避難所と子どもたち(982文字)

僕は今、実家でこれを書いている。


昨日の今頃は、まだ輪島市役所に避難していた。


石川県能登北部に、大雨特別警報が出されていたからだ。



市役所の避難所にいたのは、なぜか僕と同僚だけだった。


主要道路は冠水し、法面のりめんが崩壊したとの情報。


そこに3人の親子が現れるまで、避難所の空気は重く、暗かった。



ある母親が2人の子どもを連れて大会議室に入ってきた。


兄君は6歳、弟君は3歳くらいだろう。


その夜、ひとつのきっかけが生まれた。



母親がいなくなった時のことである。


兄君が踊り出し、それを見ていた僕と目が合った。


「お前も踊る?」


兄君からの突然のお誘いである。


もちろん答えは、YES。


弟君も加え、僕たちは3人で楽しく踊っていた。


しかし、そこに母親が戻って来て「ありがとうございます」と笑顔で僕に会釈をした。


僕は我に返り、兄弟2人は母親の手により、夢の世界へと誘われていった。



翌朝、不機嫌そうに起きた兄弟は、朝ごはんを食べることで明るさを取り戻していた。


兄君は「あのね~うんとね~」といいながら、僕にたくさんの事を教えてくれた。


こちらの方言だろうか。

弟君は語尾が上がるイントネーションで「見て~、見て~」と言う。


2人とも抱きしめて潰してしまいたくなるほど、いとおしかった。



そこに、崩壊地の土砂撤去が完了し、通行可能になったという知らせが、地元民によって届けられた。


僕と同僚は、ここを出ることが出来そうだ。

出発は30分後。


その頃には、弟君は当たり前のように僕の股の間に座り、りながら僕の鼻の穴をのぞいて笑っていた。


出発の準備をするため、弟君を持ち上げるついでに、天井に届くほどの「たかいたかい」をした。


もう1回、もう1回とせがまれ、これが最後と5回繰り返した。


すると母親が「あ~も~、あと1回だけだよ」と言ったので、僕は計6回「たかいたかい」をすることになった。



いよいよ出発の時間になり、エレベーターに向かうと弟君もついてきた。


ドアが閉まりそうになった時、弟君が手を出して、こちらに寄ってきた。


開ボタンを押し、ハイタッチというには低すぎる、僕の膝辺りでタッチをした。


おそらく、一生のお別れになる。


エレベーターのドアが閉まる、その瞬間まで弟君と僕は手を振り続けた。



外からでは、もう3階の大会議室がどこにあるのか分からなかった。


それでも、僕は感謝と温かい心を胸に、もう一度振り返り、深く頭を下げた。

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