異世界ダンジョンの作り方

やむやむ

プロローグ

第1話

気がつくと真っ白な空間にわたしは居た。

どこまでも続く床と、それ以外のどこまでも続く空間。

しばらくの間ぼおっとしていたけれど、何となく前に進むことにした。

足は動いた。

たぶん足だと思うものが一歩二歩とわたしを前へ運んだ。

見下ろすと足が見えた。裸足だった。

歩きながら手を持ち上げてみる。肉のない細い腕がぐっと持ち上がった。

体には貫頭衣のようなものをまとっていた。白い衣。足が膝から下、上では肘から先が見えている。細い。

前を向き、何もない白い空間をただゆっくりと歩いた。


たぶん、わたしは死んだのだと思う。

ここがどこなのかはわからないけれど、ゆっくりと歩きながら思考をめぐらせると、少しずつ思い出せることがあった。

たぶん、わたしは病院のベッドの上で、この衣装はたぶん病院で着ていたもののイメージなのだと思う。

そしてたぶん、病気で死んだのだ。

名前、名前はまだ思い出せない。

でもたぶん日本人。

今、日本語でものを考えているような気がするから。

家族はどうかな。思い出せる。両親と、兄が一人。

優しい人たちだった記憶が持ち上がる。

わたしは迷惑をかけっぱなしだったのかな。長く病んでいたのだろうか、病院以外の記憶がなかなか出てこない。病院のベッド、見舞いに来る家族。その記憶の中の家族の顔はいつも優しい笑顔だったような気がする。

病気、病院というイメージから少しずつ記憶がほどかれていく。

生まれつき体が丈夫な方ではなく、何かというと体調を崩し、よく熱を出しては寝込んでいた。

そんな状態では学校も頻繁に休むことになったし、体育の授業だとか友達と遊ぶだとかも体調を見ながらになってしまう。

別に運動ができないだとか外遊び厳禁だとかいうわけではなかったし、検査をしても別にどこかが特別悪いとかいうわけでもなかったけれど、とにかく何かというと、めまいがする、頭のなかにもやがかかったようになってぐらぐらする、胸が苦しい、吐き気がするなんていってうずくまるのだ。

みんな迷惑だったのではと思えてしまう。

結局友達だと胸を張って言えるような友達を作ることはできなかったし、学校の思い出と言っても特にこれといったことは思い浮かんではこない。

何しろだいたいの行事は休むか遠巻きに見ているだけかだったから。


家にいる時間が長かったことが幸いしたのか勉強はそれなりにできたようだ。

でも学校にいるか家にいるか病院にいるかよくわからないような状態で、無理をして勉強することは無かったし、塾に行かないととかいうことも思い返すと無かったような。進学先は常に自宅から通いやすいところ最優先にしていたと思う。

掃除、洗濯、炊事。家の手伝いは当然やった。

ゆっくりゆっくりだったのでガンガンやるよとはいかなかったけれど、一通りのことはできるようになった。

一人遊びも得意になった。

まあ本を読んでいるか、父の持っていた昔のゲーム機で一人黙々と進められるゲームを遊んでいるかといった程度だけれど。

本は普通に物語。父や兄の影響でファンタジーものが多かったかな。

ゲームはどうだったかな。反射神経とかが求められるものは全然だったし、やっぱりロールプレイングゲームが多かったかな。特にダンジョンに潜って敵と戦って装備を強くしてまたダンジョンに潜ってっていうタイプが黙々と遊べて好きだった。

ああそうだ、そのロールプレイングゲームの元になったっていう紙とペンとダイスで会話しながら遊ぶボードゲームタイプのものも教えてもらった。

なんだ、結構思い出せるじゃない。

良かった、わたしはしっかりわたしをできていたみたいだ。


どこまでできたのかな。

進学、と思ったけれどどこまで行けたのだろう。中学、高校。うん、自宅からそう遠くなかった記憶。ごく普通の公立校かな、たぶん。校舎、教室、保健室。うん。そんな記憶。

大学はどう?行った?

一人暮らしというものを試みた記憶が甦る。

無理そうならすぐに戻りなさいねといわれながらの一人暮らし。

これは大学かな?授業にぽつぽつと出ている記憶。でもなんだか単位が足りなくなりそうな予感が、記憶があいまいなわたしにすらする。

心配してしょっちゅう見に来てくれた家族。両親、近くの会社に就職していた兄も様子を見に来てくれていたようだ。。

よく頑張れた。でも就職まではどうだったのかな。その辺りから記憶が曖昧だな。なかなか思い出せない。

もしかしたら就職までは無理だったのかな。いや、できたのか。すごいじゃない。体調が悪い時には休み、とにかく無理をしないように生きてきたのに、毎日会社に通わなければいけないような状況に耐えられたのか。

ああ、でも、頑張れたのは1年もなかったのかな。会社の記憶がほとんどない。事務机とパソコンくらいしか浮かんでこない。

無理をしてでも働けというような会社ではなかったし、休日はしっかり取れていたようだけれども、会社にも迷惑はかけられないからと、いつもよりも少しだけ頑張っていたのか。そんな日がしばらく続いて、結局少しの無理の積み重ねがわたしには限界だったらしくて。ある日たちの悪い風邪を引いた。

