第2話 「アセンション」
アラリック大陸の広大な地の底、誰にも忘れ去られた棺の中で、一人の男が横たわっていた。彼の心は許されざる思考の渦に囚われていた。
「俺はどこで間違えた?」
その問いは、古の裁きの間で響き渡る永遠の反響のように彼の意識を蝕んでいた。棺の重い蓋の下、かつては天界の樹の枝のように誇らしかった彼の角は、今や灰となり、失われた魔力の名残を残すのみ。星の中心のように白かった髪は泥と乾いた血に絡まり、その惨劇の過去を物語っていた。
グレイは震える手を棺の蓋に伸ばした。押し開けると、その動きの音が彼を包む暗闇に反響した。外の世界は、彼が閉じ込められていた二千年の間に何一つ変わることなく闇に沈んでいた。深く息を吸い込むと、彼の体は漂う魔力の粒子を吸収し始めた。それは、絶望の空虚に射し込む小さな希望の光のようだった。やがて彼は体を起こし、骸骨のように痩せ細った姿が時間の残酷さを物語っていた。
「竜神の姿を取り戻すには、どれほどかかるだろう…」
彼の声はわずかに響く囁きで、影に吸い込まれるように消えた。弱々しい足で立ち上がり、辺りを見回す。
「ここはどこだ?この場所…魔力が濃すぎる。洞窟か?いや、広すぎる。」
彼は進み始めた。一歩一歩が疲れ切った体には挑戦だった。目的もなく、ただ魔力の流れに導かれるまま、その微かな輝きが暗い道を照らしていた。思考の波が荒れ狂う海のように彼を襲った。
「なぜこんな仕打ちを受けた?友と呼んだ者たちが、なぜ…?」
答えのないまま、彼は進み続けた。記憶の断片が頭を混乱させながらも。
やがて、薄い光が現れた。それはオレンジと赤の間で揺らめく炎のようだった。グレイは立ち止まり、目を細めてその光を見つめた。その暖かさが彼の青白い顔を照らし、まるで竜の吐息のような熱が彼を焼き尽くすかのようだった。
「光…?」
彼が近づくにつれ、空気は重く熱を帯び、周囲を覆う炎の息吹が彼を包んだ。
「これは…火山か?」
彼の前には巨大な炎と岩の山がそびえ立ち、溶岩の川が深い谷に流れ込んでいた。それは地球そのものが怒りを吐き出しているかのようだった。山頂には、小柄だが威圧感のある人物が燃え上がる槌を持って立っていた。その光が彼の厳しい顔立ちを浮かび上がらせた。彼は縮れた髭を揺らしながら、狡猾で厳粛な目でグレイを見つめていた。
そのドワーフは力強い足取りで降りてきた。彼が槌を地面に落とすと、轟音が洞窟全体に響き渡った。彼はグレイをじっくりと見上げ、やがて口を開いた。
「お前、腹が減っているようだな。」
その声は岩そのもののように低くて荒々しかった。
「ここで待っていろ。何か持ってきてやる。ただし動くな。この場所で迷えば二度と戻れない。」
グレイは混乱しながらも頷いた。その間、ドワーフは山頂に戻り、再び槌を振るい始めた。その音は希望の呼び声のように洞窟に響き渡り、闇の中に新たな歌を奏でていた。
彼は歩き始めた。運命が導くままに。誰であれ、その自由への道を阻む者がいるなら、その瞳は挑むように鋭く輝いていた。
---
(エルフの森)
賢者たちに「永遠樹の王国」と呼ばれるその場所は、比類なき壮麗さと神秘に包まれている。そこでは魔法と自然が、神々の手によって織り成された古のタペストリーのように絡み合っているのだ。
魔力は目に見えぬ川のように流れ、大地の灼熱の核から直接放たれている。森にそびえ立つ巨木たちは、塔ほどの太さを誇る幹を持ち、その枝葉は星々に触れんばかりに空高く伸びている。その巨木の中や高みにはエルフたちの住処がある。単なる建造物ではない。自然と調和し、共存する生きた芸術作品なのだ。
エルフの民は尖った耳と鋭い目を持ち、アラリックで最も優れた狩人として知られている。その美しくも無慈悲な領域は厳しく守られ、神聖な地を冒す者は滅多に生還しない。しかし、非凡なる美しさに祝福された者には、「魔力の道」と呼ばれる隠された道が開かれ、森の中心部が姿を現すという。そこにはエレノア・アスター、エルフの女王の居城がそびえ立っている。
その宮殿は生きているかのように、巨大な木々の幹や枝の間に形作られており、迷宮のような構造を持つ。宮殿の廊下や部屋は木々を貫き、内部には女王の壮麗な宮廷だけでなく、彼女が平等を信じる信念から、様々な種族間の不和を断固として裁いてきた牢獄までもが隠されている。
