第21話 師匠のいない戦闘
移動始めてから、どのくらい経ったかな。急に視界が揺れたので、大きな木に寄り掛かって休憩する事にした。
「【
しっかりと姿を隠して休憩する。ここが家とは違い安心出来る場所ではない事をちゃんと分かっているからだ。そういう風な考え方出来るというのも、自分の思考が正常に働いているという確認に繋がる。
(くらっときたのは、血を流し過ぎたって事かな。起きた時に血が垂れてきていたし、気絶している間も血は流れたままだったのかも。起きてすぐに確認すべきだったかも。まぁ、そんな余裕はなかったけど)
ちゃんと反省しつつ、収納魔法にある干し肉を取り出して食べる。口に運ぶ動きで『隠れ蓑』が揺れるけど、口に入れて噛んでいる間は『隠れ蓑』が揺れる程の動きにはならないので、その一瞬だけで済む。
(師匠が飛ばされた方角が分かれば、合流も簡単に出来そうなんだけどなぁ。あそこで意識を失ったのが痛いかも。はぁ……こんな事なら、師匠から各地にある家の場所を聞いておくべきだったかな……いや、そもそも裏世界の地図がないから意味ないか)
師匠から裏世界に関する説明を受けていた時も、地図のようなものは見せられなかった。沢山ある本も基本的に英語とかで、日本語のものはなかったので、私には読む事は出来なかったし、その中にも地図は一つもなかった。師匠が生きていた時代にも地図はあるはずだから、そこに普通に置いてあってもおかしくはない。もしかしたら、化物がいたみたいだし、測量も出来ないくらいに危険だったのかもしれない。
(取り敢えず、身体の痛みは治まってきたけど、喉の痛みは続いてる気がする。言霊の反動か……ここまで酷いなら、本当に普段使いは出来ないようなものなのかな。それともドラゴン相手に使ったのが悪かったのかな。効果は出ていたけど、下手したら本当に死ぬし……ここからは使えないかな)
ジッと空を見ていると、少しずつ空がオレンジ色になってきているのが分かる。
(そういえば、今日はお昼に出発したんだっけ。夜になったら、移動は出来ない。もう大丈夫だろうし、今の内に移動しておこう)
立ち上がって自分がふらつかない事を確認する。
「……よし。【
足元に針のないコンパスのような魔法陣が出てくる。針はないけど、東西南北は分かるようになっている。
「東は……あっちか。進んでた方向で合ってる」
東がどの向きか確認を終えたところで、そのまま歩き出す。この間、『探知』を定期的に放って、安全かどうかを確認していく。
そうして歩いていると、段々と空が暗くなっていくのが分かる。今日は、ここで野営かなと思っていると、『探知』が反応する。何度も『探知』を使って、その動きを確認する。
(私の方に来てる。匂いでバレた? という事は、鼻の利く相手って事かな。ここで『隠れ蓑』を使っても、ここまでは来るかな。なら、走って逃げるしかない)
身体強化と部分強化を使って、速度を上げて走る。この走っている間も『探知』は続けて、定期的に相手の位置を確認しておく。追い掛けてきている数は六。そこからさっきのドラゴンではないと分かる。
(全速力で走られないとはいえ、かなりの速度を出しているのに、しっかりと追い掛けてきてる。足自慢の動物って事は、スウォームウルフとかと同じ狼系の動物かな)
まだ本調子になっていないので、いつもみたいな速さでは走ることが出来ない。だから、このまま振り切る事は難しいと分かる。
(迎え撃つしかないのかな)
そんな事を考えていると、急に足が痛んだ。まだ全力疾走は早かったみたい。
「痛っ!」
そのままつんのめって転んでしまう。そのまま受け身を取って、すぐに走ろうとしたけど、ズキッと足首が痛む。捻ったわけじゃないけど、すぐに走るのは難しそうだ。既に、私を追い掛けている動物は、すぐそこまで来ている。
(仕方ない。迎え撃とう)
警戒している私の元に来たのは、黒い狼だった。スウォームウルフとは違う毛色の狼だ。涎を垂らしているところから、相手が飢えている事が分かる。
黒い狼の一匹は、すぐに飛び掛かってきた。それを魔力弾で撃ち落とす。骨がひしゃげるような音が響く。過剰に魔力を乗せた事で魔力弾は、黒い狼には鉄球のようなものになったのだと思う。
その攻防を皮切りに、他の黒い狼達も動き出した。常に動き続けて、私の意識を割いてくる。連携して私を倒すつもりだ。
「【
走り回る黒い狼達の周囲にある木に向かって、『鎌鼬』を放って飛び散る木くずで黒い狼の一匹が一瞬だけ怯む。その隙に、背後から黒い狼が飛び掛かってきた。
「【
私の背後を覆うように『防壁』を張って、黒い狼の攻撃を防ぐ。
