根暗で臆病な後輩は八尺様

ゆめいげつ

プロローグ

「とある少年のエピローグ」

 とある地方都市の外れにある田舎町に、一人の少年がいた。

 その少年には生まれつき、不思議な力を持っていた。

 彼には、他の人には見えない不思議なものが見えていたのである。


 それは幽霊、妖怪といった人ならざる存在。

 物心つく前から身近にあった為、少年にとっては当たり前のことだった。


 ある日、少年が森の中で遊んでいると奇妙な音を耳にする。


『ぽぽ、ぽぽっぽ、ぽ、ぽぽぽ……』


 声にしては無機質で、音にしては違和感があった。

 それにここは森の中である。

 森の中で聞こえるようなものじゃない、不思議な音だった。


『ぽぽ……ぽっ、ぽ……』


 少年は音が聞こえる方に視線を向ける。

 すると、木々の隙間にぼやけた……白い影のようなものを見つけた。

 周囲の育った樹木よりも大きな白い塊が揺れ、深い森の奥へと進んでいく。

 それに少年は興味を惹かれ、早歩きで追いかけだした。


『ぽっ、ぽぽっ、ぽぽぽぽ……』


 近づけば近づくほど、少年はそれが音ではなく声だと理解していく。

 何を言っているかは分からないが、心に直接入り込んでくるような声なのだ。

 だけど何故か、その白い影には追い付けなかった。

 近づけば離れ、近づけば離れていく不思議な体験。

 だけどその声だけはどんどんハッキリと聞こえてくるのだ。

 

『ぽぽぽ、ぽぽぽぽぽぽ……』


 どんどんと森が深まり、周囲は闇に飲まれていく。

 暗い視界の中で、次々に腐った落ち葉を踏む不快感が足に広がった。

 それに気を取られてしまうと前を行く声が小さくなっていく。けれど進めば進むほど、不快感は増していく。

 普通の人ならもう引き返してもおかしくない状況だった。


 しかし、少年はその足を止めなかった。

 まるで誘われているかのように足を進めている。

 もう既に、自分の意志で歩いてはいなかったのだ。


『ぽっ、ぽぽ……』


 そして、その追いかけっこはついに終焉を迎える。

 森が開けた。

 その瞬間に少年の横を風が通り抜け、耳元に囁くような声があった。


『あれ……?』


 そこに、白い塊はいなかった。

 少年が目にしたのは、古びた小さな祠である。

 それは長い年月が過ぎたように朽ちて苔むした、ボロボロの祠だ。


 だけど少年は、この祠に見覚えがあった。

 ボロボロに朽ちているという点を除けば、この祠は森の入り口に建てられていた祠と瓜二つだったのだ。


 少年がこの森に入った時もその横を通り過ぎていた。

 しかし、この祠はボロボロなのだ。


 どうしてだろう?

 そう、少年が首を傾げた時である。


『ぽぽぽ』


 祠と少年を照らしていた月明かりに、影が差した。

 急に暗くなったので少年が振り向くと、そこには――。


『ぽ』


 ――二メートルを超える、巨大な女性がいたのだ。


 その巨体を包むのは純白のワンピース、そして長い黒髪の上にこれまた白の帽子を被っていた。

 存在の全てが、白か黒で成り立っていたのである。


 少年はそんな人ならざる彼女に、一瞬で目を奪われた。

 まるで心臓をギュっと手で掴まれたかのような錯覚に陥り、胸が苦しくなる。

 そして少年が一歩、その巨大な女性に近づいた……その時だった。


『ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ』


 まるでけたたましいサイレンのような言葉にならない叫び声が発せられた。

 風が無いのに木々が揺れ、大気が震えて視界が歪む。

 立っていられるのも精一杯なその状況で、少年が最後に目にしたのは――。


『ぽぽ、ぽぽぽぽぽぽ……』


 ――自分に襲い掛かるように手を伸ばす、巨大な女性の姿だった。


  ◆


「さあ! この巨大な女性の姿をした神秘的な存在は八尺様という怪異である! 我々オカルト研究部はこのような怪異や幽霊、UMAなどを探求し理解する為の崇高な部活なのだ! 不思議なものに興味がある者、霊感がある者、俺のように実際に怪異に出会い呪われた者……千客万来である! さあさあ来たれ、オカルト研究部!」 


 そして、約十年後の現在。

 体育館の壇上に上がった俺はマイク片手に完璧な部活紹介を終わらせた所だった。


 我ながら惚れ惚れする演説である。

 これなら俺しかいないこの部活も、一躍大所帯の一軍部活に……!


「…………」


 ――シーン。


「あれっ?」


 拍手喝采が起きても良い筈なのに、体育館は静寂に包まれていた。

 思わず裏返った俺の声をマイクが拾い、耳障りなハウリングを起こす。


『え、えぇーっと……オカルト研究部の紹介、あ、ありがとうございました……そ、それでは次にサッカー部の部活紹介……お願いします!』


 そこに割って入るように、無情な司会者の声がした。

 そして数にものを言わせてやってきたサッカー部という一軍集団に、俺は壇上を追いやられてしまう。


 こうしてこの俺……風見 蒼介(かざみ あおすけ)の部活動紹介は、空前絶後の大失敗に終わったのだった。

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