第30話 画策してきた!

「つ、疲れた……」

「どうした貴音。まだ授業もしてないのに」


 授業ブースの机で突っ伏してうなだれていると、後方から肩を叩かれる。

 先日の福田さんからの詰問に命からがら耐えきった俺をどうか褒めて欲しい。

 そんなことを、話題の渦中にある人物になんて言えないけれど。


「……ちょっと精神的に参ったことがあったんですよ」

「ははは~。何があったんだ?」


 誰が! どの口で!

 と物申したい気持ちをぐっとこらえて、森先生の方を振り向く。

 元はと言えばこの人が元凶で……。

 半眼を向けて静かに抗議するも、気付いていないのか嫌な笑み。


「……別に、相談するほどのことじゃないですけど」

「? そうか? なら別に聞かないけど」

「何かあったんですか?」

「! 由衣先生」「おお……ん?」


 軽く濁してその場を収めようとしていたところに、由衣先生がひょこっと現れる。

 顔は明るく、とても純粋な顔で何があったのかを問うてくる。

 森先生に対して「お宅の生徒がウチに来て、恋愛相談してきたんですよねぇ。貴方に対しての」なんて言えたら、俺はどれだけ心が休まることか。

 できるわけがないだろ。


 きょとんとした顔をした由衣先生に、苦笑して目を逸らす。


「ただちょっと、知り合いから恋愛相談を受けて……」

「へぇ……貴音先生はよく受けますね」

「よく……? っていうか二人ともいつの間に下の名前で呼び合ってるんだ?」

「「っ!」」


 無駄に感の良い森先生が、俺と由衣先生に対して疑心を抱く。

 そういうところはもっと別の相手に対して反応してくれ。

 どうにか平穏に、誤解のないような返答を考えていると、由衣先生の方から説明。


「わ、私がお願いしたんです!」

「なぜに……? さては二人付き合って……?」

「(まだ)「違います!」」


 同時に否定。なんか由衣先生はぼそっと言ってたけど……。なんて言ったんだ?

 俺達の言葉に圧倒されて少し引き気味の先輩。

 由衣先生は、少し恥じらいを持ちながら何やらぶつくさ。


「そこまで否定しなくても……」

「す、すみません! って、でも由衣先生も言ってましたよね……?」

「わ、私は――――まぁ、そうですけど……」

「あーあ。貴音がまた虐めてやがる」

「先輩! 変な言いがかりは辞めてください!」

「事実だしなぁ」


 口ごもった由衣先生を見て、またも先輩はカラカラと笑って俺で遊びだす。

 福田さんよ、本当にこの人でいいのか……? 多分もうちょっと誠実な人が転がってるぞ?

 先輩は睨みつける俺をどうとも思わず、由衣先生は頬を染めて口を結ったままだ。


「まぁ冗談はさておき」

「今のを冗談で済まそうとする先輩の精神性を疑いますよ」

「え? もっと虐めていいって?」「先輩??」

「あははは。悪かった悪かった。仲良きことは美しきかなって言うしな」

「先輩はもう少し友好的に人と接して欲しいものですけどね」

「おぉぉ言うようになったじゃないか。俺だって最初は貴音のことを優しく手厚く見てきたと思うが」

「それ自分で言いますか……。事実そうではありますけど……。

 この際言いますが、今の先輩は飄々としすぎですよ」

「えぇぇ……」

「由衣先生もそう思いますよね」

「わ、私ですか……?」


 ビシっと指をさして圧をかける。

 それに僅かに汗を垂らしつつ、尚頬をピクつかせている先輩に、とどめを刺さんと由衣先生に加担させる。

 元はと言えば今日の寝不足だって先輩のせいなんだ! 制裁を下さねば!

 由衣先生はおどおどした様子で俺と先輩を交互に見ている。

 そうして少し逡巡した後に。


「どちらかというなら……貴音先生に賛成、です」

「ぐっ……」

「っし! ほら、もう少し後輩に優しくしてくださいよ! 先輩」


 あとあなたの教え子にも。

 ガッツポーズをとると、あわあわしている由衣先生が不安気な表情で俺を見る。

 先輩には確殺が入り、立つ瀬がなくなったようで頭を落として降伏した。

 それを見た由衣先生が、今度は安堵する。


「くっ……降参だ。はいはい。分かったよ」

「よし。言質確保。ついでに何か奢ってもらいましょうよ、由衣先生」

「へっ!? えっ、いいんですか?」

「ちょっ貴音!? いきなり何を」

「先輩、お忘れですか。福田さんの授業の代講の時に言った一言を」


 結弦の前で代講の願いを引き受けた後に、先輩は「何か奢ってやるから」と言っていたのだ。

 それを忘れぬ俺ではない! これ見よがしに追及。


「今度夕飯か何か奢ってくださいよ。カフェとかでもいいですけど」

「お前……言うようになったなぁ」

「どこぞの先輩に教えられましたからね」

「わかった……分かったよどこかの休日空けといてやる。でも夕飯よりかはカフェがいいな。――――財布が、痛い……」

「了解です♪ 良かったですね、由衣先生」

「あ、あの……それ、私も行って問題ないんですか?」


 怯えた様子で俺と先輩の会話を聞いている。

 二人の間の話に参加しても良いのか、と言いたいようだ。

 それを見兼ねた先輩は、苦笑交じりに参加の意を問う。


「この際一人も二人も変わらないよ。黒舘先生の分を貴音が奢るって言うなら、なお良いんだけどなぁ」

「それだと俺が行く意味がないじゃないですか」

「ははは、まぁそれもそうだな」


 どさくさに紛れて人に金を出させようとしてくる。

 本当にこの人よく刺されないよな。福田さん、刺しても弁護は任せてください。

 依然頬に赤みを残している由衣先生が、ゆっくりと頷く。

 まさか本当に来るとは思いもしなかったが、これで名目は立つだろう。

 内心で冷や汗をだらだらと流しながら、平気な顔で更に話す。まさかいきなりこんな話に転じるとは思っていなかったが、概ね予定通りだ。

 後で二人にコンタクトを取らないといけないな……。と心の中で決める。


『話すなら塾じゃない、別の場所で』


 これで良いんだよな?

 福田さん、結弦。

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