第6話 私が力を得た理由
力が判明した翌日から、私の生活は一変してしまう。
公爵様の指示で、家庭教師による指導が中止になった。
メイドさんたちが、私を気の毒そうに見つめてくる。
公爵家のために何もできない自分が不甲斐なくて、部屋の外に出にくくなってしまった。
役に立てない私が勝手に公爵家のお屋敷を歩き回るなんて申し訳ない。
公爵様と鉢合わせたら、さたに不快にさせてしまう。
食事も部屋で取るようになった。
いずれ公爵様から家から追い出される日もそう遠くないかもしれない。
「今日もとてもいい天気ですよ。お庭の散歩でもいかがですか?」
「そうです! お庭でお茶でも飲みましょう!」
アリシアさんとジャスミンさんは私を心配して気遣ってくれる。
気を遣わせてしまっている自分が申し訳なくて、情けない。
「……私、ちょっと外に出かけてきますね」
「ええ、それがいいと思います! 馬車をご用意しますねっ!」
「いいです! 歩いて行ける場所ですので」
「それじゃあ、護衛を」
「一人で大丈夫ですから」
正直、この時の私は二度と公爵家には戻らないつもりだった。
アリシアさんたちが「では私たちがご一緒しますっ」と言ってくれたんだけど、私は固辞して、屋敷を飛び出すように出かけた。
途中、都の大通りで子どもたちのためにお菓子を買った。
公爵家の養女として引き取られて二ヶ月――久しぶりの教会。
教会は王都のはずれにある小高い丘に、ぽつんとたたずんでいる。
季節は初夏に移り変わり、日射しが厳しい。
「あ! ユリアだ!」
外で遊んでいた子どもたちの一人が気付くと、みんながわらわらと集まってくる。
「綺麗なお洋服ぅー!」
「ユリア、遊んで遊んで!」
「ふふ、みんな、久しぶりね。元気だった?」
「元気だよぉ!」
「私、また背がのびたんだよ!」
「俺だってすげえ背が高くなった!」
「僕、逆立ちできるようになったんだよ! 見ててっ!」
あぁ、この賑やかさは公爵家にはなかったものだ。
今の精神状態のせいか、ぐっときてしまう。
子どもたちの前で泣くわけにはいかないと下唇を噛みしめ、必死にこらえた。
「……どうしたの、ユリア。悲しそうな顔」
「そ、そんなことないよ。みんなと久しぶりに会えて感動してるの。シスターはどこ?」
「お部屋!」
「そっか。じゃあ、ごあいさつしてくるから。後で遊びましょう!」
「やったー!」
子どもたちのはしゃぐ声を聞きながら、ところどころ外壁の崩れたおんぼろ教会に入っていく。
公爵家の綺麗で汚れ一つない環境に慣れたせいか、前よりもずっと教会のおんぼろさが目につくようになった。
それでも懐かしい我が家は安心した。
私はシスターの部屋の扉をノックする。
「どうぞ」
その声に私は下唇を噛みしめ、気持ちを落ち着かせる。
「どうしたの。入ってきなさい」
「……失礼します」
「あぁ、聖女様!」
シスターは跪こうとする。
「や、やめてください、シスター。聖女だなんて、ユリアで結構です」
私はシスターの体を支えるようにして、立ち上がらせた。
シスターは私が子どもの頃からここの教会で働いている。
当時はシスターになりたてだったけど今はすっかり貫禄が出て、この教会の責任者でもある。今は四十代で、笑顔が可愛らしいおばちゃんだ。
「お元気そうで良かったです」
「ユリアは、何かあったの?」
「な、なにも。私はただ、その……みんな元気かなって思って」
「……聞いたわ。あなたの力のこと」
「!」
「あなたのことだからきっと、自分を引き取ってくれた公爵様に申し訳ないと思っているんじゃないかって心配していたのよ」
シスターには何もかもお見通しだったみたいだ。
「あ、あの、シスター……わ、私……」
感情が膨れ上がり、私はこらえきれなくなって、シスターにだきついて声をあげて泣いてしまった。そんな私を、シスターは昔のように優しく背中をさすりながら、抱きしめてくれる。
背はとっくに私のほうが高くなっていたし、シスターの体もあの頃と比べるととても小さく感じたけれど、母と慕ったその人の優しさは昔と変わらない。
どうにか落ち着くと、私はハンカチで目元を拭う。
「……ごめんなさい」
「いいのよ。さあ、お茶よ」
「……ありがとう」
私はお茶を飲む。公爵家で飲むお茶と比べると薄いし、お水に色がついているような感じだけど、それさえ懐かしい。
私は大通りで購入したお菓子をテーブルに並べた。
「これ、子どもたちに渡してください」
「ありがとう、助かるわ。子どもたちには?」
「表で会いました。あいかわらずみんな元気ですね」
「そうでしょ。あの子たちに笑顔でいてもらうためにここがあるんだもの。それに、公爵様からの援助もとても助かっているの。洋服とか、食べ物とか」
「良かったです」
その時、ノックの音がした。
「はい、どうぞ」
「シスターぁ~」
部屋に入ってきたのは、同い年のトレイシー。
「え、ユリア!? どうしたの!? なんでいるの!?」
トレイシーは笑顔で、抱きついてくる。
「久しぶり、トレイシー。元気?」
「うん、元気! ユリアは……泣いてたの?」
「あ、う、うん。シスターとお話できて嬉しくって、つい……」
「ふふ、ユリアってば今は聖女様なんでしょ。うわ、このドレス、すっごく可愛い! いいなぁ~。私にも聖痕があったらなぁ~」
