第二王子を奪おうとした、あなたが悪いのでは。

長岡更紗

1話 光輝の英雄となった騎士団長

「残念でしたわねぇ、ローズマリー! あなたは歯牙にも掛けられてませんわよ!」


 イザベラはローズマリーを見下し、悪魔の首でも取ったかのように高笑いした。

 勝ち誇り、第二王子であるディリウスをなんとしてでも奪おうとするイザベラ。

 なりふり構わないその姿は、ある意味尊敬に値する。


 年が近く、同じ侯爵令嬢という身分で、何かと比べられてきたのだ。

 ローズマリーがディリウスを仲良くしていることが、許せないのだろう。

 幼馴染みのディリウスとの結婚など、考えたこともないというのに。


 しかし、それはそれである。


(ディルがイザベラと結婚するのは、なんだか気に食わないのよね……っ)


 ディリウスが誰を選ぼうと、彼の自由だ。

 だというのに、ディリウスとイザベラが結婚する未来を想像すると、何故だか胸がもやもやするのだった──





 ***




 ローズマリーとディリウスには、毎朝の日課がある。

 アルカド王国で一番大きな王都の教会。そこに佇むエメラルド色の王弟レオナードに会いに来ることだ。


「はぁ、いつ見てもかっこいいわね……レオ様は」


 十年前と同じ姿のレオナードを見て、ローズマリーはほうっと息を吐いた。


「毎日見ていてよく飽きないな、ローズ」


 あきれるように言ったのは、アルカド王国の第二王子、ディリウス・ブレイド・フィルグリーンだ。宰相の娘であるローズマリーの幼馴染みで、気の置けない仲である。


「そう言うディルだって、毎日来てるじゃない」

「侯爵令嬢が一人で歩き回るから、仕方なく付き合ってやってるんだよ」

「第二王子がうろうろしてる方が問題でしょ」

「俺は騎士だから平気だ」


 ディリウスの腰には、実用的な剣が下げられている。第二王子は第一王子を支えるために、騎士団に入ることになっているのだ。

 今はエメラルド色に煌めくレオナードが、かつてそうしていたように。

 ローズマリーは目の前にいる、凛々しくも優しい顔をしたレオナードを見ながら、ぽそりと呟いた。


「ディルは、〝光輝の英雄〟なんかにならないでよね……」


 人々はエメラルド化した者を〝光輝の英雄〟と呼び、讃えた。

 光輝の英雄は、徳の高い者や魔物討伐で功績を残した者、国に貢献した者たちが、女神に気に入られた証だとされている。

 彼らは後世まで語り継がれ、英雄として崇められることになるのだ。この国で一番のほまれである。

 騎士団長にまで実力で上り詰めた、王弟のレオナードも同様だった。



 当時のことを、ローズマリーは目を瞑流だけど昨日のことのように思い出すことができる。

 ローズマリーの目の前で、足元からパキパキと音を立て、大好きな人が翠色に硬化していく姿を。

 エメラルド化。それはこの国では最高のほまれ

 だけどローズマリーには、そんな風には思えなくて。


『いや……いや!! レオ様、どうして!!』


 泣きじゃくるローズに、騎士団長レオナードはほんの少し困ったような顔を見せ、視線を隣へと移した。


『頼むぞ、ディル。ローズはお前が守れ』


 この国の第二王子のディリウスが力強く頷いていて。

 最後に優しい笑みを見せると、レオナードは全身がエメラルド化し、動かぬ人となった。



 目を開けば、十年前と変わらぬ凛々しい騎士の姿。綺麗な金髪と碧い瞳がエメラルドとなってしまい、本来の色とは異なってはいるが。


「俺は叔父レオのようにはならないから、心配するな」


 淡々と話すディリウスにローズマリーは頷く。ディリウスは、己の優秀さを表に出したりはしない。

 ディリウスの灰の髪は、金髪の王族が多い中では異質で目立たない。きっと女神も、彼には気づかないでいてくれるだろう。

 しかしその髪と空色の瞳がよく合っているのだ。うっかりすると、幼馴染みだというのに見惚れてしまう時があるのは、もちろん秘密である。


(女神様が、ディルを気に入りませんように……)


 何十体もの光輝の英雄の真ん中に、女神と呼ばれるエメラルド像がある。見た目は二十歳そこそこの可愛らしい女性だ。

 この国は彼女を崇める女神信仰。宗教は他にはない。

 当然のようにレオナードも信仰心の厚い人物であった。


『ローズの瞳は、ルビーのように赤くて綺麗だなぁ』


 レオナードはいつもそう言って、ローズの瞳を見ては目を細めていた。

 赤目が気持ち悪いという人もいる中、しみじみとそう言ってくれたレオナード。

 暇を見つけては街へと連れ出してくれたり、庭園で宝探しゲームをしてくれたりと、他の大人とは違う楽しみ方を教えてくれた人だった。

 そんなレオナードのことが、ローズマリーはたまらなく大好きで。


『レオ様、いつか私と結婚してね!』


 ローズマリーの言葉に、十八歳年上のレオナードは笑っているだけだったけれど。


「レオ様の時が止まって十年……今なら二十歳と二十八歳でちょうどいいわ! 結婚して! レオ様!」

「独り言がでかい」

「レオ様に話しかけてるのよ!」


 ぷくっと頬を膨らますと、同じく二十歳のディリウスは、大人びた冷たい目をローズマリーに向けた。


「で、エメラルド化を解除する方法は思いついたのか?」

「そんなに簡単に見つかったら、苦労してないわ」


 光輝の英雄たちを……主にレオを元に戻す方法を、ローズマリーは調べ続けていた。

 しかしこの十年、ありとあらゆる本を読んだが、なんの成果も出ていない。


「だけど、必ず元に戻してみせるわ!」

「女神にでも頼んだ方が、まだ成果が出るんじゃないか?」

「そんなの、とっくの昔に何度もお願いしてるわよ。手放す気ゼロよ、この女神様。あ、そうだ!」

「どうした?」

「他の神様にお願いすればいいんじゃない!?」


 ローズマリーの提案に、ディルは明らかに眉間に皺を寄せた。


「女神信仰者なのに他の神に祈るって、不謹慎すぎだろ」

「だって、全然願いを叶えてくれないんだもの」

「じゃあどの国の神に祈るんだ?」

「私の願いを叶えてくれるなら、どんな神様だって構わないわ!」


 ローズマリーは言い切ると、あきれているディリウスに何か言われる前に、手を組み合わせて祈った。


「神様、どうか、どうか! レオ様を元に戻してください! ヒント! ヒントだけでも何かください!!」


 大好きなレオナードの声をもう一度聞きたい。いや、何度でも聞きたい。ずっと聞いていたい。

 チラリと視線を横に向けると、砕け散った何体ものエメラルドの欠片が視界に入った。それを見るたび、ぞくりと背中に冷気が走り抜ける。


(早く元に戻さないと、レオ様には時間がないかもしれない……絶対、絶対私が助け出すんだから!! お願い、神様!!)


 ローズマリーが必死で祈った、その瞬間。

 脳が雷に打たれたような衝撃がローズマリーを襲った。


「ああ……っ!!」

「どうした、ローズ!!」


 何かの記憶が次々にローズの中に流れ込んでくる。


「なに……これ……っ」

「ローズ!! 大丈夫か!!」

「ああああああっ!!」


 ディリウスの手が、ローズマリーへと伸ばされたのが見えて。

 それを最後に、目の前の景色は幕を下ろしたように真っ暗になった。

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