第29話 実感の湧かない帰還
穴を通ると、一瞬だけ変な浮遊感がしてから、すぐに地面に足が着いた。ちゃんと踏みしめられる地面だったのだけど、さっきの浮遊感で若干バランスを崩して後ろに倒れてしまう。
「おっと……大丈夫ぅ?」
私に続いて飛び込んできた茜さんの胸に後頭部が沈む。でも、そのおかげで倒れずに済んだ。
「はい。すみません」
「ううん。良いの良いの。それよりも、久しぶりの表世界はどう?」
そう言われて周囲を見回すけど、私には見覚えのない景色なので戻ってきた感じがしない。近くに大きな建物があるけど、それも見覚えはない。
「まだ実感が湧かないです」
「水琴の知っている場所に行けば、実感が湧くと思うわよ。それより、次はどこに行けば良いの?」
「あっ、こっちだよぉ。ここが魔法学校高等部だよぉ」
近くにあった建物が魔法学校だったみたい。かなり大きな建物で、私が知っている学校の敷地面積よりも広い。こんな場所が知られていなかったとは思えない程だ。
「本当に学校なんですか?」
「うん。魔法の訓練だったり色々とするから大きなものになったんだぁ。本当は裏世界に作るって話も出たみたいなんだけど、『
茜さんの案内で、魔法学校高等部の校舎に入っていく。周囲の人からチラチラと見られるから、ちょっと緊張してしまう。
「緊張しないでも大丈夫だよぉ。ほら、手を繋いであげる」
茜さんはそう言って、私の手を取ってくれる。ここの教師をしているという茜さんが傍にいてくれる事もあって、ちょっとだけ安心した。そのままちょっと古めかしい雰囲気の廊下を歩いていくと、一室の前で止まる。そこには、治療室と書かれた札が掛けられていた。
茜さんは、ノックもせずに扉を開ける。
「美玲ちゃ~ん! いるぅ?」
茜さんの後に続いて中に入ると、中には綺麗な金髪と青い瞳をしたスレンダーな女性がいた。白衣を着ているので、この人が美玲さんなのかな。
「茜? 帰ったなら冷音さんのところに行きなさいよ。茜が遅いから、毎日のようにここに来てるんだから」
「冷音ちゃんは後! まだやることがあるしねぇ。その前に、この子を治してあげて欲しいんだぁ」
茜さんがそう言って私を前に出す。美玲さんは、私の事をジッと見ていた。
「その子が例の子? 怪我をしていたなら、遅くなるのも無理はないか。こっちにおいで」
冷音さんが手招きするので、近くに行って椅子に座る。
「ん? 猫を連れていたの? さすがに、ここに……ね……こ……は……」
段々と言葉が途切れ途切れになっていき、冷音さんが師匠の事をじっと見る。
「えっ!? し、師匠!?」
「そうよ。ジルから何も聞いていないのね」
「私が聞いたのは、冷音さんからだし……いや、その前に治療ね。師匠は茜のところにいてください」
「分かったわ」
師匠が私の肩を経由して茜さんの方に飛び乗る。
「怪我は……ん? ああ、なるほどね。ほとんど治療は終わっているけど、跡が残っているって事。それじゃあ、服を脱いでくれる? 茜、鍵を閉めておいて」
「うん」
茜さんが鍵を閉めている間に、服を脱いでいく。診察に必要な事だろうし、恥ずかしがっていたら、治療して貰えない。
「あの鍵は閉めちゃって大丈夫なんですか? 他の生徒さんとかは?」
「ん? 今は夏休みで部活くらいしかしていないから大丈夫。それに、男に下着姿を見られたくないでしょ? 結構可愛らしいのを着けてるのね」
「師匠の手作りです」
「ああ、準備も出来ずに裏世界に飛ばされたから、替えの下着もなかったわけね。それは良いとして、火傷が左肩と腕、両脚。骨折が右脚。その他多数打撲ね。骨折と打撲は大丈夫として、火傷の跡だけ残ったのね。処置をしっかりしてくれたから、これならちゃんと治るよ。ベッドに寝て」
「はい」
言われた通りにベッドに寝ると、美玲さんが薬を持ってきた。
「ちょっと冷たいけど、我慢してね」
「っ!?」
ちょっとどころか保冷剤を急に当てられたかのような冷たさがあった。冷蔵庫にでも保存しておいたのかな。
「今から使うのは、医療魔法の方ね。こっちの薬は、皮膚の再生剤ね。普通に使っても、そこまでの効果はないけれど、魔法と一緒に使う事で色素沈着とかも元通りに出来るの。魔法薬の一種ね」
「道具を使うけど、魔術じゃないんですね」
「医療魔法は、割と特殊な部類になるからね。普通に魔法だけでも治せるけど、こういう薬を使った方が、効率が良いの。それじゃあ、始めるよ。【
美玲さんが魔法を掛けると、薬を塗った部分が緑色に光り出した。同時に、何だか変な感覚がしてくる。痒みにも似た感覚に手を引っ込めたくなるけど、治療中なので我慢し続ける。
