イニシエーションとフロンティア―side earth―
浦里凡能文書会社
第1話 50年後
2074年、シベリア。
無人の荒野であった。周囲何十キロ四方に渡って、ただなだらかな起伏や、所々に木々が固まって生えているのみで、その他には何も無い。だが遥かな上空から見下ろせば、大地の中に一本の道が走っているのが見えるはずである。
それは6車線の大広規格ハイウェイであった。そこを無数の自動車が走っていく。その中の一台に三人の親子の姿があった。
「本当にこんな所に街があるの?」
「もうすぐ見えてくるわよ」
それは母親と七歳の娘と五歳の息子であった。誰もハンドルを握っていない。既に完璧かつ安全な自動操縦技術が実現されている。
「……見えた!」
子供達が指差した先には、何と突然、この荒野の真ん中に雲突くばかりの摩天楼郡がそびえ立っているのが見えた。その裾野には低層建築が広がり、まるで荒野の海原に浮かぶ島のようだ。
「あそこにお父さん居るんだね」
「ええ、そうよ」
「楽しみだなぁ~」
50年前、誰が予想できただろう。この何も無い荒野の真ん中に、このような大都市が出現するなどとは……。
世界連邦ユーラシア極東部州。この時代のこの辺りはそんな行政区名で呼ばれていた。20世紀末に端を発し、21世紀に入って更に発達の速度を増した情報通信ネットワークは、驚くべき勢いで全世界を覆い尽くしていった。
世界の方々に仲間を増やしたいという人間本来の原始的な本能に後押しされて。
「本当にこのままで良いのか?」「行き過ぎではないのか」という声もあったが、理性の声は人類の原始的本能の前に、あまりにも無力であった……。
国家という枠は急速に重要度を失っていき、様々な経緯の後、遂に世界連邦の成立に至った。行政区分は単に地域ごとに区分けされていった(もちろん、その過程でもまた色々ごたつき、そう簡単にはいかなかったのだが)。
情報ネットワークの他にもう一つ、このいわば「新時代」とでも言うべきものの到来を後押ししたものがある。それは地球の急速な温暖化であった。
21世紀後半の今や、かつての温帯はもはや亜熱帯、今の温帯はかつて亜寒帯と呼ばれていた地帯の事であった。
激しく荒ぶり変動する大自然の前に、既存の文明社会は無力……とまでは言わないが、何やかやと後手に回りがち。現在発生している事態に対して対策が出来た頃には、もう別の対策が必要な事態が発生している、といった具合。終わりが見えない。無力感。最後はもう殆ど放心状態だった。
結局の所、既存の社会、制度、価値観では、この急速な諸変化に対応しきれない、付いていけない、という結論に達した。
各方面で急速に新しい体制の構築、社会の再編が進んだ。
こんな混乱期も21世紀中頃には落ち着き、言わば新しい時代への体制が整う。以後、約300年に渡って続く地球人類の繁栄の基礎が、この頃に整った。
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