第7話 人喰 -オニ-
全ては約1週間前に遡る。
会社員の30代のスーツ姿のサラリーマンの男性が仕事仲間である年配の者達と酒を飲んでそれから別れた帰り道の事。
彼は人も車も通らない時間帯の夜道を自宅を目指しながらたった1人でフラフラと歩いていた。本来なら飲み会を断ろうと思っていたのだが、この世には人付き合いという面倒臭い物が存在する。それに若い自分には拒否権という物を行使出来ない事から例え嫌でも付き合うしかなかった。
「クソッ、飲み会なんてクソ喰らえだ馬鹿野郎!俺だってなぁ...家に帰ってやりたい事とか色々有るんだよ!!その癖偉そうに説教までかましやがって!お前に俺の何が解るってんだよ
!!」
遂には酔った勢いからあらぬ事を口にしてしまった。すると目の前の暗闇から鈴の様なシャンッ!!という音が響いた。
もう既に時刻は夜中の0時を超えている。
そして再び鈴の様な音が鳴り響いたかと思えば目の前の暗闇から1人の男が歩いて来て自分の離れた位置で止まった。
「え......?」
目の前に居るのは紛れもなく自分自身。
それは無言で此方を見て佇んでいる。
酒に酔ってるからかもしれないと思い、目を擦ってみたがそれは変わらない。
目の前に居るのは自分だった。
すると目の前の自分が此方をチラリと見ると口を開いた。
「......腹が減ったな。」
「は?お前何言ってんだよ、大体お前は──」
「俺か?俺はお前自身だよ。見て解らないか?」
「ふざけるのも大概にしろよ!!俺はな、急いでるんだよ!!それにな明日も仕事なんだ、いいからそこを退け!!」
声も全くもって自分と同じ。だが、苛ついた彼は無理にでも通ってやろうと思って彼と擦れ違おうとしたが拒まれてしまった。そしてもう1人の彼は再び口を開いた。
「......おっと、そうはいかない。言ったろう?腹が減ったって。だからお前は俺の晩メシだ。」
「な...何をッ......!?」
「安心しろ...その後は俺がお前になってやる。」
そしてもう1人の彼は本物の彼を頭から大きな口を開けて喰らった。身体が痙攣し、バキバキと骨が砕ける音と共に全て喰らい尽くす。
彼の居る辺りは赤い血で汚れてしまっていた。
「葛木...ノボル......これが俺の...名前......。」
ペロリと血塗れの唇を舌で舐めた彼はニィイッと不気味な笑みを浮かべて闇夜へ溶けていった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
翌朝、剣介が普段と同じで何気なく登校し
クラスへ入った時。つかつかと自分の前へ来たのは達也で「話がある、屋上へ来い。」と伝えたかと思えば剣介の横を通り過ぎて行った。
「...何だ?アイツ。」
剣介は鞄を机の上に置いてから達也の話した通りに階段を上がって屋上へと向かう。
そしてノブを掴んでドアを開くと外へ出て歩いて行くとフェンスの近くに達也が立っていた。
「......それで、話ってなんだよ?まさかまた廃墟とかその辺行くとかじゃねぇよな?」
「剣介...お前、土御門とはどういう関係だ?」
「......は?別に大した事じゃ──」
「あの無愛想で無口で滅多に笑わないアイツがお前と一緒に居るのをこの目で見たんだぞ!?駅前のビルん中入ってくのをこの前見たんだよ!!」
ビルの中と言われて剣介は納得した。
事務所へ行くのを偶然にも達也に見られてしまったらしい。
「...安心しろよ、お前が思ってる様なそういう関係じゃねぇから。話はそれでお終いか?なら早く戻ろうぜ?HR始まるし。」
「はッ!?そうだった、お前を呼び出したのはもう1つ訳が有るんだった...これ見てくれよ!!」
達也が携帯を制服のズボンの左ポケットから取り出して操作していくと1つのニュース記事を剣介へ見せ付けて来た。そこには赤い文字で【速報】と記載されていて、剣介は眉間に皺を寄せながらその記事のタイトルを読み上げた。
「......計画的犯行か?会社内に残された夥しい血の痕、死体だけ見つからず......何だよこれ。」
「どうよ、何かすげぇオカルトっぽくね?此処の職場の人間...どういう訳か朝礼終わった後に突然全員消えちまったんだってさ。」
「成程...それでどうしろって?」
「放課後、此処に行って色々見て見ねぇか?」
