光の中で灯を点ける
根占 桐守(鹿山)
第1話 光と羽虫
天は二物を与えず、というが。
そんなことはないだろう。というのが俺の持論だ。
十個年の離れた俺の弟「アカリ」は中学生になるまで、ありとあらゆるピアノコンクールで最優秀賞と金賞以外を取ったことはなかったし。
中学生になって本格的に野球を始めたかと思えば、あっという間に甲子園常連校の名門私立高校にスカウトされ、エース投手となって甲子園優勝を果たした。
……しかも。顔もシュッとしてる。通りすがる誰もが振り向かずにはいられないくらいには、所謂「イケメン」という顔立ち。
それが、天にも神様にも愛された俺の弟。
「アカリ」という存在だ。
◇◇◇
俺より十個年下の弟、「アカリ」はまさに、天やら神やらに愛された「光」のような人間だった。
だが、眩しすぎる光は周囲の凡人たちの目を大いに眩ませるうえ、脳みそまで麻痺させて、ついには理性をも焼き切る。つまりは、凡人たちの人間性が焦げて腐るほどにくるわせるのだ。
凡人のピアニストだった父親は、いつからか「アカリ」を自分に重ねて、ピアノに縛り付けるために度々暴力を振るうようになった。凡人のスポーツ選手だった母は、父親の暴力のせいでピアノに苦手意識を持ち始めた「アカリ」を守ろうと必死だった。
そして「アカリ」の兄である俺も、ただのちっぽけな凡人でしかない。俺は十八歳を過ぎたらすぐに家を出た。
暴力を振るう父も、泣いて縋ってくる母も、いつからか笑っているようで、笑っていない顔しか見せなくなった弟も、全てが煩わしかった。
だから、俺は全てを捨てて一人で逃げた。
これが所謂、家庭崩壊というやつだろう。
もう二度と、痛い思いをせずに済む。もう二度と、息ができなくなるほど苦しくなる両親のけたたましい喧嘩も聞かずに済む。
もう二度と——「アカリ」の、目が痛くなるような眩しい光を見ずに済む。
そう、思っていたのに。
気がつけば俺は実家を出た後も、「アカリ」がピアノを止めるまで密かにコンクールを見に行っていたし。両親が離婚した後「アカリ」が本格的にシニアチームに入って始めた野球の試合にも、度々変装なんて馬鹿なことまでして、観戦のために足を運んでいた。
結局俺は、「アカリ」という強烈な光に引き寄せられるしかない、羽虫なのだと。
否。幼い弟と母を捨てて、一人逃げ出したクソ野郎でありながら、弟の才能に群がろうとする──羽虫と比べるのも烏滸がましいほど、存在価値のない人間だということを思い知らされた。
自覚した時には、あまりにもの自分の気色悪さに胃がひっくり返るくらいに吐いた。
「アカリ」が高校生になってしまう前に、俺は「アカリ」の才能を密かに盗み見する愚行をきっぱりと止めた。
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