エレノア・アスターは、その揺るぎない正義感と、アラリックに住む全ての種族間の調和への愛で知られているが、差別には容赦しない。その罰は厳しく、平和を乱す者には逃れられない宿命が待ち受ける。彼女の王国では美もまた崇高な理想とされている。森の奥深くには「生命の樹」と呼ばれる伝説的な木があり、大地の核に最も近い場所にそびえ立っている。その傍らにある湖は、肉体と精神を再生する力を持ち、その水で浄められた肌は生まれたての赤子のように清らかになると言われている。この神聖で畏怖すべき森は、勇敢な者、あるいは無謀な者がその心臓部に挑むことを待っているのだ。
グレイは魔力の道を進んでいた。緑の巨人たちの間を歩むその姿は、孤独な幽霊のようだった。かつて彼を形作った美しさは今もなお宿っていたが、それは長い監禁生活の重みによって薄れ、影を帯びていた。骨と皮ばかりに痩せ細った体は、彼の不死の力と森に満ちる濃密な魔力の流れによって、少しずつ再生しつつあった。弱々しい姿でありながら、その存在感は未だに圧倒的だった。草むらから彼を狙っていた狼たちでさえ、その威圧感に圧され、かすかなうめき声を残して森の奥へと消え去っていった。
小さな妖精や蝶たちが彼の周囲を飛び回り、銀と金の糸のような光の跡を残していく。グレイは視線を道に固定した。足元に浮かぶ光の点と、魔力の波が織りなす軌跡が彼を導いていた。森全体が生きているようで、その呼吸するようなエネルギーが彼自身の内なる力と共鳴していた。
「この道は、あとどれほど続くのだ?」
彼は葉のささやきの中で、かすかに呟いた。背中から鞭のような形状の剣を引き抜くと、その重みのある刃が地面を滑るように動いた。
「洞窟を出たら、この剣の力を解放する必要があると言っていたな。以前と同じように応えてくれるか、試してみるか。」
それは、突然起きた。彼の目の前で世界が砕け散り、まるで鏡のひび割れの隙間から別の現実が覗いているかのようだった。虚無そのものが裂け、強力な魔法の幕が解けると、高空に浮かぶ村が姿を現した。
卓越した技術で建てられた家々は、永遠の森の果実のように木々から吊り下がり、精巧に作られた高く壮麗な橋が住居を繋いでいた。その橋は、エルフの技の粋を語るかのように幻想的な輝きを放っていた。村の住人であるエルフたちは、澄んだ瞳と優雅な動きで、果実や布、香辛料の入った籠を運びながら橋を渡っていく。その周りでは、子供たちが超自然的な軽やかさで枝から枝へと跳ね回り、遊びに夢中になっていた。
だが、彼らの視線がグレイに向けられた瞬間、村の静けさは破られた。
「止まれ!それ以上進むな!」
複数の衛兵が叫び、鋭く整った動作で槍を構え、彼を取り囲んだ。
グレイは深く息を吸い、乱れる心臓の鼓動を抑えながら、ゆっくりと慎重に剣を鞘に収めた。
「名を名乗れ!」
槍を構えた衛兵の中でも一際威厳を感じさせる男が、刃のように鋭い視線を向けて命じた。
グレイは状況の微妙さを理解していた。本当の名前を明かせば、すぐさまエレノアのもとへ連れて行かれる可能性が高い。だが、彼はその対面に向き合う準備がまだ整っていなかった。そこで、簡単な偽名を選んだ。
「ニコ。ニコ・クーレストだ。」
衛兵たちは疑いの目を交わしながらも、視線を彼から離さなかった。その一方で、その姿勢から微かな戸惑いを感じ取ることができた。槍で背を押される形で、グレイは歩かざるを得なかった。
「これは計算外だな…」
心の中でそう呟きながらも、彼は自分から従う方が、戦うよりも、あるいは魔法の保護が彼の正体を露呈させる危険を冒すよりも良いと判断した。
連れて行かれた巨大な木の内部は薄暗く、古びた蝋燭の微かな光と、漂うように浮かぶ呪文による弱々しい炎が空間を照らしていた。石と木で作られた部屋の中央には、疲れた表情の衛兵が待ち受けており、厳しい目つきで彼を睨みつけた。
「どこから来た?」
その男は冷たい声で問いかけた。
「ここにいる者のようには見えないな。痩せこけているじゃないか。まるで洞窟から這い出してきたようだ。お前は鉱夫か?」
