第87話 命懸けの商売

 資料室でDランクダンジョンの詳細を確認し終えた後、ロビーに戻る。


 今の時間帯は冒険者は狩場やダンジョンで活動しているので、暇を持て余している受付嬢達は談笑している。


 なので、談笑している受付嬢の元に向かい、この街のオススメの宿屋を尋ねることにした。


 「すみません、お聞きしたいことがあるのですが」


 「ーーーあ、失礼しました。何をお聞きになりたいのでしょうか?」


 「私はこの街に来たばかりで、オススメの宿屋を教えて頂けませんか?」


 「それでしたら、〈戦士の憩場〉がオススメですよ。場所は冒険者ギルドを出て右に進み、建物を一軒挟んだ二軒目です」


 「ありがとうございます」


 受付嬢に教えられた通り進むと、二軒目の建物の看板に〈戦士の憩場〉と表記されていた。


 扉を開けて中に入ると、テーブルを拭いている女性がいた。女性は扉の音に気づき、こちらに視線を向ける。


 「いらっしゃいませ」


 綺麗な笑顔とともに優しい声で挨拶をする女性。


 黒色の長髪で赤色のバンダナをしており、〈ヴァルダナ〉でお世話になった宿屋の看板娘と同じ服装をしている。


 ただし、ワンピースは黒色でエプロンはバンダナと同じ赤色。


 この女性も今まで出会った女性と同じく容姿端麗なのだが、今まで出会った女性の中では一番胸が大きい。


 胸の谷間に引き寄せられる謎の力に抗い、努めて平静に言葉を返す。


 「私はアレンと申します。冒険者ギルドでオススメの宿屋を聞き、ここに来ました」


 「私はディアナと申します。〈戦士の憩場〉へようこそお越しくださいました」


 両手をエプロンに添えて頭を下げるディアナさん。容姿だけでなくその所作も綺麗で、思わず魅入ってしまった。


 「…宿泊料金や食事について教えてください」


 「かしこまりました。一泊金貨五枚になります。朝、昼、夜と料理を提供することは可能ですが、一食銀貨五枚になります。おかわりは一回銀貨二枚です」


 なるほど。〈ヴァルダナ〉の宿屋よりは宿泊料金が少し高いが、それ以外は変わらない。


 「分かりました。宿泊料金はこの街にいつまで滞在するか分からないので、その都度お支払いします」


 「承知しました。では、お部屋にご案内させて頂きます」


 ディアナさんの後に続き階段を上り、宿泊部屋の前に到着する。


 「この部屋をお使いください。部屋の設備などで分からないことがあれば、いつでもお聞きください」


 「ありがとうございます」


 早速部屋に入り、室内を見て回る。


 部屋の広さやベッドの寝心地、机や椅子の素材、光源用魔道具は〈ヴァルダナ〉の宿屋とは違うが、トイレや浴室は一緒だった。


 「よし! 宿屋も確保したし、これで心置きなくダンジョンに挑戦できるな」


 自室を出て一階に降りると、ディアナさんに「不明な点はございましたか?」と聞かれた。


 特に気になることはなかったので、「問題ありません」と答えて、足早に宿屋を後にした。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 街と同じように頑丈な城壁で囲まれたダンジョン。


 城門の左右には金属製鎧を装備した二人の兵士がいたが、特に身分を確認するなどの手続きはなく、素通りできた。


 百メートルくらい先には円柱の側面を四角形に刳り貫いたようなダンジョンの入口があった。


 入口までは料理を提供している店や武器や防具が売られている店が左右にズラリと並ぶ。


 ちょうどいいので、ダンジョンまで食べ歩きながら向かうことにした。


 「すみません、肉串を三十本ください」


 「さ、三十本!? 本当に三十本も買うのか!?」


 「はい」


 「わ、分かった! 少し待ってくれ」


 おじさんが急ぎつつも丁寧に焼いているのを眺めつつ、気になっていたことを聞いてみることにした。


 「焼きながらでいいので、一つ聞いてもいいですか?」


 「おう、なんだ?」


 「何故、ダンジョンの周囲を街と同じように城壁で囲っているのですか?」


 「ん? 兄ちゃんはここに来るのは初めてか?」


 「そうですね。今日近くの街に来たばかりなので、ダンジョンを見るのも初めてです」


 「なるほどな。この周囲の城壁はダンジョンでスタンピードが起きた際、魔物をここで押し留めるためだ」


 スタンピードか…異世界モノではダンジョン内の魔物が地上に出てきて、街や人を襲う感じだったはずだがーーー


 「そのスタンピードとは何ですか?」


 「ダンジョン内の魔物が暴走し地上に出てきて、近くの村や街、人間を襲うことをスタンピードと言うんだ」


 「それはとても危険ですね。ここで商売をするのも、命懸けじゃないですか?」


 「その通りだ。だが、ダンジョンに挑む冒険者には市内で売るよりも高く売れるから、危険を承知の上でここに店を構える奴は多いんだ。ほれ、できたぞ」


 「ありがとうございます」


 おじさんから肉串三十本を受け取り、支払いを済ませた後、肉串を頬張りながら左右に並ぶ露店に視線を巡らせる。


 三十本全て食べ終える頃にダンジョンの入口前に到着した。


 「ふぅ…よし! 行くぞ!」


 改めて気持ちを引き締めて、ダンジョンの入口を潜った。

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