第140話 権力者の遊び方

 血飛沫で真っ赤に染まった床に首を斬り落とされた執事の爺さんの死体が転がる。それを見て、ベイジル男爵は下唇を噛み強く拳を握る。


 男爵の様子を流し見で確認した後、俺と同様に攻撃を受けたディアナに声をかける。


 「大丈夫か?」


 「あの程度の攻撃で怪我をするわけがない。それにあの執事の実力では、私を倒すことは不可能だ」


 「それもそうだな。無用な心配だった」


 「ただ…少し心が痛むな。あの執事は心から男爵に忠誠を捧げ、主を守ろうとする勇敢な戦士だった。殺す必要はあったのか?」


 「殺す気概を持って攻撃してきたんだから、容赦なく殺すのは当たり前だろ。それに、本当に立派な人間だったのかも怪しい」


 「どういうことだ?」


 「攫った女を消耗品のように扱う男爵に仕える執事だぞ。長年仕える執事が男爵の悪趣味を把握していないわけがない。奴も同罪の可能性がある」


 「…」


 「あくまで憶測に過ぎない。本当に知らなかった可能性もあるが…運が悪かった」


 俺の言葉を聞いても浮かない顔をするディアナだが、正直それはどうでもいい。


 それより、未だに執事の爺さんの死体を見つめる男爵に意識を切り替えてもらうため、声をかける。


 「ベイジル男爵。悲しみに胸を痛めてるところ悪いが、財産の隠し場所へ案内してくれ」


 「す、すみません。すぐにご案内いたします」


 気を取り直した男爵の後に続く。


 二階の一番奥の部屋で立ち止まり、扉を開けて中に入る。


 窓際に執務机、右側に本棚と骨董品が並び、左側には大きな絵画が飾られていた。


 男爵は執務机や本棚ではなく、大きな絵画が飾られた場所に向かう。


 「アレン様、この絵画を取り外すのに協力して頂けますか?」


 「ディアナ、手伝ってやれ」


 「分かった」


 男爵とディアナが協力して絵画を取り外すと、壁に埋め込まれた大きな金庫があった。


 (絵画の裏に隠す奴が本当にいるんだな)


 そんなことを思っていると、男爵が金庫の鍵を開け中身が見えるように横に立つ。


 「これはまた…凄い量の硬貨だな。目がチカチカする」


 硬貨以外にも俺と同じマジックポーチがあった。そこにもきっと、大量の硬貨が入っていると思うので全て回収する。


 一旦二つのマジックポーチに大量の硬貨を入れ、片方のマジックポーチのみ〈収納の指輪〉に入れる。


 「これで目的は果たせたな」


 「で、では…私を解放して頂けるのでしょうか?」


 「そうだな…」


 落ち着かない様子で俺の返答を待つベイジル男爵。


 こいつももう用済みだなと思いつつ口を開こうとしたが、先に発言したのはディアナだった。


 「ベイジル男爵。貴方の悪趣味の被害者である女性達はどこにいる?」


 俺はてっきり消耗品の女性達がいなくなってしまったから、アレクサンダーの元に来たのだと思っていたが…まだ生きている女性はいるのか。


 「その場所に案内しろ、ベイジル男爵」


 「…分かりました」


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 項垂れ重い足取りで進むベイジル男爵。


 左右の壁に光源用魔道具が設置された階段を下り、地下へと向かう。


 階段を降りている途中から血の匂いと何かが混じった異臭が漂い、ディアナは顔を顰める。


 階段を降りた先にある扉を開けると衣服は綺麗なままだが、虚ろな目で放心した状態の女性が五人ほどいた。


 中央には赤く染まった箇所や黄ばんだ箇所があるベッドがあり、奥の棚には鞭や性処理に用いるであろう玩具が置かれていた。


 「おい! 大丈夫か!?」


 早速ディアナは近くの女性に声をかけ、首筋や太腿、衣服の下にある生々しい傷を見て、苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべる。


 「ベイジル男爵。ここには五人しかいないようだが、アレクサンダーから購入したのはたったの五人だけか?」


 「そ、それは…精神が壊れた者や誤って殺してしまった者は、私兵の二人に処理してもらっていた」


 「例えばどういう風に?」


 「死んでしまった者は狩場で魔物の餌にしたり、精神が壊れた者はスラム街に放置し、浮浪者や犯罪者の慰み者にしていた」


 「なるほど。おおよその被害者の数は分かるか?」


 「分からない」


 わざわざ壊れた玩具の数を把握する意味はないか。


 「先程からディアナが呼びかけても反応がないが、ただ犯しただけではああいう風にならないと思うが?」


 「薬物を使っていたからです」


 「薬物を使って犯すと楽しめるのか?」


 「…薬物を使えば痛みや苦しみは快楽へと変わり、長期間与え続ければ自ら快楽を求めるようになり、私に縋るようなるので」


 「それが愉悦なんだな」


 「…」


 これが権力者の遊び方なのかと、素直に凄いと思った。


 ただ残念なのは、俺は自我が失われ従順になる姿にあまり興奮しないということだ。


 「アレン、ここにいる女性達の怪我を【回復魔法】で治してくれ」


 「却下」


 「何故だ!?」


 「その女性達を助ける意味がない。それに多少俺と付き合いのあるお前なら、俺がここで手を差し伸べるほど善人じゃないのは分かっているはずだ」


 「だが!」


 「いい加減にしろ。この地下から解放されるだけでも十分だろ」


 「それではダメだ!」


 「だから、無理だとーーー」


 「性交渉の勝負は無しでいい。今後、私のことはいつでも抱いて構わない。だから頼む!」


 はぁ…何故ここまで他人のために自分を犠牲にするのか分からないな。


 「その言葉に二言はないな?」


 「勿論だ」


 俺がディアナに対して譲歩した条件ではあったが、ディアナ自ら破棄するようだ。


 「上級治癒ハイヒール


 仕方なくそれぞれの女性の元へ行き、回復して回った。


 

 

 

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