第33話 白の君
翌日からは大忙しだった。学校に転校する旨を伝えて、諸々の手続きをしていく。夏休み中なのに対応してくれた先生方には感謝しかない。
それと何故かお父さんが沢山の猫グッズを買ってきた。師匠用のトイレや爪研ぎなどが私の部屋に並べられた。ついでに給餌器とかも置かれる。これらは、茜さんの家に持っていくためにも買ったみたい。師匠は複雑そうな顔をしていたけど、爪研ぎなどをその辺でする訳にもいかないので、お父さんに感謝していた。
その二日後には、魔法の学校の方に行くことになった。手続きの道具を持って、私と師匠だけで向かう。あまり一般の人に場所を知られるわけにはいかないらしく、お母さん達は一緒に行けなかった。迎えてくれたのは、お馴染み茜さんだった。
「政府の方は、まだ魔法を広めようとはしないんですか?」
車の中で暇だったので、ちょっと訊いてみた。
「う~ん……そう簡単にはいかないみたい。魔法の存在を認めてはくれているけど、アレに関してはまだ認めていないような感じ。実際に見るまでは、信じられないかもしれないねぇ」
「そうなんですか。私も見たことはないですけど、本当に危険な存在なんですよね?」
「うん。何百万と犠牲になっているっていうからねぇ」
「実際、全部合わせたら、そのくらいの犠牲者はいるわね。一時期は、人類が滅ぶかもしれないところまで追い詰められたりしたものよ」
「どうやって切り抜けたの?」
そんな状況になったのに、今ではその対象を封印している。どうやったら、そこまで盛り返せたのか気になった。
「何度か死にかけながら追い払ったのよ。アレの目的は人類の滅亡ではなくて捕食だったから、食べにくいと判断して離れてくれたという感じね」
「食べられないと分かったから退散したみたいな感じ?」
「そういう事よ。本当はあの時に倒せればよかったのだけどね。今の魔法使いの中に、私よりも強い魔法使いがいる事を願うばかりね」
「…………ちょっと難しいかもぉ」
当時の師匠がどのくらい強いのかは知らないけど、茜さんがこういうくらいには、桁違いの強さを持っていたのかもしれない。
そんなこんなで、魔法の学校までやって来た。前にも見たことがあるけど、本当に広い場所だ。今度からここに通うとなると、迷子にならないか心配になる。
駐車場に車を止めて、校舎の中に入る。師匠を抱えて、茜さんと一緒に移動していく。やっぱり、ちょっと古めかしい雰囲気が漂っている。見た目がボロボロという訳では無く、そういうデザインなのだと分かる。
前は通った事のない道を通って、どんどん奥へと進んでいく。
「職員室って、こんなに奥にあるんですか?」
「ううん。職員室は、もう少し手前にあったよぉ。今から行くのは、白の君のところだよぉ」
「えっ……師匠はともかく、私も会って良いんですか?」
前から聞いていた話だと、白の君は、かなり偉い人だったはずだ。そんな人と私が会っても良いのか不安になる。
「会っても良いというか、白の君から水琴ちゃんを連れてくるようにって言われたからねぇ。大丈夫。二人きりじゃなくて、師匠も私も冷音ちゃんも一緒だよぉ」
「うぅ……大丈夫かなぁ……?」
「大丈夫よ。白の君は、そこまで怖い方じゃないわ」
二人とも大丈夫というけど、やっぱり偉い人と会うのは緊張する。そのまま進んでいくと、周囲の床、壁、天井が段々と白く染まっていった。そして、その奥に白い扉が現れる。茜さんは、そのままノックもしないで扉を開けた。
一瞬良いのかと思ってしまったけど、その奥にまた扉があったから、二重扉になっていた事が分かった。さすがに、そっちの扉の方はノックしていた。
茜さんがノックした直後、扉が自動的に開いた。その扉の奥には階段があった。少し長い階段を上ると、ようやく広い部屋に出る。その部屋の奥に立っている人とソファに座っている人の二人いた。一人は黒い髪を背中まで伸ばしている綺麗な女性で、もう一人は全てが真っ白な女の子だ。髪、肌、眉、睫、目、唇に至るまで全てが真っ白で、着ている服も白いワンピースだった。
(可愛い。あのワンピースの下も全て真っ白なのかな)
そんな事を考えるけど、さすがにそれを訊くことは出来ない。そこまで恐れ知らずではない。
髪の毛が、床に垂れるまで長いけど、その艶は一切失われておらず、先端まで乱れがなかった。
どちらが冷音さんでどちらが白の君かは一目瞭然だ。
「連れてきたよぉ、白ちゃん」
「ジル……」
「よい。私が許可している」
師匠が苦言を呈そうとしたけど、白の君がそう返していた。白の君から許可を取っていたら、さすがに怒ることも出来ないみたいで、師匠も黙った。というか、白の君の声が思いの外高くて可愛い。
「久しいな。呪いが解けているようで何よりだ。今世の名は?」
「今の私に名はありません。アリスとお呼び下さい」
「最初の身体の名だったな。分かった。冷音、アリスを連れて為すべき事をしろ」
「はい」
冷音さんがこちらに歩いてくる。
「師匠、私についてきてください。少々試したい事が」
「分かったわ」
師匠は私の腕から冷音さんの腕の中に飛び移った。師匠を受け止めた冷音さんが私の耳の傍に口を寄せてきた。
「後で、お話ししましょう」
綺麗な声で囁かれたから、ちょっとだけ心臓が跳ねた。冷音さんは小さく笑うと通り過ぎて部屋を出て行く。先程茜さんが言っていた三人がいるからの二人がいなくなった。一気に不安になっていく。
「茜」
「何?」
「お前も下がれ。二人で話がしたい」
「はぁい。じゃあ、また今度お茶しようね」
「ああ、美味いのを頼む」
茜さんは、私の横を通り過ぎる時にウィンクして、部屋を出て行った。
(茜さんの嘘つき!!)