グレイは慎重に間を取り、言葉を選んだ。この場での一言一言が運命を左右することを理解していた。そして、ようやく顔を上げ、薄い笑みを浮かべながら答えた。
「人間だ。確かに洞窟から出てきたばかりだが、鉱夫じゃない。俺は探検家だ。洞窟や森を調査するのが仕事で…」
「探検家が何かくらい分かっている。」
衛兵は彼の言葉を遮り、目を細めた。
「どうやってここを見つけた?一人で来たのか?仲間がいるなら名前を言え。嘘をつけば、後悔することになるぞ。」
グレイは溜息をつきながら「詮索好きな奴だ」と心の中で呟いた。そして背筋を伸ばし、落ち着いた声で答えた。
「分からない。ただ偶然辿り着いただけだ。最初は今と同じくらい迷っていた。だが、混乱すら取り調べを免れる理由にはならないらしい。俺は一人だ。共にいるのは剣と影だけだ。」
衛兵は疑念の目を向けながら隣の衛兵に何かを耳打ちした。彼は無言で部屋を出ていき、しばらくして戻ってくると短く頷いた。
「お前を解放するが、監視は続ける。一つでも怪しい行動を取れば、それが最後だ。若そうに見えるが、問題を起こすなよ。」
グレイは感謝を示すために軽く頭を下げ、木の内部から外へ出た。「若そう」という言葉に微かな皮肉を感じながらも、その言葉にほのかな慰めを覚えた。「このやつれた体でも、俺の顔は当時のままか…」彼は薄く笑みを浮かべながらそう考えた。
「再会にしては質問が多すぎるんじゃないか?」
グレイは皮肉を込めて答え、数メートル先に立つエレノアを見つめながら続けた。
「魔法陣を封じていた力が解けたようだな。どうして…?」
エレノアはその言葉を遮るように、流れるような動きで立ち上がった。
「なるほど。」
彼女はため息をつき、腕を組んでから冷徹な目で彼を見た。
「ロバートがあの魔法陣を強化するのを忘れるなんて。私がやるべきだった。」
彼女はグレイを上から下までじろじろと見つめ、冷たい目を向けた。
「弱ったわね。」
グレイは軽く頭を振りながら乾いた笑いを漏らした。
「まあ、二千年も閉じ込められてたんじゃ、体調を保つのが最善とは言えないからな。」
そして少しの間、黙ってから問いかけた。
「でも、エレノア、どうして俺は閉じ込められたんだ?誰かが取引でも持ちかけたのか?」
エレノアはその場で一回転し、木々が巨人のように立ち並ぶ景色を見渡しながら背を向けた。
「説明しても、あなたには分からないわ。」
彼女は再び振り返り、指先をグレイの首に向けると、氷のように鋭い目を彼に向けた。
「答えなさい。ここで何をしている?変なことをしないで。しないなら、殺すわよ。」
グレイは両手を上げ、冷静さを示す仕草をした。
「落ち着いてくれ。戦いに来たわけじゃない。答えを探しに来たんだ。」
彼は一瞬目を伏せた後、再び彼女の目を見つめた。
「君を探しに来たんだ、でもこんなに早く会うことになるとは思ってなかった。そして…ここは一体何なんだ?」
エレノアはゆっくりと手を下ろしたが、表情は依然として硬かった。
「私の家よ。レイノルドやロバートの汚い世界から遠く離れた場所。戦争の後、ほとんどのエルフたちがここに避難して、この大陸を自分たちのものにしたの。」
「それに問題があるのか?」
「ない。ただ、ちょっと気になっただけだ。こんなにも魔力に満ちた森を避難場所に選ぶとは思わなかった。君の魔力なら、他に何もいらないだろう?」
エレノアはほんの少しの笑い声を漏らしたが、そこにはユーモアは感じられなかった。
「私の人々は弱かった。あの戦争、覚えていないの?守らなきゃいけなかったし、皆の核を進化させるためにチャンスを活かさなきゃならなかった。」
彼女は再び腕を組み、今度はさらに強い口調で言った。
「でも、無駄話はここまでにしよう、グレイ。何を答えを求めているんだ?はっきり言いなさい。私は推測に時間を使いたくない。」
グレイは深く息を吸い込んだ。
「ただ、どうして俺が閉じ込められたのか知りたいだけだ。それがすべてだ。」
彼の声には、冷静さが失われ、抑えきれない怒りが滲み出てきた。
「説明を受けるに値するだろ。」
エレノアは彼をじっと見つめ、その目に動じることなく、静かに答えた。
「言ったでしょ、分からないって。あなたは混血、つまり人間とドラゴンの血を引く者。確かに異常だけど、同時に完璧な存在でもある。あなたの力と知恵は私たちを遥かに超えている。正直、あなたがまだその答えを知らないことに驚いているわ。」
