変人ばかりの狂愛一家は今日も愛する人の為に祓い屋として働く

桜月夜宵

第1話 プロローグ

狂愛一家、と呼ばれる一族がいる。

表世界では、天才奇才ばかりの変人一家として羨望と畏怖を集め。

裏世界では、最強の祓い屋一家として尊敬と恐怖を集める。

その一家の名は───愛沢家。



三月某日。

愛沢家が所有するとある豪邸で、宴会が開かれていた。

豪奢な飾り付けと、バイキング形式で料理が並ぶテーブル。

それらを囲む形で、10人が談笑していた。

不意に、とある少女がパン、と手を叩き、全員の注意を向けさせる。


「では、亜乱兄さんと華里奈さんが留年せずに無事進級できたことを祝して───乾杯‼︎」


皮肉混じりの口調でそう音頭を取った少女は、高々とジュースの入ったグラスを掲げた。


「「乾杯‼︎」」


周りの皆───合わせて9人───も、真似してグラスを掲げる。

その様を見て、音頭を取った少女はにこりと微笑んだ。

「久々に全員が揃ったんですから、ぜひ皆様お楽しみくださいませ」

そう言って深く頭を下げる。

坂口華里奈さかぐちかりなは、顔を綻ばせつつオレンジジュースを口に運んだ。喉を潤して、声を張り上げた。

「今年も、こうやって祝ってくれてありがとう。皆のお陰で無事に高校三年生になれそうです」

愛沢家と坂口家は隣に位置しているので、両者は前々から交流がある。

今回の宴も、毎年の恒例だ。

だから、毎年華里奈はそれを楽しみにしていた。

「……ほら、亜乱君も何か言って」

「あー……今年も皆祝ってくれてありがとう。……毎回瀬廉の嫌味な口上を聞く羽目になるけどな。……まあ、宴は楽しいから良いか」

亜乱は頭を掻きつつそう苦笑する。

愛沢亜乱あいざわあらんは、華里奈の高校の同級生かつ、幼馴染である。

亜乱は、一見怖そうだが実は優しい青年だ。もっとも、怖そうに見える理由は逆立った髪型と目付きの悪さのせいなのだが。

ちなみに、運動神経は人一倍良い。

「……嫌味だなんて人聞きが悪い。実際、中学三年の時点で分数の足し算すらできないような馬鹿が、高校三年生にまでなるなんて感動だと思うけど?そう思いません?華里奈さん」

瀬廉はそう言って切れ長の瞳で華里奈を見た。華里奈は苦笑いするしかない。

「あはは……瀬廉ちゃんは辛辣だなぁ……」

愛沢瀬廉あいざわせれんは完璧とも言える美少女だ。腰まで伸びた艶やかな黒髪、青鈍色の瞳、白い肌、そのどれもが人目を惹く。しかも運動神経抜群、頭脳明晰と、欠点を探す方が難しいレベルだ。

強いて言うなら、口の悪さが玉に瑕だが───

「そうそう、瀬廉ちゃん。この前のドラマ見たよ。すごい迫力だったなぁ……」

「ありがとうございます。『拝啓、教室の死神様』ですよね?」

「そうそれ」

瀬廉は、15歳という若さにして、世を騒がせる天才女優とも言われていた。

あらゆる役を演じてのける瀬廉の能力は、ベテラン俳優からも一目置かれているという。

「本当、瀬廉ちゃんの変わりようにはビックリしちゃった。あのオチは想定してなかったし。美右ちゃん役がピッタリハマってたと思う。瀬廉ちゃんは本当にすごい」

華里奈に褒めちぎられ、瀬廉は薄く微笑んだ。

「ふふ、ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです」

そこで華里奈は首を傾げた。

「そういえば……瀬廉ちゃんと紫暗君はどこの高校に行くの?」

二人とも相当頭が良い。

なので、県内屈指の進学校にでも進むのかと思っていたが。


「……いえ、私も紫暗も、高校には行きませんよ?中卒でお終いです」


瀬廉は当然のようにそう言った。華里奈は目を丸くする。

「えぇっ⁈もったいないよ!瀬廉ちゃんもだけど、紫暗君もめっちゃ頭良かったよね?なんせ私に物理教えてくれるくらいだし……」

「それは───」

瀬廉が答えようとすると、

「……俺らも、仕事があるからね」

紫暗が会話に参加してきた。しかも、瀬廉にバックハグをしながら。

(……相変わらず、目に毒だなこの二人……)

