第6話 使徒家

使徒家は教祖ワーレンに付き従った使徒たちの末裔であり、教団の教えを広めることを使命とする家系だ。


代々教主を輩出するワーレンを筆頭に、

ザーリアー、カドラス、セヴレイル、ラークエル、シュデース、ヴェンリル、ポレキアの八家が、初代使徒の子孫を名乗っている。


代々教徒として教団に所属する家系の中でもこれらは使徒八家と呼ばれ、別格扱いされる。


八家はそれぞれの役割分担があるが、同じ使徒家でも得手不得手や勢力関係、派閥が存在する。

例えばシュデース家は一度本家が絶えており、使徒家の中では比較的地位が低いらしい。

それでも、他の教徒の家系とは比べものにならないが。


シノレからすれば基本関係のないことだ。

関係ある時があるとすればそれこそ――シノレの後見と言うべき聖者への見方について、それくらいだろう。

この場には聖者に懐疑的、もっと言えば敵対的な家柄の者はいない。

まあ家の方針と個々人の感情が必ずしも結びつくわけではないようなので、それぞれの感情については分からないが。

シノレはそこまで見て取り、一度場に意識を戻した。


戸口から見て最も奥、つまり上座に座す老人――セヴレイル枢機卿が筆頭指揮官であろう。

ゆっくりと顔を上げ、残る指揮者に上座から順に全員に挨拶していく。



「セヴレイル枢機卿、この度随行の任を受け、皆様にお供することとなりました。

未熟者でありますが、どうぞ宜しく御導き下さい」


「うむ。期待しておりますぞ。あまり気負わぬようにな」


最初に挨拶した相手は五十半ばほどの、すっかり髪に霜の降りた細面の老人だった。

刻まれた皺は深いものの、往時はさぞかし優美な美男であっただろうと偲ばせる、品のある面差しをしている。

物言いは誰に対しても丁重で優しげだが、同時に妙に底知れないものを感じさせる老人だった。

確か分家の元当主、現長老だったと思うが、名前がどうしても思い出せない。

内心で首をひねりつつ、次に奥に座る人物に声をかけた。


「カドラス大司教、ご無沙汰しております。今回は宜しくお願い致します」

「ああ。あれから半年になるか。

早いものだ、貴様も初陣に臨む時が来たのだな」


カドラス大司教は三十に入ったばかり、明るい金髪に褐色の瞳をした、体格の良い男だった。

ゆとりのある法衣越しにも、全身無駄なく鍛えられていることが分かる。

使徒家特有の苛烈さと尊大さは拭えないものの、その矜持に裏打ちされた寛大さもあった。

この半年間で何度か、気まぐれに稽古をつけてもらったこともある。この教団では比較的、相対的な視点から見ての話だが、それなりに気さくで友好的と言える人物だ。


この大司教に限らずカドラス家の者は武力行使を専門とする家柄故か、あまり陰険な小細工を仕掛けてくることはない。

……可能性は無に近かっただろうが、今回の指揮官がヴェンリル家でなくて本当に良かったと思う。


「ワーレン司教も、どうか宜しくお願い致します。

まだ半年の未熟者ですが、最大限教徒の義務を果たす所存です」


続いて挨拶したのは、銀髪に鳶色の瞳をした華奢な少年だった。

年の頃は十五に届くかどうか、恐らくシノレと同じくらいだろう。

きちんと装ってはいるが、重々しい正装がまだ肩に馴染んでいないような、そんな印象を受ける。

だからといってその幼さに同情する者はいないだろう。

この時代は悠長な子供時代などどの階層にも存在せず、十代で実戦に出ることなど普通だった。


この少年は現時点での位こそこの中で最も低いが、その出自は使徒家の頂点、ワーレン家だ。

それも末端の血筋ではなく本家筋である。

機嫌を損ねればえらいことになると、順番は最後に回しながらも精一杯礼儀正しく挨拶したのだが。


「………………はい」


返事はたっぷりと間を取ってからの一言だけだった。

暫し待ってみたが、それ以上は返ってこない。これは、敵視されているということなのだろうか。

いつ頃まで待つべきか、不興を買わない切り上げ時を見計らっていると、カドラス大司教が口を挟んできた。


「シノレよ、貴様はこの日までよくよく励んできたか?

聖なる教えを罰当たりどもに伝える覚悟はできておるのか?」


「はい。こうしてこの日を迎えられましたこと、何もかも神と猊下の恩寵であると心得ております。

非才の身でありますが、御恩をお返しできるよう努めます」


「ああ、貴様にはこれを機に教団の為、本格的に戦ってもらうことになるだろう。

尤も此度は鎮圧であるし、聖者様の手前酷使するつもりはないがな」


「恐れ入ります。

ですが僕の働きが要る時は、どうぞ何なりとお申し付け下さい。

猊下の御為に、命を賭して戦う覚悟はできております」


「それには及ばぬ。

率先して戦い死ぬるは雑兵どもの役目。

奴らの代わりは幾らでもいるが我らはそうではない。

貴様は下賤の出自とはいえ聖者様に選ばれた者、故に使徒家に次いで価値が高い。

いざとなれば兵卒を盾に使うことを躊躇うなよ」


……恐らくは、良かれと思って言っているのだろうその言葉を、シノレは曖昧な笑みで濁すしかなかった。


使徒家のお偉方の言葉を否定するなど以ての外、かといって追従すれば使徒家でもないのに何様だと周囲に叩かれるのだ。

理不尽である。

ここは噂話が広がるのが早いので、隙は見せないに越したことはなかった。

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