第44話 打ち解ける三人

 持久走をはじめてから五時間くらいが経った。体力に余裕はあるけど、さすがにトイレに行きたくなってきているので、そろそろ止めたいと思い始めていた。クラスメイトも寧音と蒼以外は帰ってしまった。さすがに、そこまで長い間私を待ってくれる程の関係は築けていない。寧ろ、寧音と蒼が待ってくれている方が驚きだった。まぁ、寧音は一回着替えに行っているから制服になって携帯を弄っているけど。蒼の方は、地面に座ってジッとこっちを見ていた。師匠よりも猫っぽい。


「そこまで!」


 西宮先生の前まで来たところで、西宮先生に止められた。


「さすがに、これ以上は長すぎるから記録は五時間以上で距離は一〇〇キロ以上」

「もう少し速くても良かったわね」

「まぁ、体力的に余裕はあるけど……って、そうじゃなかった! 先生! 私、トイレに行って来る!」

「はい。いってらっしゃい」


 のんびり話している場合じゃない事を思い出して、すぐにトイレに駆け込んだ。そして、トイレから戻ってくると、西宮先生と寧音、蒼が集まっていた。何かを一緒に見ているみたいだ。


「何見てるの?」

「水琴の体力測定の結果。オール十ってヤバくない?」

「運動は好きだし得意だからね。寧音と蒼は?」

「私は大体五から上って感じ」

「私は九」


 寧音は平均的な感じで、蒼は運動が得意という事もあって九ばかりみたい。


「オール十は珍しいかな。私が学生だった時に一人いたけど」

「えっ!? 先生が学生の時にもいたの!? てか、先生の学生時代に興味ある!」


 西宮先生の学生時代にも私と同じようにオール十を取った人がいたらしい。珍しいってくらいだから、その人の時からはあまり出ていないのかな。

 それはさておき、寧音は西宮先生の学生時代エピソードを知りたくて先生に詰め寄っていた。蒼は興味なさげに私の隣に移動してくる。先生はあまり学生時代の話をしたくないのか、若干嫌そうな顔をしてから手を鳴らした。


「はい! とにかく今日は解散。長い時間お疲れ様。記録は私も取っておいたから、その紙は持って帰って。それじゃあ、寮まで気を付けて帰ってね」


 西宮先生は早口でそう言うと、すぐに校舎の方に戻って行った。先生を逃がした寧音は指ならして悔しがっていた。


「ちっ……逃がした」

「あまり先生を困らせないようにしないと成績下げられるかもよ」

「公私混同反対!」

「どちらかと言うと、寧音が悪いように思えるけど」

「ん」


 これには蒼も同意していた。西宮先生が困っていたからかな。


「でも、先生の学生時代って興味ない?」

「まぁ……なくはないけど」

「でしょ!? 先生の恋愛事情とか全部聞き出したいもんね!」

「う~ん……恋愛事情かぁ……そういうのは同年代の方が楽しいんじゃない?」

「じゃあ、水琴は?」


 矛先が私の方に向いてきた。このままはぐらかした方が突っつかれると思うので、正直に答えるために少し考える。


「私は……今はないかな。蒼は?」

「ない」

「寧音は?」

「私もないなぁ……クラスメイトはガキばっかだし」

「あぁ……それは分かるかも」


 さっきの持久走で男子達のアホさ加減は理解出来た。それを考えると、あのクラスメイトの男子達を恋愛の対象に入れたくないのも分かる。


「今まで良い人は?」

「私は、中学もここだったからなぁ……大体似たように見えるんだよね。水琴は?」

「う~ん……惹かれる人はいなかったかなぁ。周りでイケメンだって騒がれている人はいたけど。蒼は?」

「興味ない」

「楽しい恋バナの途中で悪いのだけれど、そろそろ着替えて恋バナは別の場所でしたらどうかしら?」


 師匠が私の頭を上に移動してそう言った。師匠が急に喋ったので、寧音も蒼もきょとんとしていた。


「師匠、良いの?」

「ええ。水琴も早く着替えておきたいでしょう」

「蒼も着替えてないみたいだし、更衣室に行こう」

「あ、うん」

「ん」


 二人を促して一緒に更衣室に行く。寧音は着替えているけど、大人しく付いてきてくれた。そして、更衣室で寧音は師匠の事をジッと見つめていた。


「へぇ~、本当に猫の師匠なんだ。へぇ~」


 師匠が言った通り、喋る猫は珍しいようで、寧音は興味深そうにしていた。蒼も服を着替えながら、ちらちらと師匠を見ている。


「師匠が喋られる事は、あまり言いふらさないでね。面倒くさい事になるかもしれないから」

「だね。そういえば、水琴って寮のどこに住んでるの? 寮の中で見た事ない気がするんだよね」

「私も無い」

「ああ、うん。寮に住んでないしね」

「えっ、そうなの?」

「どこ?」


 私の住んでいる場所の話になったら、蒼も興味津々にこっちを見ていた。でも、着替えを途中で止めてまで聞く姿勢にはならなくていいと思う。上が下着姿のままになっているし。


「茜さんの家に住んでる。茜さんは姉弟子だから、そういう関係で」

「へ?」

「ん?」


 私と茜さんの関係に寧音と蒼はきょとんとしていた。姉弟子という事は師匠が茜さんの師匠って事になるから、そこで混乱しているのだと思う。


「転生し続けているから、弟子が多くいるだけよ。その一人が茜って事ね。その縁で一緒に住むって事になったのよ」

「へぇ~、水琴の師匠って、凄い師匠なんだ」


 寧音はキラキラとした目で私を見ていた。ここで師匠ではなく私の事を見る理由が分からない。師匠が凄いから私も凄いと思われているのかもしれない。


「水琴は、何か特別?」


 蒼が師匠に訊く。


「そうね。ある意味では特別よ」


 師匠と蒼との会話を聞いた寧音が、さらにキラキラした目で見てくる。


「そんな目で見られても、私は何も出来ないよ。皆よりも魔法を習っている期間も短いし、寧音とか蒼の方が色々出来ると思うよ」

「えぇ~……そうなの?」

「そうなの」


 そう言うと、寧音は少しがっかりしていた。正確に言えば、言霊が使えるけど、使ってみてと言われても師匠から禁止されているので使えないし、制御が出来るとも限らないので、あまり人に使えるという事は言わないつもりだ。姉妹弟子なら、相談したりするかもだけど。


「水琴の体力は魔法?」

「いいえ、あれは自前よ」

「化物」

「そうね。化物レベルの体力よ。持久力では勝てないわね」

「修行は?」

「基礎練が主ね。魔力増加は、ずっと続けさせているわ」

「辛い」

「ちゃんとしておくと良いわよ。使える魔力量が増えれば、戦いの幅も広がるわ」

「ん」


 私と寧音が話している間に、師匠と蒼が会話していた。それを見て、寧音が耳打ちしてくる。


「塩谷さんがあんなに話しているの初めて見たかも」

「そうなんだ。私としては、上が下着のままの方が気になってるけど」

「……確かに。水琴の師匠と話すのに夢中なのかな?」

「元々頓着しないタイプとかは?」

「どうだろう? 普段からパンチラしているとかはないけど」

「いや、それは当たり前でしょ」

「ワンチャンそういう人がいるかもしれないじゃん」

「ないないない」

「全部聞こえてる」


 蒼がジト目でこっちを見てそう言ってから、服を着始めた。


「そういえば、塩谷さんって身体が引き締まってるよね。やっぱり身体はいつも鍛えてるの?」


 ここぞとばかりに寧音が蒼に質問した。このタイミングなら色々と話が出来て仲良くなれるかもと思ったのかもしれない。


「蒼で良い。私の家がそういう家だから、小さい頃から鍛えてる。おかげで、背は伸びなかった」

「私も小さいけど、それより小さいしね」

「胸は同じくらい」

「そこは比べる必要ないでしょ」


 自分と私の胸を見比べて蒼が言ったので、蒼の両頬を摘まむ。蒼はされるがままだった。その代わり、視線が寧音の方に向く。


「寧音は大きそう」


 そう言われて寧音の方を向くと、確かに服の下から少し主張しているのが分かる。身近に茜さんという富士山級の人がいるからそれでも小さく見えるけど。


「寧音を脱がす?」

「ん。確認する」

「ちょっと!? 脱がす必要はないでしょ!?」


 ギャーギャー騒いでいると更衣室のドアが開いて人が入ってきた。入ってきたのは、冷音さんだった。冷音さんは、ニコニコと笑顔になっている。ちょっと怖い。


『怒られるわよ』


 師匠が念話でそう言った。


「更衣室であまり騒がないように。外にまで声が聞こえていましたよ?」

「あ、ごめんなさい」

「学校には、男性もいるのですから、大声で今みたいな事を話すのは控えるように」


 思春期だから、ちゃんと配慮するようにって事かな。女子更衣室の前で耳をそばたてる方が悪い気がするけど、ちょっと声が大きくなっていたのは事実なので反省する。

 そして、冷音さんの視線が師匠に向き、師匠となるべく目線を合わせるために、


「師匠も何故注意しなかったのですか?」

「楽しそうで良いじゃない」

「あまり騒ぎすぎるのは良くないと思いますが」

「学校なんてそういうものでしょう」

「そう言われると頷く事しか出来ませんが、大声で話すのは良くないと思います。小声にしろとは言いませんが、声量は普通にした方が良いかと」

「分かったわ。次からは注意する」

「はい。よろしくお願いします」


 冷音さんは師匠の頭を撫でてから立ち上がると、私の頭も撫でてから帰って行った。


「怒られちゃったね」

「いやいや、それよりも南先生も、水琴の姉弟子なの!?」

「え? うん。そうだけど」

「水琴のお師匠さんって、一体何者?」


 寧音が改めて師匠をジッと見る。顔を近づけていたので、師匠による軽い猫パンチを鼻に食らっていた。


「あう……」


 かなり加減されていたけど、寧音は仰け反った。その寧音の頭を踏み台に師匠が私の頭の上に移動すると、そのままポンチョの中に入っていった。


「転生を繰り返しているただの人よ。さっ、そろそろ出るわよ。このまま更衣室にいたら、またビビに怒られるわ」

「ビビ?」

「冷音さんの事だよ」


 聞いた事のない名前が出た事で蒼が首を傾げていたので、蒼に教えてあげた。でも、どこにもそんなあだ名になる要素がないので、さらに混乱していた。


「転生してるから、師匠に弟子入りした時の名前だよ」

「なるほど」

「すご~い! 水琴の将来が楽しみだね! あっ……一箇所は期待出来ないか」

「ね~ね~……!!」


 寧音を追いかけ回していたら、冷音さんが戻って来てもう一度叱られた。さりげなく師匠と蒼が『隠れ蓑』を使って姿を隠して説教を回避していた。最後に冷音さんが、師匠達がいた方を睨んだ気がしたけど、多分気のせいだと思う。

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