1 星のような推し

ポケットからイヤホンケースを出して、片方だけ耳につける。

頑張って貯めた自分のお小遣いで買った真新しい白いワイヤレスイヤホン。

スマホで音楽アプリを開いて、最近ハマっているアーティストの曲を再生する。


「……〜♪」


星空を連想させるような綺麗な伴奏に重なる2人の声。

1人は透き通った声。

もう1人はしなやかな声。

私、くろさきはこの音楽が大好きだ。


ふと横を見れば、バス停広告に見覚えのある美男子の大きなポスターがあるのに気がついて慌てて曲を止めた。

有名な紅茶メーカーの新作商品宣伝ポスターだ。


「わっ、『Starry』だ!!」


今聴いていた曲も『Starry』の曲。

私は『Starry』が大好き。

いろんなアイドルが好きだけど、最近の推しは『Starry』だ。


右にいるのはセイくんで、星を散りばめたようなサラサラの銀髪とくりっとした大きい二重の目が特徴。

清楚風イケメンって感じで、ちょっとミステリアスな雰囲気もある。

その隣はツキくんで、軽くセンター分けにしているやわらかそうな金髪と、可愛らしいベビーフェイスが特徴。

癒し系で、ふんわりした雰囲気もあるけれど、どこか儚いギャップ系男子なんだ。



一等星のようにキラキラ輝くこの2人組が『Starry』。



衣装は私服って感じで、新作の紅茶を手に持っているだけで絵になるくらい2人は美男子。

ぱしゃっと写真を撮る。


「可愛い……かっこいい……」


今最も注目されているこの2人は2ヶ月前に突如現れて、さっき聴いていたデビュー曲の「星月夜」は急上昇ランキングにも入ったくらいバズった曲。

音楽番組や情報番組にも引っ張りだこで、先月くらいからTikTokで踊ってみた動画を投稿し始めてますますファンも増えている。


ビックニュースだったのは女子中高生に大人気のファッション雑誌、『Stella』の専属モデルになったことだ。

私はあまり雑誌とか読まないけど、2人が専属モデルになってから『Stella』を本屋で読むようになった。


バス停広告で推しを十分見たら、また曲を再生して坂道を上る。


近所には仲の良い友達は住んでいない。

でも『Starry』の曲を聞けば、ひとりぼっちの下校も寂しくない。

歩くテンポも曲に合わせてのっちゃう。


この丘を半分まで登れば私の家だ。


私はお母さんとシェアハウスに暮らしていて、カフェも経営している。

私がものすごく小さい頃、お父さんは亡くなった。

だから基本はお母さんだけでカフェを切り盛りしている。

たまに大学生の人たちがバイトで来るけどね。


少し前はシェアハウスにバイトの大学生も住んでいたけど、卒業したから別のところへ引越ししてしまって、今住んでいるのは私とお母さんだけ。

丘の頂上に有名な私立大学があるから、昔からそこの大学生がシェアハウスに住んだり、カフェのバイトをしていたんだ。


丘を少し登ると、大きくカーブしたところに広めの見晴台がある。

そこから見える景色はものすごく綺麗で、それを見るのは私の日課だ。

通っている中学校や商店街、奥にはビルがそびえ立っているのが見える。


この景色を友達にも教えたいけど、どうしても独り占めしたいって思っちゃう。

それに、「瑠愛が住んでるところは坂道がきつい」って言われたこともある。


「やば、もうこんな時間!」


推しを堪能したり、景色を眺めている場合じゃない。

早く帰って、お母さんを手伝わないと。

少し駆け足でさらに坂を登る。


お母さんは家事だけでなく、カフェも一人でやっている。

少しでも負担を減らすために私が手伝わないといけない。

だから学校からはなるべく早く帰るようにしている。


丘の半分まで着いた。

家の屋根が見えている。

あともう少しで家に着く。


シェアハウスは白で、カフェはツリーハウスをイメージした茶色。


「ワン!ワン!」


犬の鳴き声が聞こえた。

この鳴き声はきっとカーラだ。

カーラはうちが飼っているゴールデンレトリバーで、看板犬。

人懐っこくて、ものすごく可愛いんだ。


駆け足どころかもう全力疾走で家に着いた。

カーラがいるのは一日中日当たりが良いカフェの前。

紐で繋げているから基本は大人しいけど、お客さんをお出迎えしてくれたり、ごろんって日向ぼっこしたり、お昼寝してるんだけど、やっぱり今も日向ぼっこしてる。


「ワン!」


私を見つけるなり、カーラが体を起こして出迎えてくれた。


「カーラ!ただいま!」


カーラに駆け寄って頭を撫でる。

ふふ、しっぽも上がってるし、嬉しそうな顔してる。

相変わらず綺麗な毛並みだ。

はああ、可愛い……!!


もっと一緒にいたいけど、お母さんを手伝わないといけない。


「またね、カーラ。あとで遊ぼうね」


「ワン!」


「お利口さんだね」


カフェのドアを開けて、お母さんに「ただいまー!」と言った。

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