読んだら捨ててくれ
紫陽_凛
2024
美雨、君はまだ、運命を信じるか。信じているか。
僕は三十をすぎたよ。
今じゃ研究室の費用のことと大学の自販機のコーヒーの値上げを憂いてばかりいる、つまらなくてさもしい男になってしまった。僕が君と語った夢のようにはいかない。偉大な恐竜研究家になり、新しい恐竜を発見して、日本中に名前を知らしめたいだなんて、10歳の頃の僕はなんて目立ちたがりで、地に足のつかない夢を見ていたんだろうね。結局新しい恐竜は見つからなかったし、新しい恐竜に君の名前をつける約束も叶いそうにない。ミウという二文字をいかにバレないように忍ばせるかという内緒話を、今は懐かしく思っている。
小学四年生の君がタロットカードを学校でぶちまけてしまった時のことを覚えている。もう20年も前なのに。今も夢に見るくらい鮮明なんだよ。
君は放課後、本来学校に持ち込んじゃいけない不要物、大アルカナを廊下にぶちまけてしまった。そして僕はその目撃者になってしまったわけだ。慌てて反射で拾おうとする僕に対して君が放った一言。確か「触らないで!気が混ざっちゃう」だったかな。
「キ」ってなんだ? と僕は思ったよ。
君は素早くカードを拾い集め、丁寧に錦の(ような)布で包み込み、僕の手首を引いた。
「来て」
僕の目には君がとても神秘的な女の子に見えていた。君は謎めいていて、ずっと窓際の席で、外をぼんやりと眺めていて、僕ら男子はその横顔を眺めることしかできないような高嶺の花だったから。だから僕はその時、何かが始まる気配がしたんだ。
「ねえ、誰にも言わないでね」
君の懇願するような声よりも、何度も揺さぶられる腕の方に意識がいっていた。
「誰にも言わないでね」
僕がうんというまで君はそう繰り返した。君は不安そうに僕の顔を見下ろしていた。あの時は、美雨、君の方が背が高くてすらっとしていた。僕はチビの10歳だった。
「先生にも、
そういえば、万智とは連絡を取ってるかな。万智にだけは君の消息が伝わっていればいいと思ってる。変わらずにいるならば、きっと君と万智は運命についてまだ論じているに違いない。君たちは磁石みたいにピッタリひっついているのに、こと運命に関しては反発しあうから本当に面白かったんだ。
「運命なんてない。あるのは必然だけ」
「運命はあるよ。あるったら」
「じゃあ証拠見せて」
なんてやりとり。まだ聞こえるような気がする。万智は君の神秘主義を否定したし、君は君で「万智は夢がなさすぎる」と反論していた。そして最後に僕の方を向き、「慎太郎はどう思う?」と尋ねる。お決まりの流れだ。
今も夢に見ているよ。何度も、何度も。
嫌になるくらいさ。
今も、光が見えるよ、美雨。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます