第6話「雲隠れ邸」

「朔くんに私たちから提供できるものは衣食住と安定した収入です。」

「おおっ。」


朔は千鶴について、月酔華げっすいかの本部に来ていた。

道中はの術が施されていて、正式な隊員以外は入ることも内部の人間と接触することもできないらしい。


「衣は月酔華で何着か支給されます。食も、本部の食堂が無料で使えたり、給料と初の食費が出たりします。」

「おおおっ。」

「住は、私の恩師が場所を提供してくださっており、『朱雀』のメンバーが使用しています。」

「すざく?」

「月酔華の部隊のことだよ。月酔華は四つの部隊に分れているんだ。

この建物も部隊に分かれて各方位に館が建てられているよ。


 本部の建物は中央が本館の〔麒麟屋敷きりんやしき

 

 北に月酔華の最強戦力が集まる〔玄武館げんぶかん

  

 西に荘厳華麗を信条としている〔白虎館びゃっこかん

 

 東に後方支援及び新人育成を行う〔青龍館せいりゅうかん〕」


「お、覚えきれそうにないッス。」

「ふふ。ゆっくりで大丈夫だよ。そして、ここが〔朱雀館すざくかん〕。

千鶴さん率いる、「朱雀」のメンバーの所有地だよ。」


改めて朔は部屋を見渡す。深みのある、上品な赤を基調としていて、どことなくアンティークな雰囲気が流れている。


「四部隊に所属すると、館の鍵と別館の寮の部屋の鍵が支給されます。」

「え!?じゃあなんで朱雀だけは千鶴さんの恩師の方のところなんですか?」

「昔、文があばr「いやぁ、ちょっと耐震構造がなってなくてねぇ。」


いきなり口を塞がれた千鶴はじとっと文を睨んでいる。


文さんは一体何をしたんだ、と思いながら、千鶴さんて意外と表情豊かだよな、と朔は考えていた。


「コホン。ええと、そのほかに、隊服、各部隊の外套が支給されるよ。」

「ブタイによって、外套が違うんですか?」

「ええ。朱雀は深緋こきひの生地に金の隊章です。」

「玄武が濡羽色ぬればいろに藍色、白虎が月白げっぱく色に朱色、青龍が千歳緑に新橋色の隊章だよ。」

「見たことも聞いたこともない色ばかりです。」

「よくわかるよ。私も入りたての頃は一種の呪文だと思っていたから。」


文は困ったように笑っている。イケメンだ。

とてもこの人が暴れるようには見えない。


「では、朔くんはもちろん入隊させれますよね。書類はこちらです。」

「え⁉︎あ、まだ、心の準備が…。」

「ここまで説明させて何を言うんですか。」

「そうだよ。ひどいねぇ。内部情報ダイブ吐いたってのに。」


文はわざとらしくため息をつく。


「え!?文さん、そんなキャラでしたっけ…?」

「文はこう見えて結構腹黒いですよ。」

「ふふふ。」


朔は、なんだか急に文の笑顔が黒いものに見えてくる気がした。


「じゃ、署名欄はここ。」

「あ、はい……。」


朔は署名欄に「朔」とだけ書いた。


「あれ?朔くん名字は?」

「あぁ、俺、物心つく前から1人だったんで、名字がわからないんですよね…。」

「うーんそっか。まあ、困ることはないからいいや。そのままで。」

「はい。ではハンコ押しますね。これを総頭に提出します。」

「なんというあっさりさ。でもこれで朔くんも安定した収入を得られるよ!」

「あ、俺まだ仕事してるんですけど。」

「……やめたまえ。今すぐ。」


______________________________________


一週間後。

見事に千鶴の口車に乗せられた朔は現在、山の中腹にある、立派な屋敷の前に立っていた。

彼の左頬には大きめの湿布が貼ってある。


コンコン


古代地球の建物を思い出させるような古い木造建築の扉を叩くと、パタパタと足音が聞こえ、ガラガラと音を立てて、扉が開かれた。


「やあ、朔くん。久しぶり。」

「お久しぶりッス!文さん!」

「やだな〜。文さんだなんて。初めて言われるから照れちゃう〜。」


くねくねと体をくねらせる文を軽蔑するようなの眼差しで千鶴も奥から現れた。


「よくきましたね。退職届は大丈夫でしたか?」

「いやぁ、無事では済まなかったッスけど、退職はできましたよ。」

「ああ、だからほっぺ、湿布貼ってるんだ。」

「ああ、まあ。」


ぽりぽりと頭を掻きながら、恥ずかしそうに朔が答えた。


「では、とりあえず入ってください。」


千鶴に促され、朔は建物の中に足を踏み入れた。

建物の中も外と同じく厳かな雰囲気が漂っており、朔は些か恐縮しながら、千鶴と文の案内により、応接室に案内された。


応接室の中には、上品な萱草かんぞう色の着物を着た1人の女性と、散切りのようなおかっぱの性別がどちらとも言えない人族、暖帽のような帽子を被った少年がいた。


「座って、座って〜。」


文が黒ばりの3人がけのソファを朔に進めた。



今、応接室の様子は文の隣に朔、千鶴と並んでその向かいに屋敷の3人が並んで座っている状態である。


両者を挟んだ机には6客の湯呑みが並べられていた。たっぷりと注がれたお茶がふわりと心地よい香りを立てている。


「君が、朔だね?」


頃合いを見て、向かいの女性が話し始めた。

彼女の髪は老婆のように白く、右の顔に火傷を負っていた。


「あ、ハイッ。」

「ふふふ。そんなに畏まらなくていいさ。私は華札黒酢はなふだくろず。」


そこの知れない雰囲気が漂う。見た目だけでは二十代後半から三十代前半にしか見えないが、妙に落ち着いた態度に貫禄を覚えさせた。


「此処。雲隠れ邸の主人だ。」

「雲隠れ?」

「この屋敷のことです。昔は月酔華の休養所や宿泊所としても使われていました。

山の麓からは一切建物の様子が見えませんが、この建物からは麓の町全体を見渡せる、それが由来となってこの名前がつきました。」

「へぇ〜。」


建物全体は随分と古く、千鶴の言う「昔」がどこまでを指すのかは分からない。



「朱雀の面々は主にここで食住を共にしてもらう感じかな。」

「ボクは違うけどね!」


散切りの人が生き生きと話す。


「ああ、この子は紫雨むらさめ時雨しぐれと言ってね。私の弟子だよ。」

「フフン。ボクはチヅルの兄弟子なんだ!」


この人男性なのか、と朔が思っているところにすかさず千鶴が耳打ちする。


「時雨さんは性別不詳です。状況に応じて姉弟子とも言いますよ。」

「えぇ…。」


チラリと時雨を見ると、厚い前髪で隠した目元が不思議と朔を見ているように感じた。

咄嗟に視線をもう1人の少年に移す。


視線に気づいた少年は、飲みかけの湯呑みを置いた。


「僕は五六ふのぼり一二三ひふみだ。朱雀の隊員だが、生憎、非戦闘要員でな。サイバー担当やメカの開発をしてる。朱雀のメンバーは僕の他にもう1人、男がいるぞ。」

「へぇ。今はいないんですか?」

「…タメ口でいい。任務で海外へ出張中だ。もうじき帰ってくるがな。」


薄い髪色に大きな目という見た目に反して低い声と素っ気ない話し方が妙に一二三の存在感を引き立てていた。


「朱雀は私を含めて4人のみです。」

「少ないッスね。」

「朱雀ができたのが最近、4年ほど前だからな。」

「懐かしいねぇ。」

「…そういえば、朔くんは入隊試験を受けてないだろう?」


ふと、黒酢が湯呑みを置いた。


「ええ。」


すかさず千鶴が答える。


「総頭に書類を送って推薦で一次試験を突破させてもらいました。」

「一次試験?」

「月酔華の入隊試験だ。一次と二次で分かれ、一次が書類審査及び筆記試験。二次が実力テストだ。」

「朔くんには二次の実技から受けてもらうことになるね。今から二次は3ヶ月後かな。」


サーッと朔の顔が青ざめる。


「お、俺、戦ったことないッスよ?」

「問題ありません。私と黒酢さんと時雨さんがいます。」

「腕がなるね。」

「ボクに任せたまえ!少年!」


賑やかな日々が幕を開けた。


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