第29話 混乱してきた!

 福田さんは一頻り泣いていた。

 到底俺には手が付けられなくて、内心で困惑する。

 隣にいる結弦に助けを乞おうとして……結弦までもが俯いているのが見て取れた。


 まさか……貰い泣きか!?

 このままだと余計に訳のわからない事態になる……。

 どうにかしてもらおうと、望み薄ながら小さな声で結弦に声をかけた途端――――。


「結弦……?」

「ふぇっ!? 先生! い、いまダメ……」

「なんでだよ……――――って、まさか本当に福田さんみたいに泣いて」

「ち、違うけど! 今めっちゃ顔赤くなってるから顔見ちゃダメ!」

「えぇ……なんで」

「先生が『私を尊重する』だなんていきなり言うからでしょ!」

「――――あ」


 俺の発言――――もとい失言によって、再起不能に陥っていたらしい。

 言われてみれば口数が少ない。もう少し早くに気付くべきだった。

 顔どころか耳まで真っ赤にしており、一瞬潤んだ瞳で俺を見てからずっとそっぽを向かれている。

 思わず息を呑んで――――じゃなくて!


「結弦、今は福田さんを――――」

「今ムリ!!!!」

「……」


 いや、この状況を俺はどうすればいいんだよ!?

 片や頭から煙を出しながらショートしている教え子。

 片や涙を零しながらこの環境を是としないその友人。

 い、一体どうしろと……。


「と、とりあえず二人とも落ち着いてだな……」

「「無理っ!」」

「…………サイデスカ」


 女子高生二人をなだめるなんて経験、誰かある人いませんか?

 いたら助けてください。今すぐ。

 俺自身ですか? できるとお思いですか???


 ###


 とりあえず二人を椅子に着かせて、茶を出し懊悩。

 結弦は暫く固まっている。

 福田さんもつらつらと嫉妬や不満をこぼしていて、俺は床に座りそれらをずっと何も言わず聞いていた。


 静かに聞いていると、痺れを切らした福田さんが更に俺に追及。


「……なんで、何も言い返してこないんですか」

「なんでも何も、俺自身が不誠実なことをしているのは理解しているし。

 それに福田さんの思っていることを軽々に扱っているようで」

「なんですかそれ。責め立ててるアタシがバカみたいじゃないですか」

「そんなことはない。ただ、それで落ち着いてもらえるのなら俺は甘んじて受け入れるだけだ」

「……良い性格してますね」

「……? そうか?」「皮肉に決まってるでしょ、何真に受けてんですか」


 ド正論を突きつけられて、再度胸に言葉のナイフが刺さる。現役女子高生からの罵倒はナチュラルに痛いから止めて欲しい。切実に、傷つく……。

 口調は強いままなものの、少しずつ気が和らいできているのが見てとれた。

 俺は苦笑を浮かべたまま、冷めた顔をした福田さんとともに結弦の方を見る。


「それで……結弦は何してるんですか」

「今ぶっ壊れてる」

「……は?」

「壊れてない! 変な言い方やめてよ先生!」

「あ、戻った」


 ばっと顔を上げて、やっと正気に戻った結弦を見て俺は安堵する。

 このままずっと固まったままだったら、いよいよどうしようかと迷っていたところだ。

 依然として顔は赤いままだが、マトモに会話する膂力りょりょくは戻ったらしい。


「もう大丈夫なのか?」

「う、うん……とりあえずは」

「呆けてる結弦は無視しておいても構わないよ。どうせ能天気なことしか言わないし」

「ちょっ!? リラ!?」

「まぁ……そこは否定しづらいな」

「先生まで!? なんですか! 折角取り持とうとしたのに!」

「元はと言えば結弦がこんなこと言い出したのが悪いんでしょ」

「そ、れはそうだけど……そうだけど!!」

「なら大人しく正座してて」

「なんで私だけ……!?」


 そう反論しつつも、福田さんの眼光にあてられて身を縮めながら椅子の上で正座する。やはり今の福田さんの前では誰も逆らえない……。今この部屋のヒエラルキーの頂点は福田さんだ(?)

 ていうか、俺まだ出会って二日なんだけどな。


「はぁ……とりあえず今の状況は分かった。アタシは誰にも口外する気はないし、これを盾に何かを脅すなんてこともしないけど」

「…………随分と優しい限りで」「正座させますよ?」「すんません」


 咳払い。


「それで……どうして結弦を家にあげるようになったんですか?」

「……? 結弦から聞いてないのか?」

「隠して言う気ないんですよ」

「はぁ……なるほど」


 結弦の方を一瞥して、直後に驚いたような顔。

 同時に――――あの雨の日を思い出す。

 死んだような顔で、傘を差さずに歩いていた少女を。


「俺はあくまで、ずぶ濡れになってた結弦を助けただけだよ。そしたらウチに来た」

「ずぶ濡れって……なんで」

「それは俺も分からない」

「普通聞くでしょ!」

「言われなかったしなぁ……無為に聞くのも野暮かと」

「どんだけお人好しなんですか! 馬鹿ですか!?」

「それほどでも……」「正座」


 …………足が痛い。

 事実のみを述べると、福田さんは更に怒気を孕んで俺に向かって抗議。

 これ俺まで怒られる流れ……? なぜ……?


「もういいです。これ以上もう言及はしませんから」

「た、助かります……」

「り、リラ……? 私は……?」「まだ正座」「ハイ」


 しょげた結弦の声。可哀想に。

 福田さんは大きな溜息を吐いて、自身の気を落ち着かせている。

 これ以上何が行われるっていうんだ。

 恐る恐る福田さんの顔を見ると、悩ましげな表情で机の上の茶を見つめていた。


「……どうかしたのか?」

「別に」

「あれだよ。リラは森先生のことで先生に色々聞きたいことがあったんだよね?」

「結弦ー?」「ひッ……ごめんて」


 陰った表情の福田さんが、結弦の一言で冷笑に一変する。

 結弦は引きつった笑みで顔を強張らせている。

 森先生……? なんで今。

 ……! さてはやっぱり森先生の授業が嫌で……!?


「ふくだs」

「森先生のことに興味があって――――……? 先生、今なにか」

「イ、イヤ……なんでもナイデス」


 …………逆かぁ。

 危うくまた罵倒コースだった。今更だけど。


 考えてみれば、俺と結弦の関係を疑うのもそれが理由の一つなのだろう。

 ズルい、と言っていたのもようやっと繋がる。けど……その相談を俺に?


「……聞きたいことって?」

「その……森先生って、好きな人って、いるんですか?」

「……なるほど」


 多分これは、思ったよりも大変な問答かもしれない。俺の返答次第でこの先二人の関係にヒビが入るかもしれないし、俺が塾の中で立場を失うかもしれない。

 そして更に重大なことが一つ。



 俺は森先生の恋愛事情なんて知らない!!




 さて……どう切り抜けるか。

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