第三章

第23話 緊急

 「お! あれが[シュペール]か」


 遠目に周囲が柵に囲まれて、入口に武器を所持した見張りがいる、[ハザール]より少し大きい村が見える。


 ここまで街道を我が物顔で歩いてきたが、一度も人間と出会うことはなかった。[ハザール]と[シュペール]の街道を行き交う人は少ないのかもしれない。


 「さて、この村の人達とも交流したい気持ちはあるが…いや、諦めよう。気持ちを切り替えて、新種の魔物を倒しに行くか!」


 街道の左右は木々の距離が少し離れた林に挟まれている。この林の中に猪の魔物や昆虫の魔物がいるのだろう。


 [ハザール]の近くの森よりは動きやすくて、戦いやすそうな印象だ。


 俺は意気揚々と林に向けて一歩を踏み出した。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 村の入口を見張っている二人は視線を少し先の街道上に向けながら話し始める。


 「…お、おい、あれは俺の見間違いか?」


 「いや、お前の見間違いじゃない。俺も長剣を所持したホブゴブリンを確かに見た」


 「街道を挟む森の中にはホブゴブリンもいるが、所持しているのは棍棒だ。長剣を所持しているホブゴブリンなんて聞いたことがないぞ」


 「あぁ、俺もだ」


 「あの林はこの村の冒険者が多く出入りする場所だ。早急に冒険者ギルドに報告するべきだと思うが、どう思う?」


 「そのほうがいいだろう。ここの見張りは俺に任せて、冒険者ギルドに報告してきてくれ」


 「分かった」


 男は武器を所持したまま、冒険者ギルドに向けて駆け出す。


 男が額に汗を滲ませて全力疾走している姿を手を繋いでいる親子や露店で食べ物やアクセサリーを売り出している店主が不思議そうに見つめる。


 男は冒険者ギルドに辿り着くと乱暴に扉を開ける。乱暴に扉を開けて入ってきた男にギルド内にいた受付嬢や冒険者の視線が集まる。


 男はその視線を気にも止めず、受付嬢の元に向かう。


 「緊急の報告だ」


 「…どのような内容でしょうか?」


 「先程、[ハザール]へと向かう街道上に長剣を所持したホブゴブリンが現れた」


 「長剣を所持したホブゴブリンですか…」


 「あぁ、俺ともう一人が確かに見たんだ。そして、そのホブゴブリンはこの村の冒険者が出入りする林の中に入っていった。犠牲者が出る前にと思って、急いで報告しに来たんだ」


 「分かりました。ギルドマスターを呼んできますので、お待ちください」


 「分かった」


 受付嬢はギルドマスターの執務室に向かい、扉をノックする。


 コンコンコン


 「入れ」


 「失礼します」


 「何か用か?」


 「はい。[ハザール]へと向かう街道上に長剣を所持したホブゴブリンが現れたと報告がありました。そのホブゴブリンはこの村の冒険者が出入りする林の中に入っていったそうです」


 「報告してきた者はこの村の者か?」


 「はい」


 「その者はまだいるか?」


 「はい」


 「分かった」


 ギルドマスターは椅子から立ち上がると、受付嬢と一緒に報告してきた者の元へ向かった。


 「早急に報告してくれたこと感謝する。そのホブゴブリンはどちらの林に入っていった?」


 「村の入口から見て左側の林です」


 「そうか。ホブゴブリンが武器を所持するという事例は冒険者ギルドでも把握していないが、そのホブゴブリンが脅威になることはないだろう」


 「それは何故ですか?」


 「ホブゴブリンの所持スキルは【棍棒術】だけだからだ。長剣を所持したところでスキルも技量もない、大振りで力任せな攻撃しかしてこないと予想できる」


 「なるほど」


 「それでも、Gランク冒険者達には危険な相手になるだろう。そこで、Fランク以上の冒険者に向けて緊急討伐依頼を出しておこう。手続きは頼んだぞ」


 「分かりました」


 こうして、ホブゴブリン(転生者)の知らないところで、冒険者達に狙われることになる。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


 俺は軽快に林の中を進んでいた。


 ここにはどのような魔物がいて、ここで自分はどれくらい強くなれるのか、とても楽しみである。


 「グギャ!」


 「お! ホブゴブリン発見! 同族ではあるが、倒させてもらうよ!」


 ホブゴブリンと俺は同時に駆け出し、棍棒と長剣が交差する。ホブゴブリンは棍棒を真っ二つに斬られて驚いている。


 その隙だらけの頸部に向かって長剣を横薙ぎに振るう。ホブゴブリンは頭部と胴体を両断されて絶命した。


 まぁ、ホブゴブリンはゴブリンの頃に何度も討伐したので、ホブゴブリンとなった今では敵ではない。


 死体を放置して進むと、【熱源感知】と【異臭感知】が反応を捉えた。足早にその場所に向かうと、新種の魔物がいた。


 前後に細長い身体は前胸が上に向かって反っており、中脚と後脚で支えられている。前脚は鎌のような形状をしており、容易く獲物を斬り裂けそうなほどに鋭い。


 「元いた世界の蟷螂に酷似した魔物だな。所持スキルは【気配感知】Lv.2だけだな」


 ん? ということは、俺の【気配遮断】はレベル1だから、感知されるということか!


 そして、蟷螂の魔物は俺に向かって襲いかかってきた。


 (敏捷値が高そうだな)


 こちらに向かってくる移動速度を見て、そのように推測する。目前まで迫った蟷螂の魔物は鎌のような前脚を振り下ろす。


 (筋力値も高そうだ)


 長剣で受け止めた感触から、そのように推測し、強引に前脚を押し返す。筋力値は俺のほうが高く、簡単に押し返すことができた。


 一旦、後方に下がり距離を取る。そして、一気に駆け出す。再度、振り下ろされてきた前脚を【跳躍】して躱し、長剣を蟷螂の魔物の頭部に振り下ろす。


 頭部と前胸を少し両断された蟷螂の魔物はそのまま地面に倒れる。


 『【気配感知】Lv.2を獲得しました』


 「よし! 早速、詳細説明を確認しよう」


【気配感知】Lv.2

 周囲で動く生物の気配を感知するスキル。半径10メートル。幸運値+20


 内容は予想通りだな。まだレベルが低く感知範囲は狭いが、今後役立つスキルなのは間違いない。


 俺は次の魔物を求めて走り出した。

 

 


 


 

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