【ホラー短編集】アドニスの缶

縦縞ヨリ

Adonisu

 私が小学生の時の話だ。

 小学校の近くの自販機の端っこに、変なものがあった。

 白い紙を巻いた缶に、手書きで「?」と書いてあるのが二本。

 値段は百円。安い訳では無いのだが、当時友達の間でその「?」を買うのがちょっと流行っていた。

 皆でお母さんにもらった百円玉を握りしめて集まり、ジャンケンをして、買った人からその「?」を買う。

 ガコンッ

 大きな音を立てて出てくるのは、「天然水サイダー」「オレンジジュース」「マウンテンデュー」などなど。

 遊び心だったのか、それともなにかの事情の在庫処分だったのかは分からない。コーヒー缶は出てこなかった気がする。

 そこで皆でわいわい騒いでから、近所の公園で遊びながら飲むのが楽しかった。


 その日は友達の家に行って、夕方に帰る道すがら、例の自販機の前を通りかかった。

 ポケットをまさぐり、ピンクのお財布を開けてみる。お風呂掃除のお手伝いで貰った百円玉が入っていた。嬉々として自販機に入れる。

 私は光るボタンをじっと見て、一番端っこではなく、端から二番目の「?」を押した。


 ガコンッ


 何が出るかな?

 ワクワクしながら見たその缶は、白色だった。

 初めて見るジュース。

 冷たい缶を自販機から出すと、紫色の字で、「Adonisu」と書いてある。

 覚えたばかりのローマ字を辿った。

 アドニス?

 そして、「Adonisu」以外は何も書いていない。

 レアだ!と思った。何より、缶がとてもオシャレで可愛い。

 私は大喜びで家に帰った。

 自転車を置いて家に駆け込み、自分の部屋にこもってプルタブを開けてみる。珍しく、引っ張ったら取れるタイプのプルタブだった。

 花の香りがした。炭酸では無いらしい。

 なんだかとても大人っぽい飲み物だ。

 私はドキドキしながら口をつけた。

 はちみつみたいな甘い味と、レモンのような爽やかな酸味。そして、華やかな花の香り。

 美味しい!

 夢中になって飲み干す。




 気が付いたら、真っ白な部屋にいた。

「彩花!」

 お母さんが泣いていた。身体は沢山管がついていて、声は出なかった。

「がんばったな、良くがんばったな……」

 お父さんが頭を撫でてくれていた。お父さんが泣く所をそのとき初めて見た。




 母が夕飯を用意して私を呼びに来た際、私は白目を向いて痙攣し、口から泡を吹き、失禁して倒れていたらしい。




 その後直ぐに、自動販売機の補給をしていた契約社員が逮捕されたそうだ。

 暑さの中の重労働。場所によっては店舗や近隣住民とトラブルになり、サービス残業は当たり前という勤務環境に病んでしまっていたらしい。

 ある日彼は、歌舞伎町のクラブで外国人から買った「Adonisu」を自販機に入れた。

 違法薬物を多分に含んだ海外製のジュースを自販機に紛れ込ませた理由は、

「仕事を休みたかったから」

だったらしい。


 終

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