40話 選んだのは
三人のうち一人を、自分で選ばなくてはいけない。
どうするべきかとローズマリーは一人ずつ目を向けた。
背の高い、王弟で元騎士団長のレオナード。きっと復帰して、これからも国を護り王を支える大役を担っていくのだろう。
金髪碧眼で、男らしい身体つき。おおらかで、感情豊かで、面倒見が良くて、太陽のような明るさを持った大好きな人。
(レオ様は……綺麗になったって言ってくれた。心が動かない方がおかしいって。私もずっとレオ様が好きで、結婚したくて……)
夢にまで見たレオナードとの結婚が、目の前にあるというのに。
ローズマリー胸は、チリッと痛みを発している。
真っ直ぐにレオナードを見られなくなり、第一王子のイシリオン方へと目を向けると、彼は柔和な笑顔を見せてくれた。
線は細いが、誰よりも物腰が柔らかく、とにかく優しい人だ。
けれど一本芯を持っていて、ここぞというときには強いリーダーシップを発揮する。
人の心に寄り添うこともできる、金髪緑眼の見目麗しい満天の星のような人だ。
何より彼は、ローズマリーのことを愛してくれている。そのためイシリオンを選べば、無理やり結婚をさせてしまうという良心の呵責はない。
(イシリオン様と一緒になれば、きっとたくさん愛してもらえる。幸せになれるってわかってる。でも……)
ローズマリーは胸を痛めながら、ディリウスへと目を向けた。
見慣れたアッシュグレーの髪に、空色の瞳。
スラリと伸びた手足は、毎日の鍛錬によってしっかりと鍛えられている。
大きく表情は変わらないけれど、子どものような好奇心は持ち合わせていて。
くだらない言い争いをして、お互いムッとすることはあっても、すぐに元通り接することができた。
一緒にいて一番気を使わなくて。
そして……ローズマリーは自覚してしまっていた。
ディリウスのことが、好きだということに。
(でも……ディルと結婚なんて、一度も考えたことなかった……)
レオナードに言われて、初めて気づいた自分の気持ち。
昨日までレオナード一筋だったというのに、急にディリウスへの気持ちが広がったのだ。気持ちがついて行かず、混乱している部分もある。
(もし私が、ディルを選べば……拒否権のないディルは、私と結婚することになる)
それを考えると、胸が苦しい。
ディリウスはきっと、レオナードを選ぶと思っているだろう。だから、拒否権はないと国王に言われても、平気な顔をしていたのだ。自分が選ばれることはないと思っているから。
(もし私と結婚することになったら、ディルの気持ちはどうなるの? 好きな人がいると言っていたのに……その人のことを諦めなきゃいけなくなる……っ)
ローズマリーを守るという約束を、ディリウスはようやく破棄できるのだ。レオナードと結婚することによって。
そうすればディリウスも、想い人に気持ちを打ち明けられるだろう。彼にも幸せな結婚が、未来が待っているに違いない。
(やっぱり、私が選ぶのは……)
もう一度、ローズマリーはレオナードへと視線を向けた。
「私はやっぱり、レオ様を──」
「ローズ!」
言葉を遮るように、レオナードがローズマリーの名を呼んだ。
上げられた眉尻。
ディリウスとイタズラをしたとき、何度この顔で叱られたことか。
しかしレオナードは当時よりもずっと、厳しい顔をしている。
「よく、よーく考えろよ」
「レオ様」
「本当に俺でいいのか?」
「……っ」
自分の気持ちに素直になれと。
そんなレオナードの気持ちが、ローズマリーへと届く。
(この想いを……優先していいの……?)
溢れ出るばかりで止まりそうもない、ディリウスへの想いが。
自分のエゴで苦しませてしまうとわかっているのに、もう諦められそうにはない。
この先を一生共にしたいのは……間違いなく、ディリウスなのだから。
「私は……ディルを選びます!」
「……俺!?」
ディリウスに目を向けて宣言すると、これ以上ないくらいに驚いていた。
「拒否権はないわよ、ディル。覚悟を決めてね!」
「……ああ、わかってる」
すぐに気持ちを切り替えたであろうディリウスが、澄んだ空色の瞳を向けてくれた。
(……ごめんね、ディル……)
恋愛感情など微塵も持っていない幼馴染みと結婚させられるディリウスが不憫で。好きになってしまったことが申し訳なくて。
ローズマリーの胸は押し潰されそうになる。
(だけど……ディルが他の誰かと一緒になるなんて、やっぱりいや……! ディルには、これからもずっと私のそばにいてくれなきゃ、いやなの!)
利己的な判断によって、ディリウスの将来を勝手に決めてしまった。その、罪悪感。
(ディルが幸せな気持ちでいられるように、頑張らなきゃ)
じっとローズマリーを見つめる空色の瞳。それに霧雨のような綺麗な髪。
(ディルって、雨みたいな人だわ)
気まぐれに降ったり止んだり。
だけど寛容で、神秘的で、美しくて。
包み込むような優しさを持つ、なくてはならない存在で。
そして寂しさを訴えるような雨が、どこかディリウスに似ている気がした。
「では後日、改めて契約を交わそう。やれやれ、これでようやく一人結婚してくれるな。レオ、イシリオン、お前たちもちゃんと相手を探すんだぞ」
「はは、そのうちな」
「僕もそのうちに……」
国王アルカディールは、基本的に個人を尊重してくれる王だ。痺れを切らせば強硬手段も辞さないだろうが、レオナードとイシリオンはきっといい人を自分で探すだろう。
(私とディルは……政略結婚、ね……)
そう思うと、ローズマリーの心は雨に打たれたように、悲しく濡れるのだった。
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