黒船襲来

その家族は新築の大きな家に引っ越してきた。


越してきたばかりの頃に、自治会内で何度も問題を起こしていた。


その夫婦と、道路族の子どもたちは、れ物扱いされている。



その家の車が、ライトを付けたまま停められていた。

時間は、21時30分。


伝えるためには、インターホンを押すしかない。


他に何か伝える術はないものか……考えてみたがやはりない。


遅い時間の訪問に、不快な思いをさせてしまうかもしれない。


しかし、早朝にバッテリー上りに気づくなど不憫ふびんすぎる。


伝えるべきだ、伝えるしかない。


僕は、意を決して善意を執行する。



車の窓をコンコンコンと3回ノックして、乗っていないことを確認した。


確かに、誰も乗っていない。


玄関の前に立ち深呼吸をし、吐く勢いに任せてインターホンを押した。


番犬の柴犬が激しく吠えるせいで、インターホン越しの声はほとんど聞き取れなかったが、相手がいぶかしんでいることは感じ取れた。


それでもインターホンに反応があったことを確認した僕は、少し大きな声でしゃべり始めた。


まず名前を名乗り、近所の人間だと伝えて、不審者ではないことをアピールした。


続けて、車のライトが付けっぱなしになっていることを告げた。


最後に、バッテリーが上がっていないかを確認するために、一度エンジンをかけてみることをオススメした。


すると、家主の声が明るくなり、インターホン越しに感謝の言葉が聞き取れた。



僕は、すぐにライトの確認をするために家主が出てくるだろうと考えた。

それはまずい。


僕の見た目は威圧感があるため、暗闇の中で遭遇することは躊躇ためらわれた。


インターホンが切れる前に、顔を合わせずにすぐに立ち去る旨を伝えて、その場を後にした。



家主が家から出てきたことは、音で分かった。


やがて車のエンジンがかかり、バッテリーが無事であることが確認できた。


アイドリング音を聞いて安心し、僕も自分の家の玄関を開けた。



僕なりの、葛藤の末の実行だった。


「良かれと思って」が通じにくい世の中になったと感じている。


「触らぬ神に祟りなし」と生きる方が楽だ。



以前、母に言われた「やって後悔、やらずに後悔」という言葉が、頭の中で何度も繰り返し再生された。



「かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂」


松陰先生、僕もそのように生きられているでしょうか。

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