう夜だ。明日が結婚式なんて信じられない。
聖女と聖女の持つ魔法はアルカド王国のものだと主張するために、早く結婚しなくてはならなかったので、仕方なかったのだが。
「ローズ、帰るなら送る」
いつものように声をかけられるも、ローズマリーは首を振った。
「大丈夫。明日の朝早くから準備だから、今日はお城に泊まらせてもらうのよ。お父様もそれでいいって言ってくれたわ」
「そうか。じゃあ……少し話さないか」
「そうね」
ディリウスとの結婚が決まってから忙しすぎて、ゆっくり話す暇がなかった。
エメラルド化されていた英雄を解除し、彼らに状況を説明するだけでも一苦労だったのだ。今はそれぞれに希望を聞いた上で、住居と仕事を与えている状態である。
ローズマリーは世間から、『英雄を解除した悪魔』と罵られるかと思っていた。しかし国王の采配により、国の繁栄のために英雄の眠りを覚ました真の聖女として語られることになった。
もう魔法を使わないと心に決めているローズマリーは、それはそれで困ってしまうのだが、悪魔と呼ばれるよりはいくらかましだ。
聖女として民と触れ合う機会まで設けられてしまい、それは多忙な毎日だった。
明日のために早く寝た方がいいのはわかっているが、今日は城に泊まれるため、多少はゆっくりできる。
ディリウスは自室へとローズマリーを
いつもは昼にしか入らないので、夜のディリウスの部屋はなんだかドキドキしてしまう。見慣れたはずの部屋のベッドから、不自然に顔を逸らしてしまった。
(まさか、今日……結ばれたりしちゃう……?)
結婚前夜にそんなことはしないだろうとはわかっているのに、一度考えると頭がそれから離れてくれない。
「どうした、ローズ」
「え!? な、なんでもないわよ!?」
「……心配しなくていいからな」
「へ? ……う、うん……」
ディリウスの優しい顔を見れば気遣ってくれたことはわかるのだが、一体何に対しての心配しなくていいのかがわからない。
(やっぱり今日はしないってことかしら……そりゃそうよね。だって明日が初夜になるんだし)
頭の中で初夜という言葉を思い浮かべるだけで、顔から湯気が出てきてしまいそうだ。
待ち遠しいような、ちょっと怖いような不思議な変な気分で、なんだかもぞもぞと体を動かしてしまう。
視線が定まらずに部屋を見ていたら、いつもは扉を開けると走り寄ってくる存在がいないことに気づいた。
「そういえば、ヴァンは?」
「あいつ夜行性だからな。その辺を散歩して、朝には帰ってくる」
そう言いながら椅子を引いてくれるディリウス。ローズマリーが座ると、ディリウスも対面に座り、改めて顔を突き合わせた。自覚するまではなんともなかったというのに、今では鼓動がうるさく感じてしまう。
今日はさすがのディリウスも疲れていたようで、はぁっと息を吐き出した。
「ローズが前世を思い出し始めてから、怒涛の毎日だったな」
「本当ね。物事が進む時って、本当に急なんだわ」
「最初にローズが神に祈ったのが始まりだったんだよな。まさか、魔法まで使えるようになるとは思ってなかった」
「きっと、神様が最後の力を振り絞って、巫女であった私の望みを叶えようとしてくれたのよ」
明日からいくらでも話す時間は取れる。だけど独身最後の夜を楽しむように二人はゆっくりと話し合った。
初めて出会った日のこと。
レオナードに遊んでもらった日のこと。
一緒にイタズラして怒られた時のこと。
ダンスのレッスンで足を踏んでしまったこと。
良い事も悪い事も、楽しかった事も悲しかった事も、苦しみ喜び怒り、全てを共に味わってきた。
ディリウスとする思い出話なら、無限にできてしまう。
(どんな思い出も、私にとっては宝物だったんだわ)
心にキラキラ輝く思い出は、いつもディリウスと一緒で。
好きだと気づいたのは最近だというのに、もしかしたら大昔から好きだったのかもしれないと錯覚してしまいそうになる。
そんな幼馴染みと結婚できる事が、嬉しくて仕方ない。
いつまでも終わらぬ思い出話をしていたら、口の端を上げながらディリウスは言った。
「まさか、ローズと結婚する事になるとは思わなかった」
その顔を見た瞬間、そして言葉の意味を考えた瞬間。ローズマリーは一気に現実へと引き戻される。
ズドンッと頭上に岩が落ちてきた気さえした。浮かれ過ぎて忘れていたのだ。この結婚は、ローズマリーが一方的に決めた話だという事を。
「……そうよね。思いもしなかったわよね」
なんとか微笑んでみせたものの、ちゃんと笑えていたかどうかの自信はない。
(そうだったわ……ディルには好きな人がいるんだもの。私との結婚なんて望んでないのに……)
無理やり結婚しようとしていたイザベラと、やっている事は何ら変わりないのだと気づいてしまった。
バタバタしていたし、ディリウスも覚悟を決めていたのか、不満気な顔は見せなかったけれど。
ディリウスはローズマリーと結婚するなど、全く考えていなかったのだ。
途端にローズマリーの胸に罪悪感がのしかかった。
「……ごめんね、ディル」
「俺は……ローズと結婚できて嬉しいけど」
ディリウスの眉が、少し悲し気に下がっている。
きっと、無理してそう言っているのだと思うと、さらに胸は痛んだ。
(ディルは優しいから……私に気を遣って、そんな風に言ってくれてるんだわ)
心から喜んでいる顔じゃないことくらいは、見ていればわかる。何年も一緒にいる、幼馴染みなのだから。
そんなディリウスが、喉から搾り出すような声を出した。
「……あの時、本当は俺じゃなくレオを選ぼうとしてたろ」
その言葉に、ローズマリーはこくりと頷いてみせる。
やはり、何を言われてもレオを選ぶべきだったのだろうか。けれどレオもいい迷惑だったかもしれない。だったらイシリオンを選べば、全ては円満に済んだというのに。
自分の欲望を優先させた結果、ディリウスに迷惑をかけている。
「そうか……まぁ、今さら言ってもどうしようもないよな。結婚はもう取りやめられないし」
「……そうね。ごめんね……」
「謝るなって。俺は平気だから」
ディリウスは、明らかに無理やり微笑んでいた。ローズマリーと結婚しても問題ないと言わんばかりに。
「さすがに、もう遅いな。そろそろ終わらないと、明日に響く」
「ええ。私はゲストルームを使わせてもらう事になってるから、また明日ね」
「ああ。おやすみ、ローズ」
「おやすみ、ディル……」
そっと目を細めてくれる優しいディリウスの部屋を出ると、急いでゲストルームへと駆け込んだ。
誰かにこんな顔を見られてはいけない。
部屋に入ると侍女がいたが、もう寝るからと言って出て行ってもらった。
ベッドの上へと伏せた瞬間、ローズマリーの目からぽろりと涙が溢れる。
「どうして……ディルの好きな人は、私じゃないのよ……っ」
真夜中の結婚前夜。
ローズマリーは一人、ベッドの上で泣いていた。
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