第24話 大司教と枢機卿

二人して連れ立ち、ラザンがいるという場所へ向かう。

行き先は小高い丘の上に佇む、教団に占拠された城館だった。

恐らくエレラフでも最上級の箱物だ。

教徒の間を抜けて真っ直ぐに向かう。

中に入るまでもなく、庭先で何やら語らっているのが見えた。


大司教だけかと思えば、そこには枢機卿もいた。

鎮圧を始めてから既に三日目、そのたった三日でエレラフの八割以上が既に制圧されていた。

カドラス大司教はまるで疲れた気配もなく、ルダクも変わりない様子で笑みを浮かべている。

そこにエルクとの経験の差が見て取れた。


(それはそうか。歴戦の教徒だ、こんなこと、慣れきってなければ逆におかしい)


わざと足音を立てて見張りに近寄り、使いになってもらう。

すぐに許可が出たので指揮者たちに、非礼にならない程度に足早に歩み寄った。


「来たか、シノレ。まあ寄ると良い」

「ほほ、ご苦労様ですな。

こうして五体満足で再会できて嬉しいですぞ。

それでこそ神に選ばれた御方です。エルク様も、お怪我のないようで何より」

「――……」


エルクは、無言で会釈を返した。

それから再開された話に耳を傾けるに、どうやらこれからの意向について話し合っていたらしかった。

立ち尽くしたシノレからさっさと目を離し、続きを話し始める。


「こちらでは思いの外抵抗が激しく、捕らえられた数は微々たるものでした。

捕らえた者共はルダク様にお預けしますので、宜しくお取り計らいを願います」


「ええ、任されましょうぞ。

ラザン殿は良く励んで下さった。流石は武勇の誉れ高きカドラス……

そしてここからは我らの領分です」

「頼もしい限り、やはりルダク様とご一緒できて良かった。

して、逆徒どもの篩分けの進捗は如何でしょうか」

「抜かりなく。

騎士団領から身代金を取れそうな者は既に隔離しております。

後は奴隷ですな、特に粗悪な物はヴェンリル家へ送るか、それも駄目なら楽団へ売り払うしかないでしょうが」

「しかしあんな健康状態ではなあ……楽団の連中に買い叩かれそうな気が致します」

「始末が目的なのですから問題ないでしょう」


気分の悪くなるような会話が次々と飛び交っていく。

エルクの様子を見兼ねてつい、教徒はまだましだなどとほざいた自分が馬鹿だった。

表情には出さずに、シノレは痛烈に後悔する。


(結局どこも本質は同じだ。楽団も、教団も……)


奴隷階級は、この世界の人間の最下層だ。

人ではなく物品として酷使される存在。

主人の意向のままに仕え、何の対価も報酬もない。

強いて言えば生存を許されることくらいだろうか。

そして同じ奴隷と結ばれ、生まれた子もまた奴隷となり、そうして数は維持される。

殊にその売買が盛んなのは、どんなものにも値がつく、「何でも」扱う楽団だ。

楽団領には最大規模の市場が存在し、大陸の奴隷は多くがそこで売買されている。


その存在の位置づけも、土地によって様々だ。

楽団は住人の殆どが奴隷と言って良いが、そうでない者との境目は曖昧で、運と実力次第で何処まででも成り上がる目はある。

一時栄華を謳歌した者が翌日には奴隷に落ち、更にその翌日に返り咲いているなんてことも少なくはない。

医師団は奴隷とそうでない者の線引が明白で、一度奴隷になれば脱却することは困難だ。

騎士団はそもそも奴隷制を忌み嫌うため、奴隷の売買に一切関わっておらず、それもまた衰退の一因であると聞く。

場所によっては奴隷同然の暮らしを強いられている者はいるだろうが、身分としての奴隷は存在しない。

そして教団はどうかと言えば、こちらには奴隷というものが確かに存在する。

扱いは医師団領のそれに近く、特定の主を持つ者もあれば、開発や発掘などの過酷な労働が課されることもあると聞く。

また、教団の奴隷は基本的に受洗を許されておらず、故に教主の庇護下には入れず人間扱いもされない存在だった。

今回の鎮圧で駆り出された中にも、半分以上は奴隷が含まれている。


だがシノレは今回聖都シルバエルを出るまで、奴隷など見る機会もなかった。

何しろシルバエルの大神殿には、例外一人を除いて奴隷はいない。

あそこは最下級の下働きであろうと、血統書付きの教徒でなければ務まらないのだ。

教団の本拠地、心臓部である以上妙な者は入れられないという考えの元、血筋や後ろ盾などの条件を満たさなければ入れないようになっている。

雑用として大神殿でこき使われている者たちも、殆どは地元に戻れば傅かれる身分であろう。


「教団領に留める者共も、引き離した上で各々励んでもらうとしましょう。

先だってシュデース家から、所轄の鉱山発掘の人手が足りないとの申し立てもございましたし」


そうしている間にも、自分抜きで進んでいく流れに戸惑う。

いや、それ自体に別に否やはないのだが、結局自分は何のために呼びつけられたのだろうか。

正直忍び足で帰りたいが、それをすると後々碌でもないことになるのは目に見えていた。

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