第9話 遭遇-ドウルイ-

ある日の夜。

この日、学校での授業を終えた蘭は1人で椿から依頼された場所へ赴いていた。そこは元々神社だった場所だが既に今は廃墟同然となっている。当然そうなれば此処へ来るのは心霊スポットと称して訪れる若者達。心霊スポットと化した病院と言えば以前、剣介達を助けたH総合病院の時と同じだが今回は違う。此処に訪れていたのは幽霊を見たという匿名の目撃情報が寄せられた為だった。


「…此処で間違いない。」


もし仮に幽霊が出たとしたら既に悪霊が住み着き始めているという事、場合によっては斬らねばならない。苔が生えた石造りの階段を上がって境内に辿り着くとそこに居たのは黒く長い髪を持ち、赤いスカーフの付いている紺色の制服を着た少女。

此方の気配へ気付くと振り返って僅かに微笑んでいた。


「まさか本当に来るとは。便利だな、ヒトの道具というのは。」


そう話した彼女の右手には黒く薄い板の様な物が握られている。それは携帯電話で間違いなかった。


「…お前はあの時の。」



「憶えていたか、それは光栄だツチミカド。

ヒトに認知されるというのはお前達の世界では良き事なのだろう?」



「…何故此処に居る。」



「お前の顔を改めて見に来たのさ……我々の障害であり…敵であるお前の顔をな。」



「…お前は何者だ、何が狙いで人間達を襲う!!」


知世は蘭の問い掛けに対し、ニィッと左側の口角を上げて不気味に笑う。そして彼女は左手へ紫色の鞘をした刀を何処からともなく用意すると蘭を見据えていた。その刀の長さは抜刀前でも全長約95cm、蘭の持つ刀と大きさは比例する。


「此処から先、知りたくばこれで問うがいい。名乗るのを忘れていたな…我が名は知世だ。」



「…それがお前の望みなら応えるだけ。」


蘭も刀袋から自身の刀を取り出し、鞘を持つ左手の親指で鍔を押して鯉口を切る形を取っては右手を柄へ添えて出方を伺う。対する知世は右手を添えぬまま蘭同様に鯉口を切ったまま、見据えていた。


「…何をする気。」


先に蘭が抜刀し鞘を手放すと同時に駆け出したが知世はそれでも動かない、まるで斬られるのを待っているかのよう。だがその状態は瞬時に変化した。


「──頃合か。」


知世は腰を僅かに左後ろへ捻ると右手を前に突き出し、腰を戻したかと思えば鞘を左手で引いて刀を打ち出したのだ。蘭との間合いが詰まる刹那、振り下ろして来た蘭の真っ向斬りに対し右手で刀の柄を掴んだ直後に刃を左から斜めに振り下ろし防いでみせた。


「…なッ!?」



「ふふッ…安直な考えだったな?私が何もせず黙って斬られるとでも思ったか?」


鞘を手放し、蘭の刀を弾いたかと思えば今度は

右から左斜めへ振り下ろしたり左から右へ鋭い横一文字による一閃を用いる等して蘭を攻め立てていった。放たれる一撃は何れも重く、そして鋭い。


「どうした?ヒトを斬るのは初めてか?」



「…お前は人ではない!!」


頭上から振り下ろされた一撃を蘭が刀の柄へ左手を添えて両手持ちし、刃を左へ向け水平にし受け止めるとそのまま競り合い始める。


「ヒトではない…か。随分と酷い事を言うではないか?」



「…お前からは殺気を感じる、それも異様な程の!!」



「ふふふッ、そういうお前はどうなのだ?ツチミカド。私からすればお前も同じだ…尋常ではない殺気をお前から感じるぞ?」



「…黙れぇッ!!」


振り払った蘭が直後に刃を知世へ目掛けて右斜め袈裟斬りに振り下ろし、直後に左から横一文字へ掛けて振り翳したが全て躱されてしまう。

お互いに距離を取った末に睨み合うと知世は涼しい顔をして蘭を見つめていた。


「生温い…もっと本気で来い。お前の力はそんなモノでは無かろう?」



「ッ…!!」


クイクイと知世が自身の左手の指先を自身の方へ曲げ、挑発する。それに対し蘭は深呼吸し心を落ち着かせると知世を睨みながら呟いた。


「…お前を此処で斬る。覚悟ッ──!!」


刀を右側へ水平に保った状態から駆け出した時、知世もまた仕掛ける。駆け出すと同時に左斜め下から右斜め上へ刃を斬り上げる逆袈裟斬りの要領から彼女へ一閃を繰り出すと蘭へそれを右に身体を捻り、躱す。そして両目が赤く変化したかと思えば柄へ左手を添えて両手持ちした状態から知世の胸元を右から左へ掛けて斬り裂いた。そして斬られた箇所からブシュウウッ!!と赤黒い血液が噴き出して知世が後退するが刀を向けたまま知世は笑っていた。


「ふはははッ…それだ!それが見たかった!!」



「はぁああぁッ、だぁあぁッ!!」


蘭は知世を仕留める為、追撃の手を緩めない。

連続し斬り込む度に刃同士が接触し鈍い金属音が響き渡る。お互い斬り合った末、知世が斬撃を繰り出す直前に身をその場で右から一回転させ、僅かに後退すると同時にその場で飛び上がって力強い真っ向斬りを繰り出した。


「ぐッ…!!」


だがそう簡単に知世は倒れない、即座に峰へ左手を添えては押し返して蘭を突き放す。

知世が駆け出して蘭との間合いを詰めた際に彼女が繰り出した右袈裟斬りによる一閃を寸前で躱し、続く右から左へ掛けて足を狙う様に放たれた一閃を軽々と飛び越えて躱すと身体を左へ捻る形で蘭の左頬を蹴飛ばした。蹴られた事で彼女の掛けていた眼鏡があらぬ方向へ飛んでしまった。


「っぐぁッ!?」



「話す前に私が死ぬ所だったぞ、ツチミカド。礼だ…約束通り教えてやる。我々は何者で…何処から来たのかを…ッ!!」


ふらつき、再度視線を戻す直前に知世は蘭へ差し迫ると刃を彼女の頭上から振り下ろす。

咄嗟にそれを蘭が後方へ宙返りし躱すと知世が踏み込んで間合いを詰めて来た。蘭の着地と同時に彼女の首元へ刃を自身から見て左から右へ掛け鋭い一閃を繰り出し、蘭はそれを咄嗟に刀を右の首筋付近から離した位置で防ぐと2人は至近距離で睨み合っていた。


「我々は魍魎…ヒトが光なら我ら魍魎は陰に生きる者。これまでお前が斬ったのも我々の同胞だ!!」



「魍魎…ッ!?」


蘭が知世を力ずくで押し返し、振り払うと再び繰り出された斬撃により刃同士が接触し火花を散らす。そして僅かな隙を突く形で知世が放った右袈裟斬りにより蘭は右肩から左胸の一部に掛けて斬られると傷口から血が噴き出した。


「く…ぁあッ!!」



「我々は古来から存在する。貴様らヒトの歴史よりも遙か昔からだ!!」


再び知世が刀を用いて右から左、左から右へ、袈裟掛けにと何度も刃を振り翳しながら蘭を攻めながら蘭を本殿の方へと追い込んで行く。

そして知世が振り下ろした刃を蘭は柄を両手持ちした状態から防ぐと勢いを殺し損ねたせいで

背中から扉を突き破って激突した。


「うぐぁッ!?か…はッ……。」


バラバラと崩れ落ちて降り注ぐ木材の破片と埃を払って蘭が僅かに身体を起こし、知世を睨み合つけていた。


「……あまりやり過ぎると奴に叱られる。だが、私は遊び足りない…さてどうしたものか。」



「ふ…ふざけるな…お前にとっては...これが遊びだというのか…ッ!?」



「あぁ…私からすればこの程度は戯れだ。肉体が裂かれ、血反吐を吐き、己の生死を掛けて戦う......そうでなくてはつまらない。」


知世は蘭へ刀を向けて1歩、また1歩と歩んで行く。蘭の刀は先程ぶつかった衝撃のせいで手放してしまい、左側へ飛んで石造りの地面へ落ちていた。


「彼奴に渡すのは惜しい...ならば私だけのモノにすれば良い...ッ!!」



「──来るッ!!」


たんっと知世が駆け出したかと思えば地面を右足で蹴り上げ、跳躍し蘭目掛けて刃を振り下ろさんとして来る。それに対し蘭は身体を素早く起こして左へ飛び退くと直ぐ後ろで木材が砕ける鈍い音が響いた。

彼女は頭から滑り込む様に刀の柄を左手で掴むと前転した後に起き上がり、知世の方へ振り向いてからその場に血を吐き捨てると立ち上がって駆けて行く。それを知世が迎え討つ形で蘭へ立ち向かって行った。


「ふふふッ...その傷でまだ動けるのか、面白い...ッ!!」



「ッ...!!」


それは一瞬の出来事。

知世が刃を左斜め下へ向けて逆袈裟の要領から一閃を放って蘭の左足太腿を斬り裂くが

突如として視界から蘭の姿が消えたのだ。

咄嗟に振り返った時には遅く、知世は背後に居た蘭が放った袈裟斬りによって左肩から胸部へ掛けて斬られていた。斬られた箇所から血が噴き出すと滴る血液が制服に染みて変色させていく。


「な...ッ!?」



「これで...終わりだ!!」


蘭が続いて知世へ攻撃を仕掛けようとした時、パキンッという音と共に刀が中程から折れてしまった。折れた刃が地面へ落下し更に割れて二分割された。


「ッ...どうやら此処までらしい。惜しかったな、私の首を撥ねる事が叶わなず...刃が先に根を上げる事になるとは...ッ...。」


お互いに両腕や足、脇腹等に切り傷が付いたまま正面で向き合っていた。


「...知世、お前は本当に魍魎なのか?」



「さてな...お前こそどうなのだ?ツチミカド。先程見せたヒトを超える様な身体能力...お前は本当にヒトなのか?」



「...答える気はない。」



「そうか...なら、次はお互いに死力を尽くし殺り合おう。お前は私を...楽しませてくれる......。」


知世は蘭からの前から立ち去ると暗闇に紛れて消えてしまった。


「...魍魎...か。」


蘭は落ちていた眼鏡と鞘を拾い、折れた刃を回収してからその場を立ち去って行った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

帰宅後。

彼女は自室で部屋着に着替えながら斬られた

箇所の1つである胸元の傷を擦っていた。

あの時、知世により負わされた傷は既に治り掛けていて特に痛みは感じなかった。

本来なら完治するのに数ヶ月は掛る筈なのだが蘭の場合は特別で普通の人間よりも割と早く

ケガが治ってしまうのだ。


「...知世。次会った時は必ず...。」


半袖シャツと半ズボン姿の彼女が拳を強く握った時、部屋のドアが3回ノックされた。


「蘭、お父様が貴女と話しがしたいって。」


声の主は母親の小夜で蘭はそれに対し返事をすると明かりを消した後に部屋を出て、小夜と共に1階へ。和室へ入ると40代半ばで黒い髪を額の真ん中で分け、黒い和服に身を包んだ男性が正座をして腰掛けていた。彼の名前は土御門総司つちみかどそうしといって蘭の父親である。


「...お父様。」



「蘭...話は母さんから聞いた、人の形をした魍魎と刃を交えたそうだな。」



「...はい。」


蘭は総司から「座りなさい」と促され、向かい合う様に離れた場所へ正座する形で座った。


「椿殿から渡された刀も折れたとも聞いている...つまりお前が苦戦する程に手厳しい相手だったという事か。」



「...あのお父様。私からもお父様へお伺いしたい事が有ります…宜しいでしょうか。」



「何だ?話してみろ。」



「...魍魎とは一体何なのですか?我々、土御門家が代々戦って来た存在は人の噂から生まれし怪異...物の怪...そしてこの世に対し恨みや妬み等の負の感情を持ったまま死に、悪霊と化した者達だけではないのですか?」