その言葉が終わると、重苦しい沈黙が支配した。まるで、森そのものが息を潜めているかのようだった。グレイは目を逸らし、思考が地下の根のように絡まり合うのを感じていた。「どうして?何をしたって言うんだ?」
彼はかつてリーダーとして、忠実な仲間として、守護者として過ごした日々を思い出していた。どれだけ多くのものを犠牲にし、どれだけ献身的に彼らを守ったか。それでも…
その沈黙を破ったのは、エレノアだった。
「もういいわ。今度こそ、私が始末しないといけない。」
彼女は冷徹な視線でグレイを見つめながら、冷ややかな口調で言った。
「抵抗しても無駄よ。素早く、そして正確に終わらせる。」
「何を言って…」
グレイが言い終わる前に、エレノアは片手を上げ、指先から魔力を帯びた蔓が飛び出した。グレイは本能的に反応し、剣を抜いてその攻撃を華麗に弾いた。しかし、エレノアはその隙を見逃さず、圧倒的な速度で距離を詰め、一瞬で彼の腹部に蹴りを放った。風を巻き起こし、彼を近くの木へと吹き飛ばした。
グレイは地面に倒れ込み、息を荒げながら鋭い痛みが胸を貫くのを感じた。
「前よりも強くなったな…」
彼は言葉を絞り出し、苦しそうに息をついた。
「それに、その戦い方…魔法と格闘技の組み合わせだな。見覚えがない。誰に教わった?」
エレノアは冷静に歩み寄り、まるで獲物を狙う獣のように近づいてきた。
「私が女王ごっこしてたと思ってるの?」
彼女は軽蔑の眼差しで言った。
「私は訓練してた。みんなそうしてた。技術を磨き、魔力の核を強化し、今日はその成果を見せるために準備をしてきたの。」
彼女はグレイを見下ろしながら、口調を強めた。
「もしお前が逃げたなら、迎え撃たなければならないと分かっていた。」
グレイは咳き込み、血が口からこぼれた。蹴りの衝撃が予想以上のダメージを与えていた。
「くそ…どうして?」
彼は血のにじむ口元から、わずかに怒りと痛みを込めて呟いた。
「誰が背後にいる?」
エレノアは答えなかった。代わりに、彼女は手を伸ばし、その指先から鋭い刃が現れ、光り輝きながら致命的な輝きを放った。
「もう話さないで。終わらせる時よ。」
彼女はグレイの目を見据え、刃を彼の目の前に突きつけながら言った。
「心配しないで。あなたを助けた者を見つけて、破壊してやる。」
エレノアは正確に腕を振り上げ、その金属の刃が死を告げるように輝いた。グレイの頭を貫こうとした瞬間、突然強烈な光が彼の上に現れ、空間を白く眩い輝きで満たした。エレノアは驚き、目を細めながら何が起こっているのか理解しようとした。
「これは…何だ!?」と彼女は叫び、明らかな困惑を見せながら一歩後退した。
本能的に、彼女はその光のバリアを破ろうとし、手をその中に突き出した。しかし、指がその放射線に触れた瞬間、耐えがたい痛みが全身を走った。彼女の唇からはかすかな悲鳴が漏れ、急いで手を引っ込めながら、自分の肌が不可能なはずの火傷で赤くなっていくのを信じられない思いで見つめた。
その間、グレイは光の中で膝をついて弱まり、混乱していた。光は彼を包み込むようにして、まるで彼を要求するかのように深く浸透していった。攻撃と疲労で壊れた彼の体は、予期しない形で反応していた。彼を辛うじて支えていた不死性が、あの未知のエネルギーに支配されようとしていた。
「何が…起こっているんだ?」とグレイは呟き、光が内部から彼を消し去るように感じていた。
エレノアは目の前の光景を受け入れられず、絶望的な怒りを込めて魔法を唱えた。彼女の周囲には浮かぶルーンと円が現れ、次々と呪文が放たれ、あの現象を解こうと試みた。しかし、光に触れるたびにその魔法は消え去り、まるで光が彼女の力を侮辱するかのように簡単に吸い込んでいった。
「あり得ない!こんなことが…!」と彼女は怒りに満ちた声で叫んだ。
その時、彼女の目の前でグレイの体がゆっくりと消え始めた。最初に手足が、小さな光の粒子に溶け込み、次に胴体、そして最後に顔が消えていった。グレイは、もはやそこにはいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます