ラジオちゃん
ももぱぱ
第1話 ラジオちゃん
「幽霊の声が聞こえるんだよね」
僕が大学一年生の時、たまたま講義で隣に座った女の子がそんなことを言い出した。
「君が? その、幽霊の声が聞こえるの?」
僕の返答に彼女は静かに頷く。
僕は幽霊やオカルト話が大好きだ。時々テレビでやってる心霊体験の番組は欠かさず見てるし、ネットで調べた心霊スポットに友達と何度も足を運んだ。
だから僕は彼女の話に俄然興味を持った。
彼女は小さい頃から近くに幽霊がいると、その声を受信して自分の意思とは関係なく発信してしまうことがあるそうなのだ。
それでついたあだ名が「ラジオちゃん」
ラジオのように幽霊の声を受信して発信する、ラジオのような人間だから。
その変わった体質のせいで周りの同級生たちは気味悪がり、今までほとんど友達はいなかったのだとか。
だが、心霊好きな僕は彼女が幽霊の言葉を話しているところをぜひ見てみたいと思ってしまった。
そこで次の日から僕は、彼女と仲良くなるように頑張った。極力幽霊の話はせずに興味ないように見せかけ、流行りのアニメや好きな芸能人の話で盛り上がった。
そんなある時彼女が聞いてきた。
「ねえ、何で玲くんは地味な私にこんなによくしてくれるの?」
もちろん答えは彼女の口から幽霊の言葉を聞きたいからなのだが、そんなことはお首にも出さず、『君のことが好きになったのかもね!』と思わせぶりに答えておいた。
そんな関係が一ヶ月ほど続き、ようやく二人でお出かけできる関係になったところで、かねてより準備していた計画を実行することにした。
それは内緒で彼女を心霊スポットに連れて行くという計画だ。彼女は近くに幽霊がいると勝手にその声を受信してしまうはずだから、心霊スポットに近づきさえすれば、幽霊の声が聞こえると思ったのだ。
「私、ドライブに誘われたのなんて初めてだから楽しみ!」
決してかわいくはないが、笑顔で答える彼女を騙すのは気が引けるが、それもこれも僕の好奇心を満たすためには仕方がない。
実際に幽霊の声が聞けようと聞けまいと、彼女との付き合いは最後になるだろうから、最後は何が何でも僕のお願いを聞いてもらおう。
何せ、自分で言うのもなんだけど僕の顔はイケメンの部類だと思う。実際、女の子に告白されたことも何度もあるし、女友達にはなぜ地味なラジオちゃんと付き合っているのか不思議がられている。
僕がかわいくもない地味な彼女と我慢して一ヶ月付き合っていたのは、この日のためだ。全ては幽霊の声を聞くために耐えていたのだよ。
「絶対、君が喜ぶところに連れて行くから楽しみにしていてね!」
「うん、楽しみにしてる!」
僕の裏の顔などつゆしらずに、笑顔で答えるラジオちゃん。僕は彼女を助手席に乗せ、目的地目指して走り出した。
せっかく心霊スポットに行くなら、やはり夜暗くなってからの方がいい。明るい心霊スポットなんて興醒めだからね。最大限のスリルを味わうためには、深夜という条件は欠かせない。
だから僕は時間潰しのために、彼女が喜びそうなところを案内した。彼女が好きな恋愛映画に付き合い、たいして興味のないカラオケボックスに入り、流行りのクレープを食べ、綺麗だと評判の場所で夕日が落ちるのを眺めた。
さあ、いよいよこれからが本番だ。僕は彼女をこれからある公園にある池へと案内する。その公園は僕らが通う大学の割と近くにあり、景観が綺麗なことでも有名だ。
だがそこは、知る人ぞ知る心霊スポットで、昔、その池に身を投げた姫様の霊が出て、近くに来た者を引き摺り込むという噂があるのだ。
僕は綺麗な景色を見ることができる場所があると言って、その公園に向けて車を走らせる。
「ねえ、玲くん。私、こっちの方向にはなんか行きたくないな……」
公園の方へと走り出してすぐに、彼女がそんなことを言い出した。もしかして、もう僕の計画がバレてしまったのかと思ったが、どうせ今日で最後だ。嫌がったところで、無理矢理にでも連れていくつもりだ。まあ、それは最終手段だが。
