第50話
行き止まりを折り返して、先ほどの交差点へ。来たのがこっち、行き止まりがこっちなので残りは前方の真っすぐな道だけ。そこに入ると左の通路の向こうの方でささっと動く影。
まあラットなんだけど、その動きに叔父様がバッと盾を構える。こちらに向かってくる動きではなかったのですぐに警戒は解かれたけれど、少し緊張感が高まったかな。
まあ良いでしょう。今のラットの動きもいい感じにダンジョン感を高める貢献だったのではないでしょうか。
さあ、前進しましょう。
しばらく直進の通路のようですね、ずうっと先の方が壁のように見えていますが、そこまではこのままでしょうか。ラットもいないようです。
しばらく進むと、突然ガチャガチャっという激しい音を立てて叔父様が体勢を崩す。ガクッと膝から落ちるようになったところで盾を放り投げると左手をついて倒れるのを防いだ。それでも体は前に傾き、顔は下を向いてしまっている。かろうじて剣は手放さなかったけれど、それでも持った右腕は開いてしまっていて剣を構えているとは言えない姿勢。
「何だ!? つまずいたぞ!?」
「え、見落としたの?」
「いや、俺だってそれなりに分かっていたつもりだ。こういうときは3歩4歩前の地面を確認しながら進むもんだろう。何もなかったように見えたんだが」
「ちょっと待って、ほら足をどけて。どこが‥‥ああ、これだわ。ほら見て、ここだけ沈む」
「うわ、マジかよ、こんなもん気がつかないぞ」
「色も何も他の部分と一緒ね。このタイルを踏むと、こう、沈んで、それでこう、段差ができるのね。うーわ、これはひどいわね、こんなの引っかかるわよ。何もない通路で本当に良かったわね」
「最悪だ。体勢が崩れるどころか片膝ついて盾も放り出して左手もついて。目の前に敵がいたらこれだけで致命傷になりかねない」
うーん、大好評。きれいに決まりましたからね。
「あ、結構軽い力で沈むんだね。これは僕でもつまずくよ」
「私なんてこの格好だから足元見えていないし、そもそも先を見て歩くなんてしていないし、どう考えてもきれいに転ぶ未来が見えるわ」
「確実にケガをするわね。‥‥ねえステラ、簡単なのにしてって言った気がするのだけれど」
「沈むだけですよ。ちょっとつまずくかもというだけです。罠単体では別にダメージもなにも発生しない簡単なものです」
「‥‥それでこの威力なのね。ね、これは罠を発見しさえすれば回避できるタイプなのは分かるけれど、気がつけると思う?」
「踏み込む足の感覚で気がつける人は気がつくでしょう。それとですね、実はこの1枚だけは他の部分とはほんの少し違うのですよ。わかりますか?」
「え、気がつかなかったのだけど」
「‥‥、あ、僕は分かったよ。これ、まったく欠けていないし、色がついたりとかコケがついたりとか、そういうこともないね?」
「さすがお兄様、分かりましたか。この1枚だけが完全な新品です。一切の経年がないのですよ」
「あー、なるほど、言われれば分かるわね。ぱっと見は普通の石の感じっていうか、こうくぼんでいたり傾いていたりする部分があるけれど、別に欠けたりとかはないのね、なるほどねえ」
「それで、まだ罠はあるのか?」
「ありますとも。今回はあと2種類あります。同じパターンなのでよく見ていれば分かると思いますよ。わたしとしては反応も見たいので引っかかっていただいてもうれしいのですが」
「おし、わかった。同じだな? わかった。次は引っかからんぞ」
引っかかりそうだなあだなんて言いませんとも。
角を曲がると、あ、ほら、右側に扉がありますよ。この扉には鍵はかかっていません。もしかしたら中に宝箱があるかもしれませんよ、気をつけて開けてみましょう。
残念ただの空き部屋、おっと扉の陰にラットが!
