第23話 それぞれの夜明け

 空が白んでいた。それを見ている私の身体はびしょ濡れで、河川敷に仰向けて流れ着いていた。


(あれ? 私……なんで、こんなところに……)


 記憶が混濁している。黒い狼達と戦った後からの事が上手く思い出せない。ゆっくりと思い出す前に、自分の身体をどうにかする方が先と判断し、這うようにして川から上がる。そして、近くにある木へと背中を預けた


「痛っ……」


 這っている間も痛んでいた右腕を見ると、制服に穴が空いていた。それに、スカートは焼け焦げていて、完全にミニスカートに変わってしまっている。それに、足には火傷の跡があった。

 右腕の方を確認してみると、止血は済んでいるようだけど、何かに噛まれたような跡があった。それを見た事で、何があったのか思い出した。


(あの後、他にも寄ってきた黒い狼達と戦ったんだっけ。炎を受けたり、噛み付かれたりと、かなり激しい戦闘になったけど、何とか勝てたんだよね。でも、その戦いでかなり消耗してしまって、近くにある川に落ちちゃったんだ。そこからは何も思い出せないけど……川を流されている内に気絶したのか。生き残っているのは、本当に運が良かった……)


 喉に痛みが残っているから、言霊も多用していたのかもしれない。それに、一つ大きな問題もあった。


「ここ……どこだろう……? 【方位磁針ほういじしん】」


 居場所は分からないけど、川が流れている方向は分かる。この川は、南東に向かって流れている。つまり、少なくとも東には進んでいる事になる。


「どうしよう……これじゃあ、師匠と合流できないかも……」


 足で移動をしているからこそ、師匠と合流できる可能性があったのに、川に流されてしまった。これでは、師匠との合流は絶望的だ。それこそ、師匠が川沿いに探すか、他の捜索方法を持っていないと可能性はない。


「いや、師匠が東に来てくれている事を祈りながら、東に進もう。ここで西に戻っても合流できるかなんて分からない。またドラゴンに鉢合わせる可能性だってある」


 あのドラゴンに遭遇すれば、今度こそ死んでしまう。それを避けるためには、このまま東に進んで離れるのが良いはず。


「それに、急に西に戻ったら、私の痕跡が変になるはず。このまま東に進んでいった方が師匠も探しやすいはず」


 一度東に向かうって決めたのなら、このまま東に進んだ方が師匠も追い掛けやすいと考えた。もう少し私が進んだ痕跡を残しておいた方が、もっと良いかもしれない。


「何か……そうだ。ブレザーを引っかけておこう。これがあれば、師匠も私がここにいたって分かるはず」


 ブレザーを脱いで木に引っかけておく。幸い、ブレザーが皮膚に癒着しているという事もなかったので、簡単に脱ぐ事が出来た。スカートの方も確認してみるけど、こっちも癒着している感じはない。

 スカートを確認した事で、足の火傷跡が目に付く。


「そういえば、師匠が用意してくれたバッグに軟膏とかないのかな」


 多分、薬の類いも師匠が用意してくれているはずと思い、バッグを探ってみると、いくつかの小瓶が見つかった。小瓶にはタグが付けられている。傷薬と消毒と軟膏などがある。


「あった。軟膏」


 軟膏の小瓶の蓋を開けて中の軟膏を塗る。足と肩の火傷に塗ったところで、バッグと一緒に収納魔法に仕舞って、干し肉を取り出して食べつつ、『冷水れいすい』を飲み水にして食事を済ませる。


「干し肉のストックは、まだある。私一人なら一ヶ月近くは持つはず。食料を調達が必要ないのは有り難いけど、その分リミットが出来る事になる。そこら辺も考えつつ移動しよう。いや、その前に服を乾かそう。【乾燥】」


 服にだけ絞って、『乾燥』を掛ける。水分を含んでいた服が、一気に乾いた。乾いた服を見て、改めて自分の今の服装が際どい事に気付く。


「着替え……いや、ズボンはないし、このまま行こう。食料より服の方が少ないんだから、こっちを節約した方が良いはず」


 誰も見ていないという風に自分に言い聞かせて、東の方角へと進んでいく。足の痛みや火傷の違和感とか色々とあるけれど、先に進まない事には何も変わらない。

 この行動で何かが好転してくれるのを祈るばかりだ。


────────────────────


 水琴が川辺で目を覚ます前日の夜。アリスと茜は、川の近くにいた。水琴がいる場所とは離れた上流にあたる場所だ。そこには、アリスが仕立てた水琴のポンチョが落ちていた。


「水琴!!」


 アリスは大きな声を出して水琴を呼ぶ。しかし、水琴からの返事はない。


「まさか、川に……」

「ポンチョの一部は川に入っていたし、さっきのヘルハウンドとの戦闘で脱げ掛かっていたのが、落ちた拍子にって感じじゃないかなぁ? 今の流れは速いから、相当流されると思うよ」