「そんなこと言わないでよ。とっても綺麗な場所だから、そこでふたりで写真を撮りたいんだ」
まずは会話で誤魔化しながら、車のスピードを上げて公園へと急ぐ。
「私、玲くんには言ってなかったんだけど、実は霊感が強くて……この先に行くとよくないことが起こる気がするんだ」
やはり、僕の計画に気がついてしまったようだ。だが、関係ない。大学前を通り過ぎ、公園まではもうすぐだからな。
「ほんとに行くの?」
「ああ、ここまで来て帰るという選択肢はないな」
彼女はその一言で諦めたみたいで、大人しく窓の外を眺めていた。
「さあ、着いたぞ」
僕は彼女の手を取り、真っ暗な池の方へと案内する。ああ、早く幽霊の声が書きたい。幽霊の声はどんな感じなんだろう。低いのかな、しゃがれてるのかな、男の声が聞こえたりするのかな。
僕はワクワクしながら彼女の手を取り、池のほとりへと到着した。
「玲くんは何を期待しているのかな?」
池についた彼女は先ほどとは打って変わって、明るい声で聞いてきた。ここまで来たら、隠すこともないだろうと思い、正直に打ち明ける。
「君がラジオちゃんというあだ名だと聞いた時、ぜひ僕も幽霊の声を聞いてみたいと思ったんだよね。今まで君によくしてきたのも、全ては今日のためなんだ。さあ、早く幽霊の声を受信して聞かせておくれ」
僕は本性を曝け出し、彼女へと迫る。まあ、心霊現象なんて眉唾なものもたくさんあるから、嘘でも別にいいのさ。ここが心霊スポットであることは間違いないから、真夜中のここに怖がる女と来れただけでも、いい話のネタになる。
「幽霊が人の体を借りて話をする時に、必ず守らなければならない約束があるって知ってる?」
おや? 僕の本性を知ってなおこんなに落ち着いていられるのか? 思ったよりもメンタル強いんだなラジオちゃんは。
「いや、心霊現象は大好きだけど、そんな話は聞いたことがないな」
とはいえ、心霊好きな僕にとっては興味のある話題だったので、とりあえず聞いてみようと思った。
彼女は池の近くまで歩いて行き、そこでしゃがんで池の水に手をひたす。僕も彼女の横にしゃがみ真っ黒な池を見つめながら、彼女の次の言葉を待った。
「幽霊はね。人間の体を借りて話をする時に、決して一人称を使ってはいけないの」
ん? どういうことだ? 一人称ってあれか。僕とか私とか。
「へー、そうなんだ。初めて聞いたよ。それより、ここは幽霊が出るという噂の心霊スポットなんだけど、君は何か感じないのかい?」
彼女の発言の意図がわからず、この話題の興味を失った僕は少し声を荒げて聞いた。
「ふふふ、何でここについてきたと思う?」
「えっ? 君が? 僕の方が好きだからだろう?」
「違うわよ。確かにあの子はあなたのことが好きだったかもしれないけどね」
「は? あの子? 何言ってんだお前」
「ごめんね。あなたがここに連れてきたんじゃなくて、……があなたを連れてきたのよ」
頭の中にノイズが走って、よく聞こえなかった。誰が俺を連れてきたって? それになんだか、さっきから足首が妙に冷たいぞ。
「さびしかった。いっしょにいてくれる?」
僕は自分の足元を見て思わず尻餅をついた。僕の足首には池から伸びてきた細い真っ白な手が絡みついていた。
「うわぁぁぁぁぁ!」
僕は懸命に後退りしようとしたのだが、がっちりと僕の足首を掴んだ手は決して僕を離すことなく、むしろどんどん池へと引き摺り込んで行く。
地面を掻きむしる手の爪が剥がれ、必死に抵抗するも僕の体はずるずると池に引き摺り込まれていく。
膝が、腰が、胸が、首が順に池につかり、顔の半分まで来た時に彼女が呟いた。
「ああ、私、また利用されちゃった」
僕はその言葉を最後に真っ黒な池へと沈んでいった。
ラジオちゃん ももぱぱ @momo-papa
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