No.15 散文詩『水門を去る』

永いお別れ

 流れる時の中で、変わらないものを探していた。今、消えゆく灯が揺らいでいたのは、心繋がる深紅の果てに見る景色。今際は何故、こうも切なく儚いのですか。人の夢と書く。嗚呼、きっと、儚い人生とは人の見る夢のように映るのですね。そんな妄想も、彼方へと解き放つのが私たちの生きる糧であり、宿命の持つたった一つの因果律でした。

 優れた者、そぐわなかった者でさえ、タナトスに迎え入れられる生命としてのきらめきをその内なる宇宙に宿す。悟りや涅槃、ラカン・フリーズと我らが密かに呼んでいる真理は天空の遥か高く、最高天にもあり、心の奥底、深い森のその奥、深海の底にも存在する。シュバルツシルト解は満たない。万物の方程式が導かれたとして、その先にあるものを、一体誰が理解し、意味とするのですか。

 始まりの花を事象の万華鏡が映し出す。その鏡像こそ、私たちが生まれ育つガイアの御業たる世界そのもの。その真意に汝が気付く時、門に立つ者、審判せし。

「ここまで来ると、もうあなたは死んでいるようなものですよ。あなたには早い。帰りなさい。そして、生きてください」

 審判者は、ラカン・フリーズの門の前に立つ私にそう告げたのです。それがあの冬の日のことでした。疲弊した脳は病的なまでに美しく、それでいて世界は凪いだ渚のように穏やかに映り、遠くからは歓喜に満ち溢れた音楽が聴こえてくるのです。私も神や仏となって、輪を去ることを受け入れました。ですが、まだ早かったみたいでした。ニーチェですら、45年の歳月を要したのですから。そんな至高体験の幕引きには、最高の人生が必要なのでしょうか。忘我のままに生きるのがこんなにも優しく心地よくても、いつまでも死に浸っていては、生きてはいけないみたいでした。ですから、私は全ての罪や欲を受け入れたのです。柔さも弱さも、時には愛となることもあります。永いお別れは、こうしてアフターストーリーとなったのでした。

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