「おぉ……偉い偉い。そのままジッとしていてね。茜。この子の魔力は問題なかったの?」
「うん。ここに来るまでに二回確認したけど、深層で混ざっているだけで、身体に大きな影響はないよぉ」
「混ざってるのは、混ざってるのね。まぁ、治癒阻害とかもないし大丈夫そうかな」
下手したら、治療の効果が出ない可能性もあったみたい。それはそれで怖かった。そのまま二分程すると、緑色の光が収まる。最後に、美玲さんが薬を拭ってくれて治療は終わりだ。すると、さっきまであった火傷の跡が綺麗になくなっていた。皮膚の引き攣れ何かも治っている。
「美玲ちゃんなら、薬が無くても出来たんじゃないの?」
「こっちの方が早いの。一瞬で治せるようなものでもないし。はい。服着て良いよ」
「はい。ありがとうございます」
「どういたしまして」
美玲さんにお礼を言ってから、服を着ていく。
「師匠はどうするの? ここに残る?」
「いいえ、水琴に付いていくわ」
「じゃあ、積もる話は、また今度だね。短命の呪いも解けているみたいだし、時間はあるでしょ?」
「そうね。また会いましょう」
師匠と美玲さんは、再開の約束を交わしていた。実際、師匠の短命の呪いは解けているので、会おうと思えばいつでも会える。
「じゃあ、ありがとうね、美玲ちゃん。ここに冷音ちゃんが来たら、水琴ちゃんを家まで送ってるって伝えておいてぇ」
「は~い。気を付けて送りなさいよ」
「分かってるってぇ。じゃあ、水琴ちゃん。行くよぉ」
「はい。今日は、本当にありがとうございました」
「いいえ。師匠の弟子になっているなら、私の妹弟子でもあるわけだし、そんな気にしないで良いから。また今度ね」
「あ、はい。また」
美玲さんと別れて、駐車場の方に向かう。そこで一台の車に乗り込んだ。可愛らしい普通車だ。多分。
助手席に乗ってシートベルトを着用し、師匠を膝に乗せる。久しぶりの文明って感じがする。思わず涙が出そうになったけど、我慢した。
「茜さんの車ですか?」
「うん。中古車だけどねぇ。生活費はカツカツになったけど、絵を描くのに便利なんだよねぇ」
「カツカツ? 茜、あなたは計画性ってものが……」
「さぁ! 出発!」
師匠の小言が始まると思ったのか、即座に大きな声で茜さんがそう言って車を発進させた。しばらく走っていると、何か違和感のようなものを感じた。
「結界ね。認識阻害、害悪感知、害悪遮断が内包されているわね。これで学校の存在をバレないようにしているのね」
「そうだよぉ。こういうのは、白の君が用意したんだぁ。結界の維持も白の君がしてるんだよぉ」
「さすがは、白の君ね。それで、水琴の家まではどのくらいで着くのかしら?」
「一時間も掛からないくらいかなぁ」
「そんな近くに!?」
これには、私も驚いた。だって、車で一時間ないくらいの距離に魔法の学校があったなんて、全然信じられない。
「認識阻害があるから、知らなくても無理ないわ」
「そうなんだ。でも、あそこに通うとしたら、どうやって入れば良いの?」
「私に聞かれても困るわよ。茜、どうするの?」
結界の説明を師匠がしていたから、思わず師匠に訊いてしまったけど、師匠は学校に関わっていないから知っているわけもなかった。
だから、茜さんが答えてくれる。
「基本的に全寮制。だから、結界を越えて通学はしないかなぁ」
「なるほど。あっ、じゃあ、めぐ姉もあそこに?」
「そうだねぇ。中、高、大って一箇所にあるからぁ。ただ、恵ちゃんが今いるかどうかは分からないけどねぇ。連絡忘れてた……」
最後は小さく焦っているような声でそう呟いていた。めぐ姉から引き継いだ捜索だったから、報告はしないといけなかった。多分、後でめぐ姉から怒られるとかがあるのだと思う。
「私が電話しましょうか?」
「……どうしよう。いや、しないよりマシだよね。じゃあ、お願いしようかなぁ」
茜さんが収納魔法から携帯を出して、私に渡した。
(……収納魔法のおかげで、携帯をちゃんと携帯出来そう)
そんな事を考えながら、携帯を操作して連絡先からめぐ姉に掛ける。
『先生!? 帰ってきたんですか!? 水琴は!?』
「あ、めぐ姉? 私。水琴だよ」
『水琴!? ぶ、無事な』
そこで通話が切れた。その理由は、電波とかではなく充電切れだ。
「……充電が切れちゃいました」
「あぁ……もう充電器の充電もないから仕方ないかぁ……これなら恵ちゃんも許してくれるはず!」
茜さんがそう言って安心していると、膝の上で師匠が深々と息を吐いたのが分かった。そんなやり取りをしながら、茜さんの車は走っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます