第2話 動乱の予兆
かつてのこの地を統べたレテウ王国。
その王都シルバエルを中心とする一帯は、現在は教団によって統治されている。
その本部の一施設、通称「信心の館」。
シノレに与えられたのはその片隅の最も小さな部屋だが、故郷の住まいとは文字通り天と地の差だった。
その廊下を抜けて食堂へ向かう。
教団の施設は白が基調だ。壁も床も柱も調度も、全てが白い。影がやたらと目立つ空間は、落ち着かない気分にさせられる。
入った途端、再び視線が突き刺さった。
構わず適当な席に着席し、食事が届くのを待つ。
辺りは食器の音や話し声でざわついていた。
いつもならば当てこすりを言いに来る暇人の一人や二人はいるのだが、今日は誰も近づいて来ない。
やはりいつもと違うと身構える。
自分とは無関係のことか、それとも。
耳をそばだてて周囲を探るシノレに、誰かの声が聞こえてきた。
「また反乱があったらしい」
「罰当たりどもが蜂起して、恩寵の増加を訴えているそうだ」
「何処でだ」
「エレラフだそうだ」
「あの不心得者ども……猊下の慈悲を賜っておきながら」
「恩寵が乏しいのなど当然ではないか。我らの神を拒み反抗したのだから」
(ああ、そういうことか……それならこの雰囲気も納得いく。僕には関係ないだろうけど)
シノレは新参であるので、教団の事情に精通しているわけではない。
代々の教徒からすれば余所者の新参者で、場合によってはある種の厄介者ですらあるので、親しい相手はいないし所謂派閥にも属していない。
それでも半年教育を受け、合間に聞こえてくる囁きに耳を向ければ、大凡の背景は分かってくるものだ。
(エレラフか、気の毒に。……人の心配できるほどの余裕はないけれど)
物思いに耽っている内に朝食が届いていたらしく、数枚の皿が並べられていた。
食前の祈りを捧げ、シノレも朝食を摂ることにした。
作法を身につけるまでは大変だったが、今ではまごつくこともない。
鍛錬の内容も考慮した豪勢な食事だ。深皿に満たされた豆のスープ。麦粥とパン。焼いた鳥肉に魚の燻製、添えられた塩漬けの野菜。
食べれば腹が満ちる、こんな食事が毎食用意される。
呆れるほどの大盤振る舞いだ。
それもこれも聖者の予言故と思えば、そこは感謝しなければならないのだろう。
シノレはここで初めて、満腹になる幸福を知った。
(――妙なものが盛られていなければ、もっと嬉しかったんだけどなあ)
不意に湧き上がった感情を噛み殺し、朝食を咀嚼する。何であれ、食べなければ体が保たない。
この後教練を受けるのだから尚更だ。
最近は鍛錬と並行して叙階の準備が始まっている。半年で一通り、最低限のことは叩き込まれ、叙階までにこれまで学んだことを総ざらいする予定だった。
学習や教練を受けたのは単に聖者の従者として仕えるためであり、聖者の傍にいい加減な者は置いておけないからだった。
(聖者、か)
何度か会ったその姿を、苦々しさとともに思い出す。シノレを見出した者。人生を変えた相手。
この食事を始め、それによって恩恵を受けてきた。それを否定するつもりはないし、何なら感謝せずにいられなかったことも少なくないが、しかし一方で思うところが多々あることも事実だった。
少なくとも一部の教徒たちのように、あれのために喜んで命を擲とうという気分にはなれそうもない。
だが、とにかくシノレが食うものに困らぬ生活をし、毎日毎日しごかれているのも、全てはその聖者の役に立つためというわけなのだった。
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