紫暗しあんも、瀬廉に負けず劣らず容姿端麗である。

少し長めの黒髪と、深い紫の切れ長の瞳を持つ紫暗は、瀬廉とは双子である。

もし瀬廉が髪をバッサリ切って、カラコンを入れて猫背になったら、紫暗と瓜二つになるレベルでそっくりだった。

つまり、この二人は大変絵になるのである。

(……二人には申し訳ないけど)

ミーハーな華里奈にとっては、この二人の禁断の恋の妄想をするのが……すごく楽しい。

「……華里奈さん?どうしました?」

訝しげな顔で問われ、華里奈はブンブン首を振った。

「せせせせ瀬廉ちゃん⁈あっ……と、何でもないよ?」

「……なら良いですけど」

そう言いながら、瀬廉は後ろから回された紫暗の手に自分の手を重ねていた。紫暗は、瀬廉の髪に顔を埋めている。

(キャァ)

いっそそのままキスでもしてくれないだろうか。

……じゃなくて。

「……仕事って、俳優の仕事?そうそう、『拝啓、教室の死神様』、紫暗君も招翔君役で出てたよね。凄かった」

そう言うと、紫暗は緩慢な動きで顔を上げた。

(あぁ!ごめんね。せっかくイチャイチャしてたのに)

「……褒めてもらえんのは嬉しいけど、俳優は副業。俺が言ってんのは本業の方。……瀬廉のは別の意味も入ってるけど」

最後の言葉だけ、妙に紫暗の声が低くなった気がするが気のせいだろうか。

「本業?……紫暗君って、『何の天才』だっけ?」

「……頭脳」

愛沢家というのは、天才奇才ばかりの一族だと世間では言われている。

その中でも、愛沢由香子と愛沢健一の子供6人兄弟は、畏敬の念も込めて『〜〜の天才』などと呼ばれている。


愛沢亜乱、17歳。『運動の天才』。


愛沢麻鈴、16歳。『歌の天才』。


愛沢紫暗、15歳。『頭脳の天才』。


愛沢瀬廉、15歳。『演技の天才』。


愛沢香論、11歳。『絵の天才』。


愛沢理炎、10歳。『五感の天才』。


女優としてドラマに出演している瀬廉はもちろんのこと、亜乱はパルクールの全国大会で優勝していたり、麻鈴は自身の所属する合唱部を全国大会金賞に導いたり……と、破格の経歴を持っている。