「そうね……ジル。手掛かりが欲しいわ」

「うん。絵画占いだねぇ? まっかせて!」


 茜は、イーゼルと画材を取り出して、その場に立つ。パレットを手にした茜は、目を瞑って深呼吸をする。何度か深呼吸をした後に、目を開いた。その時の茜の目は虚ろな状態になっていた。先程までの元気の良さが嘘のように鳴りを潜めていた。

 これが絵画占いの初期状態。その状態のまま、茜の身体が動き出す。意識のある人のような動きをしているが、今の茜に絵を描いているという自覚はない。物を探すのであれば、物の姿を。人を探すのであれば、人の姿を思い浮かべる事で、その所在を描くというものだ。

 茜は、自身の弟子である水琴の従姉妹から水琴の写真を見せて貰っているので、水琴に対する絵画占いも使える。

 ただ、この絵画占いは、人の未来や運勢を占うためのもので、所在を導き出すのは、ただの応用方法だった。実際に使う人は少ない。そして、占いというだけあって、当たり外れも存在する。

 茜の場合は、占いの精度は高く、ジルと呼ばれていた時代は、予知能力者とも呼ばれていた程だった。だからこそ、アリスも茜の絵画占いを信用している。

 三十分程掛けて、茜の絵画占いが終わった。トランス状態から帰ってきた茜は、自分の絵を見て眉を顰める。


「微妙……」

「破く前に見せなさい」

「はぁい……」


 茜は、アリスを拾い上げて絵を見せる。茜にとっては、あまり人に見せたくない絵なので、不本意そうな表情をしていたが、アリスは占いの結果を見ないといけないので、心を鬼にしていた。

 描かれた絵は、どこかの川原だった。川のカーブという事も分かるが、それ以外の情報が少ない。奥の方にある山が目印になりそうなくらいだった。


(取り敢えず、川沿いに調べて行くのが良さそうね。この山と川のカーブを目印にすれば、同じ場所を見つける事は出来るはずよね)


 アリスは、茜の絵を収納魔法に仕舞う。


「あっ!」

「これが手掛かりなのだから、破かせるわけないでしょ? それよりも、まだ飛べるかしら?」

「さすがに厳しいかなぁ。魔力が空っぽに近いから。飛べるようになるまで回復するなら、五時間くらい必要になると思うよぉ」

「夜の捜索は賢明じゃないわよね……ここで野営にするわ。テントは?」

「持ってきてない!」


 アリスの確認に、茜は胸を張って答える。それに対して、アリスは呆れた表情になる。


「威張れる事じゃないわよ。私が予備で持っているから、これで寝るわよ」

「はぁい」


 テキパキとテントを設営し、結界の石を置いて眠りにつく。そのまま警報は鳴らずに、朝を迎える事になった。日が昇り始めて一時間程して、アリスが目を覚ます。


「起きなさい」


 茜の顔をアリスが前脚で叩く。小さな衝撃に、茜は瞼を揺らした。


「んぐっ……うぐっ……後一時間……」

「長いわよ」


 最終的に、いつも水琴にしているように茜の顔の上に身体を乗せて起こす事になった。


「んぐぐ……苦しい!!」


 茜が跳ね起きた事で、空中に舞ったアリスは、綺麗に着地する。アリスは、茜が起きた事を確認してから、『流水シャワー』『洗浄ウォッシュ』『乾燥ドライ』で茜を洗う。


「うぼっ……んんっ……ぷはっ……! ありがとう」

「どういたしまして。ほら、早く移動するわよ。準備しなさい」

「はぁい」


 テントを片付けてから、アリス達は昨日同様に茜がアリスを抱えて飛ぶ形で移動を始める。


(水琴……無事でいて……)


 アリスは、心の中でそう願わざるを得なかった。

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