「【鎌鼬】!」
同じ木に『鎌鼬』を放ち、さらに木を削る。三分の二程削れたところに、過剰に魔力を込めた魔力弾を撃ち込む。これで木が倒れてくる。その事に気付かずに、私に三匹の黒い狼が飛び掛かってきていた。
「っ……!!」
痛みを無視して、部分強化で脚力を上げて、その場から一気に移動する。私に飛び掛かってきていた三匹の黒い狼が下敷きになる。
「成功……」
これで残るは二匹になる。魔力弾でも過剰に魔力を込めれば骨を折る事は出来るので、そのまま倒せる。でも、残りが二匹になった事で警戒をしている黒い狼に、生半可な攻撃が届くようには思えない。
「【
少し離れていた黒い狼の一匹に尖った石の弾を放つ。黒い狼は、身体を横に移動させる事で避けた。そして、口を開くと魔法陣が現れた。
「なっ!? 魔法!?」
即座に『防壁』を張ろうとしたけど、すぐに黒い炎の球が飛んで来た。詠唱が間に合わないと察した私は、魔力弾を撃って軌道を逸らした。でも、私に当たらないようには出来ず、左肩に命中してしまった。
「熱っ! 【
低温の水を出して燃え上がる左肩を冷やす。普段は飲み水を作り出すための魔法として使われるけど、かなり冷たい水なので冷やすために利用する。
命中した黒い炎により制服の一部が燃えてしまったので、火傷した肩が剥き出しになっていた。頭の中が真っ白になりそうな程の痛みを、歯を食いしばって耐える。痛みのせいで余裕が完全になくなる。
私が負傷したの見て、黒い狼達が襲い掛かってきた。
「【
突っ込んでくる黒い狼達が、私が放った強烈な風で吹っ飛んでいった。一度も使った事のないただの思い付きの魔法だったけど、成功して良かった。
イメージが出来れば、魔法は発動する。だから、思い付きの即席魔法でも発動する事は出来るという事だ。
「【
火で出来た大量の矢を一匹の黒い狼に放つ。体勢を立て直そうとしていた黒い狼に次々に突き刺さって激しく燃え上がった。炎を放ってきたわりに、炎に対する耐性はないらしい。
その間に、もう一匹の黒い狼が消えた。すぐに『探知』で居場所を探すと、背後に回ってきている事が分かった。既に飛びかかれるくらいの距離だったので、咄嗟に部分強化を使いつつ前に向かって跳ぶ。跳躍力が上がっているので、空中で逆さまになりながら、黒い狼に向かって杖を向けて、魔力弾を飛ばす。黒い狼は、走り回って避けていった。
空中で体勢を立て直しつつ着地する。
「痛っ……」
足の痛みは、まだ引いていない。なので、着地の衝撃が痛みとなっていた。私が固まったところに、また黒い炎の球が飛んできた。今度は確実に逸らせるように、多くの魔力を込めた魔力弾で弾く。その黒い炎の球に隠れて、黒い狼が接近してきていた。『探知』を常に使用しているわけじゃないので、これには気付けなかった。
口を大きく開けて、私に噛み付こうとしてきた。
「【止まれ】!!」
思わず、言霊を使ってしまう。黒い狼が空中で静止するけど、さっきみたいな反動は来なかった。
「【鎌鼬】!!」
黒い狼の顔面に『鎌鼬』を放って、その顔を大きく削っていく。顔面を削られた時点で、生物としては生きていけるはずもなく、そのまま黒い狼は死んだ。
「はぁ……はぁ……痛った……」
ついさっきまで気にならなくなっていた左肩の痛みが、また強く出て来た。『冷水』で火傷部分を冷やしていく。あまりの痛みに涙が出て来るけど、取り敢えず冷やし続ける。
「師匠……」
鼻を啜りながら、そう呟く。この裏世界で、師匠がいないという事が、ここまで不安になるものだとは思わなかった。
ちょっとの間、涙を流し続けていたけど涙を拭いて立ち上がる。この場所に居続けたら、血の匂いで寄ってくる動物が出て来る。今の内に距離を取らないといけない。痛む足は走らなければ、大丈夫そうなので前に踏み出す。
普段は、ちゃんと死体の処理をしているけど、今はそんな余裕はない。師匠が生きるために殺すと言っていた理由がよく分かった。
それに、今の戦闘で罪悪感などは出てこない。というか、何も感じていなかった。それが良い事なのかは分からない。でも、今の私には、その事について考えるだけの余裕はない。
暗い夜の森を、『方位磁針』を頼りに歩き続ける。どこかで休むという考えは出ない。テントは持っているし、簡易的な結界を張れる石も持っているけど、それだけで安心出来るような状況じゃなかった。
一刻も早く安心出来る場所に行きたい。その考えだけで、ただただ歩き続ける。
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