取り敢えず、心の中で叫んでおく。まさか、向こうから二人きりで話をしたいと言われるとは思わなかった。そもそもそう言われる理由も分からないし。内心あわあわしていると、白の君が私に向かって人差し指を伸ばし、手招きをする。それだけで、私の身体が浮き上がって白の君の方に引き寄せられた。
あまりの事に声すら出ない。無言で立ち尽くしている私を、白の君がジッと見てきた。
「ふむ。魔力は申し分ないが、何かが混ざっているな。アリスとアレの魔力か。馴染んでいるのは、お前自身の身体の性質か。言霊は制御出来ていないようだな。そこは今後アリスがどうにかするだろう。名前は?」
「あ、栗花落水琴です……」
「ん? 緊張でもしているのか? 茜くらい気楽に接しても、私は文句を言わんぞ。懐が大きいと思うかもしれんが、そいつが楽に話せる方が良いというだけだ」
それを懐が大きいと言うのではと思ってしまったけど、取り敢えず言わないでおく。
「ふむ。まずは距離を縮めるところからか。こっちに来て座れ」
白の君が、自分の隣を指さす。
(距離の縮め方が急速すぎる……)
白の君は、ずっと待ち続けるので仕方なく隣に座る。さすがに髪の毛の上に座る事は出来ないので、そこは退かせてもらった。髪の毛は、一度も触った事がないくらいさらさらで、ずっと触っていたいと思ってしまうくらいだった。
「私は、白の君と呼ばれている。見た目が理由だな。最初に付けられた名もホワイトだった。私は生まれてから、すぐに捨てられてな。まぁ、その後運良く拾われ育てられた。養親には感謝している。そして、物心付いた時から魔力を感じる事が出来た。そこから私が特殊な力を使えると気付くまでは時間が掛からなかった。魔法魔術を作りだして広め、多くの者が使えるようになり、使えない者は恐れを抱いた。私が転生している間に、魔法使いへの弾圧が始まり、多くの者が殺された。それから魔法使いは表ではなく裏に生きるようになったわけだ」
唐突な身の上話から、魔法使いの始まりを話されて、私は目を丸くしてしまった。それを見た白の君が不安げな顔になる。
「すまない。茜から、身の上話が最初の話題にちょうど良いこともあると言われて試したのだが、そこまで楽しい話でもなかったな。実は、あまり人と話す事がないんだ。私が魔法使いの祖という事で、ほとんどの者が敬ってくる。おかげで、談笑という経験がほぼない。唯一あるのは、茜とお茶を飲んでいる時くらいだ。あいつは、私でも変わらず接してくれるからな。まぁ、恐らくあいつは妹的な存在だと思っているのだと思うがな」
白の君は寂しげな表情をする。先入観で怖い人と思っていたけど、今はただの女の子にしか見えない。本当は女の子でありたいのに、環境が許してくれないという感じかな。
(もしかして、白の君は友達が欲しかったのかな? 私は、魔法の世界とは別の場所で生きていたから、白の君に対する畏敬の念が薄い。だから、友達になれる可能性があると思って呼んだのかな。知り合いである師匠の弟子なわけだし)
そう思うと、一気に心が軽くなった。多分、師匠から怒られるだろうけど、今の白の君を見ていて、これ以外の判断は出来ない。
「えっと……じゃあ、私と友達になろ?」
「!!」
私の言葉に、目を大きく見開くと柔らかく微笑んだ。
「ああ。よろしく頼む」
白の君はそう言うと、私の手を取った。白の君の手は細く綺麗で滑らかな彫刻のような手をしている。でも、確かに人の温かさというものがあった。
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