魔王を倒したのに不当に現代へ追い返された聖女ですが、私のことを嫌いだと思っていた王子が無理やり連れ戻しにきました
カゼノフウ
第1話 「おまえはもう用済み」
「聖女レーナ・コーエン! 魔王が倒された今、おまえはもう用済みなの。目障りだから元居た世界へ帰ってくださる?」
目の前に立つ金髪碧眼の美少女、マリエッタ・ツイーズミュア公爵令嬢にそう告げられ、私――
ここはツイーズミュア家邸宅のとある一室。部屋は薄暗い。窓がなく、ロウソクの灯りのみが辺りを照らしているためだ。
夕食後、部屋でうつらうつらしていた所を呼び出されて、ホイホイついて来てみればこの台詞である。
『おまえはもう用済み』なんて言葉、産まれてはじめて言われたわ。
映画のような台詞に感心してしまい黙っていると、マリエッタ嬢が怒りをあらわにしてこちらへ叫んだ。
「何とか言ったらどうなの!?」
「あ……申し訳ございません。元の世界へ帰るにしても、方法が分からないのですが……」
怒るマリエッタ嬢へおずおずと申し開きをする。しかしマリエッタ嬢は納得できなかったのか目を吊り上げた。
「嘘をおっしゃい! 魔王討伐の褒美をもらうためにこの世界に居残っているんでしょう……異世界人ふぜいがなんて図々しい。その聖女の肩書も、黒髪というだけで手に入れたまがいものくせに、恥ずかしいとは思わないの? この偽聖女が!」
そこまで言われるとムッとしてしまう。
というか、なんでマリエッタ嬢は私に元の世界へ帰って欲しいの? なんか初対面なのにめちゃくちゃ嫌われてるっぽいし。
……やっぱり、私が日本からこの異世界へ召喚された異世界人だから?
この世界では古い言い伝えにより、黒髪の異世界人は世界を救うとされているらしい。
私の髪色は、日本ではありふれた黒髪。それを腰まで伸ばしている。瞳も黒だったが、召喚されて藍色に変化した。顔は至って平凡だと思うけれど、人には良く猫目だと言われる。
私の見た目はさておき。
聖女としての地位は別に自分から望んだことではない。周囲が勝手に押し付けてきた称号である。魔王を倒すための旅でも自分から『聖女』だなんて一度も名乗ったことはない。
私はマリエッタ嬢へ反論するべく口を開いた。
「仰る通り、旅の仲間たちと共に魔王を倒した今、私は聖女としての役目を終えました。しかしこの世界に居残って図々しいとは……横暴ではございませんか? そもそも女神に願いをかけ、私をこちらへ召喚したのはこの世界に住むあなた方ではありませんか」
いきなり国王の目の前に転移して、初めましての国王になんて言われたと思う?
『聖女よ、勇者たちと共に旅に出て、魔王を打ち滅ぼしてくれ!』ですよ。
最初、訳が分からな過ぎて断ったら、『やらなきゃ首を刎ねる』なんて言われてさ……。仕方なく旅に出たんだよね。誰だって命は惜しい。
「……っ!」
私の返事に、マリエッタ嬢が頬を赤く染めて押し黙った。
ねえ私、脅されたなりに頑張ったんだよ? 努力して魔王を倒したのにこの仕打ちって酷くない?
――旅の道中それはもう苦労の連続だった。
道が大岩で塞がれてやむなく命綱なしのロッククライミングして死にかけたり、嵐で洞くつに逃げ込んだら巨大な竜がいて襲われて死にかけたり、それで一晩中逃げ続けてパーティーメンバー全員風邪ひいて死にかけたり……。風邪は聖女パワーでなんとかしたけど。
とにかく散々な目に遭いながらも人々のために頑張ったのに、もう泣きそう。泣かないけど。何度も死にかけたのでメンタルも鍛えられました。
すると突然マリエッタ嬢が息を吸い、その場で大声を上げた。
「
「え」
マリエッタ嬢がそう叫ぶと、突然私の後方にある扉がバン! と大きな音を立てて開かれた。するとその扉からぞろぞろと、鎧を着こんだ物騒な兵士たちがなだれ込んでくる。あっと言う間に囲まれ、兵士たちが次々に剣を抜いた。
……なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。
「おまえが元の世界へ帰らないというなら、この場で首を落とすわ。それでもよろしい?」
よろしいわけないです。
というか本当に帰る方法を知らないのですが!
私はため息を吐き、魔法で杖を出現させようとする。――だが。
「あれ? 杖が出せない」
思わずそう呟くと、マリエッタ嬢が腕を組んで勝ち誇った笑みを浮かべた。
「うふふ、ようやく気付いたようね。この部屋は聖魔封じの石で作られた特別な部屋。ここにいる限り、おまえは聖魔法を使うことは出来ないわ。のこのこついて来てくれて本当にありがとう。逃げようとは思わない事ね? ――言っておくけど選択肢はないわよ。今のおまえにできることは、諦めてこの世界から消えることだけ」
まじかぁ、ぬかった……。
魔王を倒して気が緩んでいたみたい。
いやまさか、守るべき人々に後ろから刺されるようなマネをされるなんて思わないじゃない? 私は胡乱な目つきでマリエッタ嬢を見つめた。
「どうやら私が何を申し上げても、まったく信じていただけないようですね」
「良く分かっているじゃない。――さぁおまえたち、やっておしまい! ふふふ、これでティエル様は私だけのもの……」
突如としてマリエッタ嬢が口にした『ティエル』という名前に私は目を見開いた。その名前に聞き覚えがありすぎたからだ。
ティエル・レ・アズノール。この国の第三王子であり、私と旅を共にした仲間の一人だ。今では国を救った勇者とも呼ばれている。
――ちなみにティエルは超絶美形である。……もしかして私、恋敵認定されてる!? だとしたらとんでもない誤解なのですが!
と言い訳を口にする間もなく剣が振り下ろされる。
私はとっさにそれを避け、近くの兵士に体当たりしてわずかな隙を作った。兵士がよろけている間に、兵士たちの間を縫って扉へ向かって一目散にかける。そしてドアノブに手を掛け扉を開いた。
(やった! 出られる!)
だがその瞬間。目も開けられないほどの強い光が現れ、薄暗い部屋を隅々まで照らし出した。
「……っ」
目を瞑り、息を呑む。
そして次に目を開くと、そこは見慣れたアパートの一室だった。
6畳のワンルームに、簡素なベッドとテーブル、小さなテレビと姿見が置いてある。外から聞こえる電車の通る音が騒がしい。私はへなへなとその場に座り込み、正面の姿見に映る自分の姿を見た。
「あ。瞳の色、黒に戻ってる」
そうして私は23歳の、ブラック企業に勤めるただの限界OLへ戻ったのだった。
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