37話 二つの力

 アルカド王国の宗教は、間違いなく女神信仰だ。

 パラドナがいたからこそ、生まれた宗教である。


 しかし、女神といわれたパラドナは、困ったように首を振った。


「私は女神じゃない。神に選ばれた聖女なんですの。姉様がいなくなってからは、光輝の英雄を作ることで、人類の発展を阻害してきた。その程度では、大した抑止にはならなかったけど」

「あなたも神に殉じようとしてたのですね、パラドナ様」

「……あなた?」


 ローズマリーの言葉に、首を傾げるパラドナ。そんなパラドナから目を逸らしたのは、アナエルだった。


「……姉様?」


 アナエルの行動に不自然さを覚えたパラドナが、彼女の背にそっと手を置く。

 元々、仲の良い姉妹なのだろう。

 なまじ才能があったばかりに、神の思惑に巻き込まれてしまっただけで。


「パラドナ様。アナエルは転生しても、神の意志を全うしようとしていたんです」


 そう言うと、アナエルは小さく「違う」と否定する。

 しかしローズマリーは確信を持って続けた。


「アナエルはこの国を統べる・・・と言った。滅ぼす、ではなくね。それは魔女の力で管理するって意味でしょう?」

「違うっ!! 私は本気でこの国を壊滅まで追いやるつもりだった!」


 先ほどまでは震えるほど怖かった金の瞳が、威嚇に過ぎないとわかるとただ悲しく見える。


「壊滅直前で、パラドナ様のエメラルド化を解くつもりだったのよね? 女神が実体を持ち、今にも滅びそうな国を復活させれば、パラドナ様は崇められ続けるもの」

「そんな、つもり……」

「さっきあなたが、そうなればいいと言ってたことだわ」


 否定しようとするアナエルに、ローズマリーはただ事実を伝えた。


 ── 私は魔女だ! 魔女には魔女の仕事がある!! パラドナはみんなに崇められて幸せに暮らせばいい!!──


 あの時のアナエルの言葉が、全てを物語っていたのだ。

 だからパラドナも、ローズマリーに魔法を継承してくれた。アナエルの真の目的は復讐にあるのではなく、パラドナに幸せになってもらうためだったから。

 そしてそれを知ったからこそ、パラドナもアナエルの魔法の力がなくなる方が幸せになれるとわかった。神の使命に囚われず生きるためにも。

 これは、互いが互いを思い合った結果なのだ。


「姉様……」


 パラドナは震える声と手で、ぎゅっとアナエルを抱きしめた。


「姉様は、昔から真面目で優しすぎますの……っ! 復讐を装えば、私には止める権利がないとわかってて……!」

「パラドナは、エメラルド化していた間も世界を見守っていてくれたんだ。気が遠くなるくらいの長い時間を……その分も幸せになってほしくて……」

「まさか、寿命を奪い取っていたのは、私に送るためですの!?」

「そのつもりだったけど、私には魔法力がなくなって送れなくなってしまった」


 しょぼんと肩を落とすアナエルに、パラドナはぷくっと頬を膨らませる。


「もう、私はそんなに長生きなんてしたくありませんの! また千年も過ごすだなんて、冗談じゃないです!」


 怒られたアナエルはしょぼんと肩を落とし、反省しているようだ。

 ローズマリーはパラドナに向かって一歩踏み出すと、その神々しい姿を見つめた。

 かつて過去生では、憎んでいた相手だ。

 大切な人を次々と光輝の英雄にした女神。けれど彼女は、アナエルがいなくなった世界で、アナエルの役目も果たそうとしていただけだった。

 この世界の発展を、止めるために。神の望みに、殉ずるために。


「この国の女神はあなたです、パラドナ様。あなたが何を望んでいるのか、教えていただけますか」


 もしも、パラドナがすでに消えた神の意思を全うするつもりであれば。

 今後も国の発展を阻害するつもりなら。

 ローズマリーはぎゅっと右手に力を入れる。


(私がパラドナ様を、エメラルド化するしかない……!!)


 意識を欠片も残さないくらいの、エメラルド化で。

 それは人殺しと同等の、罪深き所業。

 けれどもう、誰にも光輝の英雄になどなってほしくない。それを止めることができるのは、力を持ったローズマリーしかいないのだ。


「私の……望みは……」


 パラドナが自身の胸をギュッと押さえる。

 そして彼女の導き出した答えは。


「私は、姉様と二人で暮らしていきたいんですの! 姉様が魔法を無くしたなら、私も魔法なんかいらない!」

「パラドナ……!」


 アナエルが妹の名を呼び、唇を噛み締めた。

 ローズマリーはほっと息を吐き、握りしめていた右手を弛緩させる。


「姉様も、そうしましょう? 私たちは、長く魔法に振り回され過ぎたんですの。余生は、魔法とは無縁に生きていきたい。姉様と、二人で」

「……そうだね、パラドナ……」


 姉妹が二人、手を取り合った。

 これがあるべき自然の形なのだろう。

 魔法を手放すと決断したパラドナが、ローズマリーに目を向ける。


「私の魔法は、あなたが責任を持って管理してほしいんですの。ローズマリー」

「わかったわ」


 そうしてローズマリーは、一度パラドナから継承魔法だけを抽出し、ディリウスへと移行させた。

 今度はディリウスが継承の魔法を使い、パラドナの魔法のすべてをローズマリーへと継承させる。

 パラドナの魔法の八割ほどはアナエルと同じだったため、脳への衝撃は少なくて済んだ。

 アナエルとパラドナ、二人分魔法を手に入れたローズマリーは、間違いなく、この世界で唯一絶対の魔法使用者だ。


「大丈夫か、ローズ。もし力を捨てたいと思うなら、俺の継承の魔法で誰かに移し替えてやるからな」

「ありがとう、ディル。でも大丈夫よ。こんな絶大な力を……簡単に人には渡せない」


 恐ろしいほどの魔法力と魔法の数々。

 国をコントロールしようとした、姉妹や神の気持ちがわかってしまう。


(これは……使ってはいけない力だわ)


 強大な力を手にしたローズマリーは、ポタリと冷や汗を落とした。

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