「......バカ言え、あの時みたいに不法侵入して大ケガして痛い目見るだけだろ。てか、お前まだ懲りてないのかよ...。」
「うッ...痛い所突きやがって......!」
あの時は蘭が居たから助かった。
しかし次に同じ真似をしたら達也達を守るのは自分の役割となるのは明確。世間一般的で言えば関わらない方が無難なのだが、恐らくそうは行かないのだろう。どうせオーナーである椿が拾って来る事は解っている。
「それと、また反省文書かされたくないんなら大人しく結果だけ待っといた方が俺は無難だと思うけど?」
「解ったよチクショー!お前、一体いつから優等生になったんだよ!?前まではこっち側の人間だったろ!?」
「一応、その基質だけは有るんで。」
あーだこーだ話しているとチャイムが鳴り、2人は自身のクラスへと戻って行く。
そして各々の席へ腰掛けた後にHRが始まった。
担任の女性教師による連絡事項が一通り終わると入れ違いで入って来た年配の男性教師による授業が始まり、剣介は退屈そうな顔をしながら黒板へ記載された文字をノートへ書き写していく。この退屈な時間が金曜日まで続く上に夕方まで有るのだから退屈で仕方がない。
「…土御門の奴、今日も午後からか。」
蘭の席を見てみるが当の本人の姿は見当たらず、机の上には何も置かれていない。
稀に蘭は朝から登校する日も有れば午後から登校する日も有ったりとバラバラで不規則。
卒業する為にはある程度の出席日数が必要になって来るのだが彼女は大丈夫なのかと思う時が有る。それと同時に達也が今朝話していた例の事件の事が脳裏を過ぎり、それも薄らと気になっていた。
(人の死体が無くなって血痕だけが残ってるなんて事…有り得るのか?それにまだ昼間、化け物が出て来る時間帯は夜だけじゃないのか?)
黒板の文章を書き写す手を止め、剣介は思考を巡らせ出した。自分が見たのはゾンビの様な出で立ちをした悪霊の他に洋風のドレスを着た人形の化け物。何れも遭遇したタイミングは全て夜だった。だが、今回の件は白昼堂々な上に誰もが通勤と通学をしている時間帯。
常識的に考えれば絶対に有り得ない事だ。
「……幾ら何でも俺の考え過ぎだよな。昼間に化け物なんか出る訳ねぇし。」
視線を戻し、再び書き始めると少し経ってからチャイムが鳴る。号令と共に立ち上がって挨拶すると剣介は再び腰掛けて残りを全て書き記してから15分だけの短い休憩へと入った。
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同じ頃、蘭は学校へ向かう為に普段から通学路として使用している住宅街の有る通りを1人で歩いていた。
すると目の前からフラフラした足取りで歩いて来たのは紺色のスーツを着た男性、よく見るとスーツの一部が変色して所々黒ずんでいる。
首から下げているネームタグには赤い液体が付着していた。蘭と擦れ違った時に彼は数歩歩いてからその足を止めて蘭へ話し掛ける。
「キミ…学校はどうしたんだい……?」
「…今から行く所です。」
「ダメじゃないか…学生が遅刻なんかしちゃあ…ちゃんと…真面目に……行かないとぉ。」
話し方が何処かたどたどしい。
まるで酒に酔った様に呂律が回っていない上に見た目にも違和感が感じられた。
「…貴方こそ、その服装は何ですか?働いてる人なら身嗜みは気を付けた方が良いと思いますけど。」
「あ?あぁ……ちょっとね…急いで食事をしたんだ……美味しかったなぁ…。」
「…何を食べたの?」
「いひッ、いひひひひッ……知りたいかい?ならキミには特別に教えてあげよう…それは──!!」
突然、男が背を向けたままの蘭へ向かって走り出すと両手を上げて掴み掛かろうとした時。
彼女は左肩から下げていた刀袋をそのまま外して右手にそれを持つと同時に振り向き様に彼の喉元へ突き付ける。そして距離が縮まる寸前で男の動きが止まると彼は1歩下がって怯んだ。
「…その赤黒い染みは血、見れば解る。お前が食べたのは──」
そして蘭がポツリと呟いた。
「人間。」
蘭の目付きが鋭い物へ変化、同時に右手を下ろすとそこへ明確な殺意を込めた形で相手を睨み付けていた。
「ご明答…!!それにしても美味しそうだねぇ…キミ……肌のツヤも良いし、肉も柔らかそうだぁ…!!」
「…ふざけるな!!」
蘭はその場に鞄を下ろしてから刀袋を左手に持ち変え、その中から右手で獲物を取り出すと同時に袋を傍らへ放る。
左手の親指で鯉口を切り、右手で柄を握り締めては引き抜いて刀身を露わにし刃先を向けるとそれが太陽の光によりギラリと輝いていた。
「かッ、刀ぁ!?何で子供が…そんなモンを…!!」
「…これ以上は誰も喰わせない、お前の食事は此処で終わらせる…!!」
鞘を手放して柄を持つ右手の下へ左手を添えるとそのまま腕を上げ、左右の腕を交差させた形から顔の横で刃を上へ向けた状態から
足を僅かに開いた霞の構えで構えて見せた。
「俺はまだ…食べたいんだ…食べ…たいんだぁああッ!!」
叫んだ男が両手の指先を平行にしたかと思えばそれが鋭く尖って刃の様に変化する。それを振り上げた状態から蘭へ襲い掛かると左右の手を何度も何度も振り下ろして攻撃を仕掛けて来た。
対する蘭はそれを刃で弾きながら応戦し弾き返していくと反撃し弾いたと同時に右へ勢い良く刃を水平に振り抜いて斬り裂いた直後に幾度か攻め立てたが空を切る音と共に全て躱されてしまった。
「…ちッ!!」
「残念、外れだよ…ひひひひッ…外れ、外れぇえッ!!」
蘭はそのまま正面で刀を持つ形で身構え、
深呼吸してから相手の出方を伺う。次に男が仕掛けて来るタイミングで斬り捨てるつもりでいた。
「諦めて…俺に……俺にぃ…喰われろぉおおッ!!」
「喰われて…なるものか!!」
男が急に駆け出して蘭と擦れ違う直後に右手を刺突の状態で突き出すと蘭もまた刃を右側へ水平に保ったまま駆け出し、同時に擦れ違った。
直後に男の腹部からブシュウウッ!!と赤い血飛沫が地面を汚していくその一方で蘭の右腕からも着ていた制服がワイシャツごと裂けて血が滲んでいた。
「ぎゃぁあああああぁッ!!お、俺のぉ…俺の腹がぁッ…!?」
「く…ッ…!」
男が斬られた脇腹を抑えながら蘭の方へ振り返った時、彼女は彼との距離を縮めていて刃を頭上へ振り上げていた最中だった。
「──はぁあぁッ!!」
肝心な防御は間に合わず、頭の頂点から股下へ掛けて刃が振り下ろされると彼は悲鳴さえ上げぬまま真っ二つに斬り裂かれて背中から地面へ倒れてしまった。やがて血溜まりが出来上がる頃には彼の姿は完全に消えていた。
「…終わり。」
刃を下ろし、血を払ってから納刀すると
刀袋へそれを戻す。踵を返して学校へと向かう最中に彼女が先程受けた右腕の傷が自然と治癒し、あっという間に塞がってしまった。
まるで何事も無かったかの様に蘭は人混みに紛れて歩いて行った。
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謎の怪異との戦闘により午前中の2限目に到着出来た筈がいつの間にか昼休みになっていた。
周囲の生徒達は各々が家から持って来た弁当や購買で買って来たパン等を友人達と食べたり、雑談をしたりと賑やかな雰囲気に包まれている。そこへ彼女の友人である真希が来て蘭の方を見ながら話し出した。
「らーん、今日も午後から?」
「...うん。お家の手伝い、学校には事情を話してるから大丈夫。」
「確か蘭の家って神社だっけ?」
「...土御門神社。でもそんなに大した場所じゃないよ。」
「そんな事ないって、確か縁結びとかで有名な神社でしょ?ニュースとかSNSで凄い有名だもん。参拝したら良い事有るって結構評判だし!」
「...私としては複雑な気分。」
蘭は溜め息をつくと真希は苦笑いしていた。
それから2人は他のグループと混ざる形で教室の床に座って同じ様に食事を始めたが蘭は家から持って来た弁当には殆ど手を付けなかった。それもその筈、あんな思いをしたのだから尚の事箸が進まない。それと同時に自然と考え事をし始めていた。
(...何故、昼間から怪異が?それにあの様子……どう見ても異常だった。)
気掛かりなのは男が口にしていた「腹が減った」というワード。それが単に人を喰らうという事を意味しているのは明白なのだが誰が何の為にしているのかは解らない。
「おーい、らーん!ちょっと...聞いてるの?ねぇ蘭ってば!!」
「...?ごめん、何?」
「制服、腕の所破れてるよ?」
蘭は思い出した様に制服の右側、二の腕辺りが破れている事に気付くとそれを触って確かめていた。
「...近道した時に木か何かに引っ掛けちゃったみたい。フェンスの下とかくぐったりしたから。」