今回の体験会では攻撃性がオフになっていますからね、このラットもおとなしくわたしたちを見守ってくれていますが、実際の冒険の際にはこれが不意打ちの発生につながるのです。不用意に扉を開けない、ぱっと見安全そうに見えるからといって、本当に安全だとは限らないということです。
「これまたえげつないな。初心者殺し過ぎないか?」
「でもあるあるよね。初心者が不用意に踏み込んで不意打ちを食らう。すごく聞く話だわ。そしてここで毒も食らうのよ。あるあるだわ」
お約束ですね。
さあまたしても交差点です。
右手は、まだ先がありそうですね。通路が続いています。左手は、こちらは行き止まり、いえ、扉がありますね。通路の左側、扉が見えます。まずはこちらを確認してみましょうか。
ラットもなし、通路に踏み込みます。扉まで少しありますね。進みましょう。
ドスンという低い音がして、叔父様が少し身をかがめる。
「いってえ! 何だ今の!?」
「どうしたのよ? あ、待って、何かそこに落ちて」
「んお? 矢か? あ、いや頭がつぶしてあるな。これが当たったのか? え、どこからだ」
これはですねえ、踏むと矢が飛んでくるという罠なのです。今回のものは前方斜め下から1本だけですが、どうでしょう、きれいに決まりましたね。
「‥‥マジかよ、同じ仕組みだって言っていたよな。あ、マジかこれだ、気がつかなかったぞ、マジかよ」
「引っかからんぞとか言っていて、きれいにもらったわね。はあ、嫌になるわね。交差点で左行き止まり、扉が見えて、敵影はなし、踏み入ったら、これ」
「先の地面は見ていたんだよ。それがあそこで横へ曲がって、行き止まりと扉に視線が行って、すぐだ。ものの見事に見落としたな。ふぅ、これが罠か」
「私からは何が起こったのかもまったく分からなかったな。ただ急にベルナルドが姿勢を崩した。それで目の前が空いてな、これはもしかしなくても危険なんじゃないか」
「そうだね、僕も前だけ見ていたから、急に叔父様がいたところが空いたように見えて、前に魔物がいたら、危険な状況だよね?」
「防御力の劣る中衛、後衛に攻撃が通ってしまう状況よね。出てくるのがラットだから大丈夫とは言えるけれど、例えばそれがゴブリンだったらどうかしらね。こん棒を投げてくるかもね」
「怖いじゃないの。私は避けられないわよ? アーシア、ちゃんと私を守ってよ?」
「イレーネ姉様は避けられないわよね‥‥あー、嫌になるわね。こんな簡単な罠でもこの悩み方よ、ステラは罠を重視していたようだったけれど、これは確かに効くわ。もっと危険な魔物が、もっと数がいるような状況で、もっと危険な罠があったらどうしたらいいの」
天を仰ぐとはこういうこと。罠、効きますよね。
罠を乗り越え扉の前へ。
おっとこの扉にはカギがかかっていますね。そして小窓から中を見ることができます。見てみますか? 危ないですよ? のぞいたらその隙間を狙って向こうから矢が飛んでくるかも。中に魔物がいて、剣を突き出してくるかも。怖いですよね。
なーんて、この部屋には危険はありませんから大丈夫、のぞいてみてくださいな。
何が見えましたか? 箱? 箱が見えました?
なんと、あれが、宝箱さんなのです。ちょっと豪華な感じの作りで、いかにも何かいいものが入っていそうですよね。開けてみたいですよね。でも扉には鍵がかかっているのです。
叔母様今日は鍵開けは? お持ちではありませんか、ではこちらの鍵開けを使って開けてみましょう。大丈夫、鍵開けに失敗すると毒とか酸とか熱湯とかが飛び出してくるような罠はありませんよ。いえ、本当に大丈夫です。
難しいです? もっと簡単な方がいいですか、そうですね、まだ1階ですしね。ではごくごくシンプルな押し上げピンにしてしまいましょう。これでどうでしょうか、あ、開きそうですね。
はい、扉の鍵が開きましたので入ってみましょうか。大丈夫ですって、今回は扉の陰に魔物もいません。今後は分かりませんけれど。
部屋の奥に座します、こちらが宝箱さんです。どうでしょう、開けてみたくなりませんか。開けてみたいですよね。
大丈夫、今回は宝箱には鍵もかかっていませんし、罠もありません。
もちろん今後は分かりませんよ。宝箱を開けたら地下10階に飛ばされるなんて罠も今回はありませんとも。
さ、開けてみましょう。どうですか? 何が入っています? 今回はわたしも中身を知らないんですよね。お、ガラス瓶、これは薬っぽいですね? おめでとうございます。宝箱を開けて、貴重なものをゲットしました。
「なるほどなあ、これが宝箱か。いや、いいな、これまでの苦労が吹き飛ぶ」
「それでこれは何なの? やっぱり何かの薬?」
「未鑑定状態で、何なのかは分からないようにしています。こんな薬っぽい見た目で実は毒かもしれないのですよ。でも未鑑定なので確証がない。もしかしたらこのあと魔物との戦闘でケガをしてしまうかもしれませんし、その時は偶然にも他に薬を持っていないかもしれませんけれど、これは未鑑定で薬かどうかも分からないのですよ。どうしましょうね、使ってみます?」
「何そのえげつない設定。でもそうか、そういう状況がないわけでもないのね」
「そうなんです。面白いですよね、未鑑定。格好いい装備が出ても鑑定するまでは性能が分からないのです。調子に乗って装備してみたら呪われていた、なんてこともあり得るのですよ」
「僕が知っている鑑定スクロールって結構いい値段がした気がするのだけれど」
「いい値段がするな。俺が知っているものも大体いい値段だ。だがこれは必要だぞ。緊急時だとか、どうしても調べたいものが出ちまった時のために持ち込むべきものになるだろうな」
未鑑定アイテムって楽しいですよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます