第197話 使節団

 一夜が明けた後、聖都シルバエルの大門から出立した使節団があった。

その一団を率いるのは、小柄な二つの影である。

馬に乗って颯爽と駆けていくのは、カドラス家のシオンとユミルである。

良く似た金髪を翻して馬を駆る彼らは現在、エルフェスへの伝令の任を負っていた。

シオンは柔らかく微笑み、隣を行くユミルに目を配った。


「どうですか、ユミル様。乗り心地は」

「はい、問題ありません!それより胸が踊ります!

久しぶりに外に出られるのも嬉しいですし……何より聖者様とお会いできるなんて、本当に楽しみです!」


「そうでしょうとも。それに思い切り馬を走らせるなど、魔の月間はできませんでしたからね。

ですがこれも正式な任務、浮かれず気をつけて参りましょう」


「はい、勿論ですシオン!」

そう溌剌と笑ったユミルが再び口を開いたのは、それから大分進んでのことだった。


「……それにしても最近は、聖者様のことで持ち切りですよね。

聖者様は、やはり特別な御方なのですね。

あんな恐ろしい竜を成敗してしまわれるなんて。

それに出現時も、吼えたのが白竜であると、即座に看破なさったのでしょう?

伝説の魔獣の声など、まさか誰も知らぬはずなのに……」


「そうですねえ。

ですが、私は些かあの方が心配です。

何もかもお一人で抱え込むところがおありですから、お傍の勇者殿が上手く支えて下されば良いのですが……」


 シオンは言いながら、僅かに顔を曇らせた。

かつて聖者に付き従った、けして長くはない月日。

そして起きたとある一件、それによる解任の流れを思い出し、胸中に不安が広がる。

許されるならば、今この時もついていて差し上げたかったとそう思う。


「…………」


 隣を走るユミルに気付かれないよう、一瞬後方に視線を送る。

走ってきた方角に――聖都に、思いを馳せる。

ユミルはその間にも、興奮気味に言葉を綴った。


「麗しき御遣いということは前から承知していましたけれど、まさかそんなに凄い方だなんて思いもしませんでした。

シオンは聖者様に仕えていたのでしょう?

聖者様について知っていること、何でも教えて下さい!!」

「……ええ、それは構いません。

ですが……恥ずかしながら、私などに語れることは多くありませんよ。

以前お仕えしていた頃から、殆どお心の内を零さぬ方で……

私からあれこれ聞き出すよりも、御本人に聞いてみると良いでしょう。

あの方のことですから、ユミル様を蔑ろにされたりはしますまい」


「そうですか……そうですね!

何にせよ、聖者様は凄い方です。

竜を打ち払い、かの『黎明』のように教団領をお救い下さった。

僕もいつか、勇者殿にも負けないほど強くなって、聖者様のお役に立ちたいです!」


 幼い甥は溌剌と笑う。

それにシオンの心は明るくなった。

そうだ、新たな年は始まったばかりなのだ。

それも、竜の打倒という素晴らしい形で――何にせよ、今はそれを喜ぶべきだろう。


「……ええ、はい。そうですね、ユミル様。

そのためにもこれから一層励みましょう。

鍛錬は己を裏切りません」

「はい!何よりもまず己を鍛える、ですね!!

それこそ竜だって倒せるくらい、カドラスの名に恥ずかしくないくらいになってみせます!!」


 朝日は眩い光を降り注いで、天の高みに昇っていく。

魔の月を越え、壁の外の世界は柔らかい春の光に満ちている。

金髪の少年は未来の不安など跳ね除けるように、明るい笑顔を浮かべて見せた。


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