「あはは、蘭も小学生みたいな事するんだね?後で弥生に頼んでみようよ、縫ってくれるかも。」
本名、
食事を終えてから2人は弥生の居るであろう家庭科室へと向い、ドアを開けると案の定そこに弥生が居た。黒色の丁寧に切り揃えた前髪と背中の中程まで伸びた後ろ髪は艶が有る。
幼さが僅かに残る顔立ちも相まって、何処か日本人形を彷彿とさせる様な雰囲気が有った。
「いらっしゃい。何か用?」
「...制服とワイシャツを縫って欲しい。腕の所が破れちゃったから。」
「解った、少し待ってて。」
弥生は裁縫道具を取り出して準備している間に蘭は制服とワイシャツをそれぞれ脱いでテーブルの上に置く。念の為にと真希が入口の窓付きのドアへ布を掛けて外から見えない様にした。白い肌に加えて白いブラを付けた状態で蘭は椅子に腰掛け、その様子を見守っていた。
「何したの?切れたというか...何かに引き裂かれたみたいになってるけど。」
「...急いでた。近道した時に引っ掛けちゃって。」
「そっか...。実は学校近くにあるビルの中に会社が入ってるんだけど...そこの人が全員消えたってニュースが速報で携帯に入ってたから心配してたの。」
会社の人が全員消えたというのは蘭からすれば初耳。自分が斬ったあの男もサラリーマンが着る様なスーツを着ていた事を思い出していた。
「...人が消えた?」
「今日の朝、8時半頃だったかな...とある会社の中に居た人が全員消えたんだって。受付の人も、清掃員の人も全員。辺りは血塗れだったらしいよ。」
「...。」
蘭は無言で小さく頷いた時、真希がニヤニヤしながら後ろから来ると蘭の肩を両手で掴んで「わッ!」と声を出した。
「...な、なに?」
「えへへ、蘭はこういう話苦手かなぁーって思って♪︎」
「...脅かさないで。別に怖くなんてないから。」
「ホントにー?実はビビってんじゃないの?」
真希がニヤニヤと笑いながら揶揄っていると「出来たよ」と弥生が一言だけ告げる。制服とワイシャツの破れた箇所は丁寧に補修されていて、目立たない様になっていた。受け取った蘭はその場に立ち上がってワイシャツ、制服の順に着ていくと最後にピンで留めるタイプの紺色のリボンをワイシャツの首元へ嵌めた。
「...ありがとう、弥生。」
「どういたしまして。」
弥生が微笑んだ時に家庭科室の壁に備わっている放送器具から校内放送が流れた。
例の事件の影響からか午後の授業が無くなったという旨の話が男性教師からされ、呉々も寄り道せず帰宅する様にと告げられて放送が切れる。放送が終わると真希は何処か嬉しそうにしていた。
「ラッキー、直ぐ帰れるじゃん!良かったぁ...実は昨日の数学の宿題やってなくて。
オマケに担当がさ、妙に変な所に厳しい山田じゃん?居残りさせられるの嫌だから助かったよ。」
「...けど、どのみち私に見せてもらう気だったでしょう?」
ジロっと蘭が真希の方を見つめると彼女は苦笑いしながら誤魔化していた。
「あはは...それより2人とも早く戻ろ?ほらほら、早くしないと担任に怒られんぞ?」
「誤魔化したね、蘭ちゃん。」
「...うん、誤魔化した。」
弥生と蘭は口を揃えて呟くと3人は家庭科室を後にし、各々の教室へと戻って行った。
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「へぇー、午前上がりねぇ。やっぱり例の事件の影響?」
「そうッス。まぁ...今日は7限まで授業だったから気持ちとしては楽ですけどね。」
剣介と蘭の2人は椿の居る事務所へ顔を出していた。というのも、学校から出た直後に【非常招集!】というメッセージが送られて来た為。
剣介はソファへ腰掛けながら黒い肘掛け付きの椅子に腰掛けている椿と話をしていた。
「神楽弥ぁー、どんな感じよ?」
「今の段階ではピタリと収まってる。今朝、蘭さんが斬ったっていう変な男が原因...なのかも?」
剣介が斬ったという単語に反応し振り返った。
「斬った?...何処の誰を?」
「蘭さんが今朝、登校中に出会したんですよ。話によると相手はサラリーマンの男の人で腹が減ったと連呼しながら突然襲い掛かって来たそうで。」
「そうなのか?土御門。」
剣介が神楽弥の付近に居た蘭へ話を振ると彼女は無言で小さく頷く。一方の椿は机の上に置かれていた円形のカップからスティック状のスナック菓子を右手の指先で摘むとそれを引き上げて揺らして見せた。