「トレイシー。何か大事なことを言いに来たんじゃないの?」
シスターが苦笑まじりに言うと、トレイシーははっと我に返った。
「井戸の水が濁っちゃって。お洗濯したかったのにどうしましょ」
「きっと昨日の雨のせいね。仕方ないから今日はお預けね」
「えー。明日、明後日、雨の予報なのにぃ」
「しょうがないわ」
「シスター、私に任せて。こういう時こそ私の力が役立つわ」
私は立ち上がると、トレイシーが目を輝かせる。
「さすが聖女様!」
私はシスターとトレイシーと一緒に裏の井戸へ向かう。
確かに桶で組み上げた井戸水はひどく淀んでいる。
こういうことは雨の日のあとにはよくあった。数日もすればおさまるんだけど、飲み水や洗濯や食器洗いの水を井戸に頼っている教会ではとても困るのだ。
昂奮したトレイシーは表で遊ぶ児童組まで集める。
みんなに見られて緊張しつつも、私は井戸へ両手をかざす。
聖女としてどうやって力を使えばいいのかも勉強していた。
頭の中にどうなって欲しいかを思い描くのだ。
澄みきった水の雫を想像し、それが汚れた水に滴り、淀みを消す光景を思い浮かべる。
両手がかすかに熱を持ち、きらめきを放つ。
同時に私の体を光が包み込んだ。
「……これで多分、うまくいったと思うわ」
トレイシーは腕まくりをして、桶で汲み上げる。
「嘘! 透明になっちゃった!」
子どもたちもみんなが先を争うようにして桶の水を見る。
「ユリア、すげえ!」
「聖女様だもん! すごいに決まってるよ!」
子どもたちははしゃぐ。
「うわ!」
トレイシーが桶の水を手ですくって飲むなり、変な声を出した。
もしかして見た目は良くても、味がおかしかったのかな。
力を使ったのははじめてだから、うまくいったか分からない。
「この水、ちょーうまいんだけど! シスターも飲んでみて!」
シスターも水を飲むなり、「あら、本当!」とびっくりしていた。
子どもたちもわらわら集まって水を飲むと「美味しい!」「前みたいに変な味しない!」と大騒ぎ。
私も飲ませてもらうと、たしかに美味しい。
「ユリア、ほんっっっっっとすっごい! 天才じゃない!? 綺麗にしてくれただけじゃなくって、美味しくまでしてくれるなんてさ!」
「役に立てて良かった」
(私の力でみんなが笑顔になってくれてる)
みんなの笑顔を見ていると、力をもらえるような気がした。
それからトレイシーと一緒に洗濯をして、お菓子を食べて、子どもたちと遊んだ。
あっという間に夕方。
屋敷を出た時の憂鬱な気持ちは綺麗に吹き飛んでいた。
「シスター、私そろそろ戻りますね」
シスターは笑顔で、「もう心配はいらないみたいね」と言ってくれた。
「はい。みんなのお陰ですっ」
「神様があなたにその力を与えたのには、きっと理由があるはず。無用なものなんてこの世のどこにもないのだから。あなたにしかできないことを探しなさい。あなたの力を必要とする人たちが、この世界にきっといるはずだから」
「はい。ご心配おかけしました」
「また来てね。みんな、あなたのことが大好きだから。私も」
シスターは背伸びをして、子どもの頃によくそうしてくれたように私の頭を抱きしめtくれた。
私は目を閉じ、その心地よさに身を任せる。
(今日は教会に来て本当に良かった)
お屋敷に戻った頃には、すっかり夜だ。
「ただいま戻りました」
「お嬢様!」
部屋に入ると、アリシアさんとジャスミンさんは私を見るなり、ほっと胸を撫で下ろしてくれた。
「お嬢様、元気になられたみたいですね。表情がとても明るいですっ」
「子どもたちからパワーをもらえたお陰です。聖女としてお役にたてられるように頑張ってみようかなって思えるようになりました!」
「それがいいです! 浄化の力、素敵ですもん!」
「そう言えば、お坊ちゃまが探していましたよ」
「ヨハネ君が?」
なんだろう。今から部屋に行っても迷惑にならないかな。
でも探してたってことは用件があるはずだから……。
その時、扉が勢い良く開いた。
あまりの勢いに、私たちはそろってビクッとしてしまう。
「ユリアが戻って来たって聞いたんだけど!」
「私に用事ですか?」
ヨハネ君は無言で私の手を掴んで引っ張る。
「来い!」
「え? ど、どうしたの!?」
「いいからっ!」
ヨハネ君はびっくりするくらい強い力で、彼の部屋まで引っ張っていく。
私にソファーへ座るよう言うと、テーブルの上に何冊ものテキストを積んだ。
「今日からこれまで以上に勉強しろ!」
「??? え??? 公爵様がそう仰ったの……?」
「父上は関係ない。これは命令だ。分かったな?」
「……何を勉強すればいいの?」
「何でもいい。算数でも言語でも、とにかく何でも片っ端から勉強するんだ。それで、お前が公爵家に必要だってことを父上に証明しろっ!」
「でも家庭教師の先生はもう……」
「僕が教える! お前よりも賢いからなっ!」
ヨハネ君はいつも以上に怖い顔をしている。
私が公爵家に必要だってことを証明って、どうして……?
「わ、分かったわ」
でも聞けるような雰囲気じゃなかった私は、ただ頷くことしかできなかった。
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