風邪、だったのかな。

とにかく頭がぼやっとして朝起きられず、これはまずいと思ったみたいで母に連絡を入れていた。らしい。

この辺りは記憶はあいまいだ。病院で看護師さんから話を聞いたような記憶が浮かぶ。

母ではなく、看護師さんから、聞いたようだ。

わたしの症状がどうもよろしくなかったらしく、面会謝絶。

頭がぼやっとしていて、視界もぼやっとしていて、時折意識が浮上してまた意識を失ってと言うことを繰り返していたみたい。

お医者さんから状態の説明は受けたけれどあまり内容を覚えていない。

病院だな、ベッドの上だな、これは点滴かなという程度はわかったし、どうも個室に隔離っぽいなというのもわかってきたけれど。

まさかね、そのままなんてね。

次第に頭の中は熱を持ったようにぼやっとしていることが増え、胸の奥もなんだか熱くなったように感じて苦しいことが増え、意識を失うことが増え。

そうして気がついたらわたしは、この真っ白い場所に来ていた。

意識は回復せず、死んだのではないかな、と、思えた。

混濁したようなぼやっとした思考、もやっとした胸の苦しみを抱えたまま目を閉じて、そのまま眠りにつくように意識を失ったその日、わたしは死んだのだろう。


そっか。大学、就職までは頑張れたのか。良くやったんじゃないかな。でも結局会社には迷惑をかけただろうし、家族には当然そうだ。

死んだということには、そうか、としか思わない。

そう遠くないいつか、そんな日が来るだろうとは思っていた。

でも、あの優しかった家族とはもう会えないかと思うと寂しい。

休みの日にはできるだけ実家に帰るようにはしていたけれど、最後の2週間くらいかな、帰れなかったな。

一人暮らしはわたしには無理なことだったんだな。

でもいつかは試さなければならないことだったし。でも就職1年目でまだよくわかっていない状態で挑んだのは時期尚早だったのだろう。

高校、大学と進んで体力が付いてきたような気がしたのは、気のせいだったのかも。少なくとも無理が効くような体力ではなかったのだね。

ごめんね。お父さん、お母さん、お兄ちゃん。ごめん。

わたしはもう頑張れなかったみたい。

せめてお別れと、感謝の言葉を伝えたかった。ごめんね。ありがとう。ごめんね。今まで本当にありがとう。


いろいろなことを思い出しながらただひたすら足を動かした。

視界がほやけたり鼻の奥が痛いような気がするのはたぶん気のせいじゃない。

軽く腕を振り、足を前に出し続ける。

病気で死んだ割りにはしっかり体は動くじゃないかなんて思いながら、前へ進む。前へ前へ。

‥‥ところでここはどこで、わたしはいつまでこうしていれば良いのだろう?

前へ進んで入るけれど、何も見えない、どこにもたどり着けない。

せめて天国でも地獄でもよいから扉とか門とか階段とかそれっぽいものを用意しておいてほしかった。わたしはこの状況でどうしたら良いのだろう。


「やあ、お待たせ、良く来たね」


その声はひどく唐突に聞こえてきた。

耳に聞こえたというか頭に響いたというか、どこからともなく突然の言葉。少年の声のように感じる。でも少女のようでもある。不安になるような声色ではない。少年か少女のような少し高めの音で強くもなく弱くもなく、自然にわたしに届いた。

声を意識した瞬間、目の前の空間が揺らいだ。


「僕のことがわかるかい?君からみて違和感のないようにしたつもりなんだけど」


”ぼく”と言ったように聞こえた。

と、揺らいでいると思った場所には少年、少年?、少年のように見える‥‥声もさっきよりもより少年のように聞こえる、姿が見えた。

あ、でも髪が長いかな、腰まである。顔とか体つきは少年ぽい気がする。


「んん?髪が長い?ああ、最初の君の意識に引っ張られたのかな、”少女”のイメージが残ったんだね」


なるほど。

いや、この話の流れはなんだかどこかの物語で読んだような気がするけれど、あれよね、これは神様、よね。


「そうだね、君たちの知るところの神様のようなものだと思ってくれて問題ないよ」


やっぱり、わたしは死んだんだ。

ここは死後の世界の入り口で、こうして神様から説明を聞いて。


「そうなんだけど、ごめんね、先に謝ることがあるんだ。君がこれまで苦しんできた体の不調のことなんだけど、あれは君が本来生まれるべきだったところとは別の世界に生まれてしまったことに起因するんだ」


わたしが生まれた世界、地球、日本には無いもの。生命を、身体を構成する要素が一つ欠けているのだという。

そのせいで体がすぐに不調になり、活動を支えるために生命力を削り続け、結局維持できなくなって最後には死を迎えたのだと。

欠けていた要素、それをわたしは”魔素”と聞いた。

魔素、魔法の素。それは確かにこの世界にはなかった。検査しても悪いところが見つからなかったのも当然、本来空気中に酸素のように含まれていなければなからなかったものが、常に体に取り込んでいなければならなかったものが不足していたとなれば、それは不調を来すというもので。

なんだかそんな物語も読んだことがあるような気がするな。


「生まれるときの事故なんだけど、こういうことはそれなりにあってね。管理する側からの不手際のお詫びとして、一つ提案することにしているんだ。君、本来生まれるべきだった世界へ、生まれ直してみる気はないかい?」


そんな物語をいつかどこかで読んだことがあると思う。

神様が目の前に現れたところで、こういうことになるんじゃないかなと思ってはいた。

そう、異世界転生。わたしだってそれくらいは知っている。そしてそれが、わたしにもやって来たのだ。

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