「腹が減ったら手当り次第に貪り食う...か。まるで餓鬼だね、こりゃ。」
「あの椿さん、そのガキ...って何スか?」
「餓鬼っていうのは確か仏教の世界の1つ、六道に出て来る餓鬼道っていう場所に居る存在でね...常に飢えや渇きに襲われ、例え食べ物を口にしようとしてもそれが炎に変わってしまう。永遠に空腹の満たされない妖怪、それが餓鬼さ。」
「な、成程...結構リアルっスね...。」
「とは言え...タチが悪いのは確かだねぇ。食べるのが普通の食い物じゃなくて生きた人間と来てるから尚の事。」
彼女はスナック菓子を半分齧ると音を立てながらそれを口の中で噛み砕いて飲み込んだ。
「でも...相手の目星が付いてないならこっちも動けないんじゃ?」
「問題はそこなんだよ。でもまぁ1体屠られたんだ、向こうも何かしらの手段は取るだろうね...それに放っといて今日みたいな事になるのは尚更厄介。という事で蘭と剣介君は街の方に見回りへ行って頂戴。時間帯は...今日の深夜0時頃ね?蘭もそれで良い?」
椿は微笑みながら剣介を半分になったスナック菓子で指し示すと彼は思わず2度見していた。
一方の蘭は彼女の言葉に対し無言で頷いた。
「よ、夜中ぁ!?だって俺達、明日も学校有るんスよ!?」
「ざーんねん!これは室長命令、だから拒否権なーし!!」
ニィイッと白い歯を見せて椿が笑うと剣介は溜め息をついた。顔のルックスも身体のスタイル
も良いのだが椿の性格だけは世の男性からすれば受け入れる事は難しいのは明白。
本人はそこまで気に止めていないだろうが。
こうして蘭と剣介は夜中に駅で待ち合わせる事を決め、事務所を後にした。
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そこは古い日本家屋の中だった。
木目調の床に対し、廊下には赤い行灯が左右に並んでいて辺りを照らしていた。
その建物の中にある一室、そこは牡丹や大輪菊等の草花を描いた柄と共に赤い色をした場所で襖や戸も全て赤く染められている。
部屋の真ん中では牡丹の柄が入った黒い着物を着ている女性が畳の床へ座った状態から右手に持つ煙管を口で咥え、それをふうっと吹かすと白い煙が立ち昇った。彼女の見た目は黒く伸びた長い髪と丁寧に切り揃えられた前髪、そして薄い黄金色をした切長の瞳。彼女の容姿は誰がどう見ても美人そのものだった。
すると和室の戸が開いては顔を黒い布で隠した頭から爪先まで全身黒づくめの人物が入って来る。その人物は軽く会釈し、彼女へ何かの報告を行った。
「......そうか、奴等との接触は叶ったか。ならそれは好都合だ。お互い良好な関係を築こうではないか...我々は陰で人間共を喰らい、彼等は我々の存在を隠し通す。何れは我々が表舞台に立つ日も来るかもしれぬな。」
一言、彼女が「下がって良い」と話し掛けると相手は会釈しその場を去った。
彼は数多存在する黒子という1人でこの屋敷に居る殆どの者が黒子達である。そして彼女の名は
赤い着物を着ていて、黒い髪を肩辺りで切り揃えていた。その瞳は正気がなく何処か虚ろだった。
「伶香...?」
「起きたな...良く眠れたか?」
「うん...眠れたよ......。夢で男の人に会った。私に優しくしてくれて、私の手を握ってくれた......でも誰なのか思い出せない...でも、会った事が有る様な気がするの。」
「ふむ...そうか。起きて早々、申し訳ないが仕事だ......カオル。」
「解った...何をすれば良い?」
「そうさな...知世の話によれば我々の同胞を狩る者が居るそうだ......奴等の監視を頼みたい。お前には期待しているぞ...ヒトの身で在りながら魍魎の巫女となったお前にな?」
手招きしカオルという少女を近くへ呼んでは
煙管を灰皿に置いてから彼女を自身の左側へ座らせるとその頭を撫で始める。
伶香という女性はまるで我が子を愛でる母親の様な笑みを浮かべながら暫くはカオルへ寄り添い続けていた。
誰も知らない暗闇の中、静かにその企みと思惑は動き始めている事を人々はまだ知らない。
(つづく)
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