残念ながら、華里奈は彼らの全てを知っているわけではないが。

「紫暗君は、頭脳を活かした仕事をやってるってこと?」

彼が世間の知らないところで何かをやっていても不思議ではない。

「……ま、そんなところ?あまり詳しいことは言えないけど」

「そ、そうだよね。ごめんなさい」

深入りしすぎてしまった、と華里奈は反省した。


愛沢家の人は他の人とは違う。

愛沢家というのはかなり由緒ある一家で、日本全土に影響力がある一家だ。しかも資産家で、ビルの一つや二つポンポン買えてしまうくらいらしい。

ちなみに、愛沢家と対をなす一家として、恋宮家というのもある。

『東の愛沢家、西の恋宮家』という言葉もあるくらいだ。

どちらも、絶対に敵に回してはいけない一家だと言われている。

飽くまで噂だが、『日本を牛耳るマフィア』だという話もある。

華里奈から見れば、愛沢家の人達は皆優しくて良い人にしか見えないが。

だが実際、彼らが何かしらの隠し事をしていることくらいは分かる。


亜乱は……華里奈とは住む世界が違うのだ。



「───由香子さん、健一さん、今年も素敵なパーティーを開いてくださってありがとうございました」

「良いのよ。華里奈ちゃんには、いつも亜乱がお世話になっているもの」

「三年生でも亜乱をよろしくお願いします」

「……はい」

そう返して、華里奈は両親と共に豪邸から去った。


亜乱とは、幼馴染であるだけでなく、小学生の頃からずっと同じクラスにいた。

昔から、ずっと仲良くさせてもらっている。

(……『亜乱をよろしく』か……)

それは当然、友達として、という意味だろう。

そんなことは分かっている。

でも。

(……私も、亜乱君みたいに何かの才能があったら、亜乱君の傍に立てたのかな)

平凡な華里奈の恋が叶うことは、きっとない。



「……亜乱兄さん、いつまでそんな悶えてるつもり?見てて気持ち悪いんだけど」

食器を片付けている瀬廉は、テーブルに突っ伏してニヤニヤしている亜乱を冷ややかな目で見下ろした。

「……仕方ないだろ。今日もカリナが世界一可愛かったのが悪い」

「……そう。それは良かったね」

棒読みでそう返して、瀬廉は亜乱の横にあったスマホを手に取った。

咄嗟に手を伸ばした亜乱を軽い動きで避ける。

「……おい、勝手に見んな」

「パスワードが華里奈さんの誕生日なのが悪い」

そう言いながら瀬廉は写真フォルダを開いた。眉間に皺を寄せつつスクロールする。

「……今日だけで100枚くらい撮ってない?」

全て、坂口華里奈を写した写真である。

「……悪いかよ」

「いや別に。ただ───」

瀬廉はそこでニコリと笑った。


「───この隠し撮りが華里奈さんにバレて、亜乱兄さんが嫌われなきゃ良いなと思って」


亜乱は気まずげに視線を逸らした。

「……オレがそんなヘマするわけないだろ」

「だと良いけどね。……そうしてくれなきゃ私達も困るし。これ以上、愛沢家の悪評が広まったら流石に色々面倒だから」

「それはオレらの曾祖母さん達に言ってくれよ。オレ達は悪くない」

「悪くなくても尻拭いはさせられる」

瀬廉は遠い目をして言った。

「……曽お祖母様が国会議事堂爆破しようとしたり、曽曽お祖父様が殺人未遂事件連発したりしても、責められるのは今生きている私達なんだよ……」

「……こうやって聞くと、やっぱり愛沢家って空恐ろしいな」

「だからストーカーで逮捕されたりはしないでね。せっかく女優として『愛沢家の皆が皆狂ってるわけじゃない』ってPRしてるのに」

「分かってる」

瀬廉は微笑して、食器洗いに戻っていった。



瀬廉が片付けを終えてリビングに戻ると、甲高い叫び声が聞こえてきた。

「だーかーらー!!︎ いつになったら告白するの!亜乱兄ちゃん‼︎」

「だから告白なんてしねぇって言ってんだろ」

「……二人とも煩い」

口喧嘩をしていたのは、亜乱と香論だった。

「煩いって何⁈アタシ今すっご〜く大事な話してるの!」

そうぷりぷり怒る香論かろんは、瀬廉とはまた違ったタイプの美少女である。

明るい茶髪のツインテールと、クリクリした瞳、健康的な小麦色の肌から分かる通り、快活な少女だ。

快活を通り越して煩いとも言える。

そして、訳あって瀬廉は嫌われている。

瀬廉は気にも留めないが。

「煩いものは煩い。大事な話?ただ恋愛話で盛り上がりたいだけに見えるけど?」

香論はプクッと膨れっ面をしてみせた。

「何が悪いことでも⁈」

「……開き直ったね」

瀬廉は肩をすくめて亜乱に向き直った。

「……香論はこう言ってるけど、亜乱兄さんはどうなの?」

そう問われた亜乱は、目に見えて項垂れた。

「……オレは、華里奈を巻き込むつもりはねぇよ」

「そんな複雑そうな顔で言われても説得力はないけど」

亜乱は頭を掻きむしった。

「じゃあどうすりゃいいんだよ‼︎」

「ヒィッ」

あまりの怒声に香論が身をすくめるが、亜乱は気にせず叫び続ける。


「そりゃ、オレはカリナが好きだよ!何年想ってきたと思ってんだ⁈けど、オレがカリナに告白するってことは、つまり祓い屋の仕事にカリナを巻き込むってことだろ?そんなことできるわけねぇだろ‼︎」


ゼエゼエ肩で息をしている亜乱を見つめて、瀬廉は淡々と言った。

「……随分と情熱的な愛の言葉で」

「……お前が言うのか?」

「…………私は、それがどういうことかちゃんと分かった上で選んだ。兄さんとは違う」

低い声で返す瀬廉を、香論が茶化す。

「あははっ、瀬廉の嘘つき。ホントは、亜乱兄ちゃんのこと、羨ましがってるの───」


「黙れっ!!!!!!!」


瀬廉の絶叫に、亜乱と香論は言葉を失った。

瀬廉は、頭を抱えてその場に蹲る。

「あ……あー……瀬廉、姉ちゃん……?どうしたの?珍しく冷静じゃないんだね?」

香論は怖々とそう問うた。

普段の瀬廉なら、「何のこと?」とでも言ってしらばっくれたはずなのだ。

「瀬廉?大丈夫か?」

亜乱にも問われ、瀬廉はよろよろと身体を起こした。

「…………怒鳴ってしまってごめんなさい。少し疲れてるみたいだから、さっさと寝るよ」

リビングから出ようとした瀬廉は、ふと二人を振り返った。

「……そうだね、私は亜乱兄さんが羨ましいのかもしれない。だから、お願いだよ亜乱兄さん」

瀬廉は完璧な微笑みを浮かべてみせた。


「どうか、後悔しない道を……最適解を選んでね」


そう言って、瀬廉は自室に消えていった。



瀬廉は、自室のベッドの上に寝転んでいた。

(……さっきは思わず怒鳴ってしまったけれど)

あれは失敗だった。最適解とは言い難い行動だ。

(せめて……亜乱兄さんは好きな人と結ばれますように)

亜乱は華里奈を巻き込むことを渋っているが、それではいつか亜乱は壊れてしまうだろう。

愛沢家には、大きく二つの秘密がある。


一つ目は、愛沢家は代々続く『祓い屋』の家系であること。

陰で国を護り、人間界と妖界の調和を保つのが愛沢一家の役割だ。平安時代初期から、愛沢家の者は妖と交わり、血を取り込み、半妖の一族として悪妖を祓い善妖と共存の関係を築いてきた。

それは人ならざる者が信じられなくなった今でも変わらない。

紫暗が言う『本業』というのも祓い屋の仕事のことだ。


そして二つ目の秘密は、彼らの感性が一般人とはズレていること。

妖の血を引く人間というのは、本来生きていくことができないものだ。

それは、人の器に妖の力は手に余るからである。

しかし、愛沢家の者はとある契約の元特別な肉体を持っているため、妖の力を使いこなすことができていた。

代わりに、精神に問題が発生していると言われているが。

現代風に言えば、ヤンデレ・メンヘラといった部類かもしれない。

愛沢家の者達は、愛する者が傍にいないと力を制御できず狂ってしまうのだ。


故に。


狼男は異常な恋心と執着を。


人魚姫は異常な友愛と寂しさを。


吸血鬼は異常な妹愛と怠惰を。


雪女は異常な家族愛と罪悪感を。


妖狐は異常な友恋と嫉妬を。


そして火竜は異常な師慕と恐怖を抱いて生きている。



これは、そんな狂気と愛を抱えた家族の物語。

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