「そうとは限らない...魍魎というのは遙か古の時代から存在し常に人の世と隣り合わせで生きて来た者達。故に彼等はお前が話した存在と似ているが異なる...。我々が光であるなら彼等は陰に等しい。」



「...土御門家の人間は代々、その魍魎達とも刃を交えたのですか?」



「そうだ。彼等が人間を襲う以上...見過ごす事は出来ない。魍魎に喰われた者は皆、行方が知れない存在として扱われるのだ。それ等は全て国が定めた事柄......この国で失踪した者の約何割かは魍魎が関わっていても不思議ではない。」



「...国家特例対策機関による隠蔽ですか。」



「彼等が全ての事情を管理している...。事を公にすれば大勢の人間が惑う事になるのを避ける為だ。お前も理解しているだろう、蘭。」


総司が蘭へ話し掛けると彼女は無言で頷いた。


「明日の朝、椿殿の刀の代わりに新たな物をお前に託す...彼女には私から話をしておこう。お務めご苦労だったな...今は身体を労る事だ。そして日々、精進せよ。」



「...ありがとうございます、お父様。では失礼致します。」


蘭は総司へ深々と頭を下げるとその場から立ち上がって和室を後にする。引き戸を閉めてからリビングへと向かい、引き戸を引くと木製のテーブル付近に正座して座りながら携帯を触っている黒い髪を肩付近で切り揃えたボブカットの少女の姿があった。蘭に気付いた彼女は視線を外して手を振って来る。彼女は土御門瑠依つちみかどるいといって蘭の妹である。


「あ、お姉ちゃん。帰ってたんだ。」



「…うん。お父様と話をしてた。」



「それってお務めの話?」



「…そう。厄介なのが出たからその報告。」


蘭は瑠依の右側へ来るとそのまま正座して腰掛けた。


「お姉ちゃんが苦戦するって事は余っ程ヤバい奴が出たって事?」



「…だから瑠依も気を付けて。」



「解った。それとお姉ちゃん、後で式神の出し方教えてよ。今度は鶴にするから!」



「…鶴?この前出したのは亀だったから?」



「だって、お姉ちゃんには玖遠が居るでしょ?私だって専用の式神欲しいの!」



「…式神はあくまで退魔師の補助、残りは此方側の技術で補わないと意味がない…お父様もそう言ってたでしょう?」


蘭がそう話すと「蘭の言う通りよ」と小夜が2人の前に箸をそれぞれ置いて、それから持って来た食事を並べ始めた。


「式神は扱う者の技量も関わって来るし色々と難しいの…。だから瑠依がちゃんと戦える様になってから式神を渡すってお父様と決めてるからもう少しだけ我慢して。」



「えーッ!?いつもそればっかじゃん…私だって立派に戦えるよ?そりゃ……ちょっとばかり無茶してるけど。」



「闇雲に戦えばいいって訳じゃないの、自分の事も周りの事もちゃんと考えないと。ねぇ蘭、ちょっと手伝ってくれないかしら?」


小夜が声を掛けると蘭は無言で頷き、立ち上がると台所の方へ向かう。数分経ってから配膳が終わり、この日の夜は焼鮭に白米と味噌汁に漬物等の和風の献立だった。後から来た総司も畳へ腰掛けると夕飯が始まった。


家が由緒正しい家系であり、神社でもあるという点を除けば普通の家庭と何ら変わりがない。

気難しく見える総司も実際は2人の娘を気に掛けている優しい父親そのもの。

2人の母親である小夜は穏やかで優しく、滅多に怒る事はない。最近の流行りは瑠依から教わったりしている節もある。

常にお務めとして戦っている蘭にとってはこの家が自分自身の心を落ち着かせられる場所でもあった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

夕飯と入浴を済ませてから部屋へ戻った蘭は1人、窓を開けて外を眺めていた。夜の外はとても静かで暗い空には明るい満月が輝いている。


「…月が明るい。私はこの景色をずっと見ていたい。」


そっと月へ右手を伸ばす様な動作を取ると外から吹き込んだ夜風が彼女の黒い髪をさらう。

それから暫く月を見た後、彼女は窓を閉めてから部屋の明かりを消してベットへ横たわると一日を終えた。











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